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閉じている事務所で、ふと見ると、日めくりカレンダーがあの日のままだったことに気が付いた。

あれから半月が経った。

昨日仙台の恩師に電話をした。恩師は津波の災害地「荒浜」に近いところに住んでいたので、無神経にも「教え子で亡くなった方もいるんでしょうね?」というような質問をしていたら、「うちの長男が死んだよ」と、ぽつりと言われた。

これまでは幸運にも、ごく近い身内を亡くされた知り合いはいなかった。

「遺体が上がっただけでも幸運ですよ」と気丈に振る舞う恩師に、胸がつまった。

夫の仕事の都合で気仙沼にいたボクの長女とは、16日まで連絡が取れなかった。その間毎日思ったのは、家族の誰か一人を失ったら、自分が生きてる意味があるのか?ということだった。

我が恩師に、生きる勇気を与えてください。

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宮城県東松島市 大曲浜 2011.03.24

東松島のA澤さんから、うれしい知らせが届きました。

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功栄丸 2010,12月撮影

昨日、愛船「功栄丸」のエンジンをかけてみたところ、エンジンがかかったそうです。見たところ船体にも損傷はないそうです。大曲浜はジェツト機が何機も水没した松島基地の海側の浜で、奇跡に近いことのようです。

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A澤さん、リュック、ジャケット。

今日はリュック、ジャケットを発見したそうです。

震災直後、また漁師をするか尋ねた時は、転職を考えてたようですが、エンジンがかかったいう電話をもらった時再度同じ質問をしたら、顔はもちろん見えなかったのですが、ニコッと笑った顔が見えたような気がしましたグッド!

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車内結露そして凍結 2011.03.18 AM6時

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明け方の給油の列

その日は、前夜11時半から寝袋持参で100番目頃に並ぶことができました。吐く息で結露した窓ガラスは明け方には凍り付いて、いつぞや干した、例の寝袋がなかったら凍死していたかもしれません。

で、12時間後にもらえたガソリン2000円分、13Lでした。

今日(21日)震災後初めて沐浴しました。震災が3月11日でしたから、10日、いや11日ぶりですね。まだ断水しているので、大鍋でお湯を沸かし、たらい一杯にうすめて洗髪し体を洗いました。もらい水ですが、水のありがたみがしみてきます。

気持ち、えがった~ニコニコ