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仙台市野草園

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園内からテレビ塔を望む

市街地の紅葉にはまだ早い先週の土曜日、仙台市野草園に行ってきました。

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開園当時の写真

仙台市野草園は昭和29年、仙台の市街地が見下ろせる茂ヶ崎丘陵、大年寺山に作られた東北地方の野草を中心とした植物園です。

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高山植物区

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針葉樹区

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ノバラ区

園内は高山植物区、針葉樹区、あじさい区、あやめ区、薬草区などがあり、四季折々の野草が楽しめます。

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見ごろの植物

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シュウメイギク

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ムサシアブミ

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ナデシコ

仙台が杜の都と呼ばれるのは、野草園のある向山(大年寺山)から八木山、青葉山、北山が、藩祖政宗公が東の方に作った城下町とその向こうに広がる田園地帯の他は緑深い丘陵地帯だったことからなのでしょう。

先日亡くなった作家の北杜夫(きたもりお)さんのペンネームは、北さんがここ仙台の東北大学医学部で学んだことから名付けたそうです。著書ドクトルマンボウシリーズはボクがちょうど高校生の頃でしたか、ずいぶん楽しませてもらいました。ご冥福をお祈り致します。ありがとうございました。

ボクの母校はこの近く、デートコースは広瀬川の宮沢橋下でボートをこいだり、この野草園だったり、八木山の動物園や遊園地でした。

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水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟がありました。手を洗った後こぼれた水が小石を通って地下に埋めた瓶(かめ)の中に落ちて、いい音が響きます。

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ところどころにこんな歌碑があります。歌人斉藤茂吉が、「三太郎の日記」の阿部次郎を訪ねた時の歌や、いつぞや紹介した「みちのくの栗駒山の朴の木の枕はあれど君が手枕」の歌もありました。

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ケヤキはもう色づいてきましたね。仙台市野草園の紅葉の見ごろは11月中旬だとか。

広い芝生に寝転んで、錦に染まった木々の上にそびえるテレビ塔、そして青空を見に、出かけてみませんか?
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東松島市仮設住宅とA澤さん仮設店舗

仮設住宅内に仮設店舗を開店したA澤さんを、Hさん夫妻と激励に行ってきました。

ここには東松島市の大曲浜(おおまがりはま)を中心とした被災された方々のための三百数十世帯の仮設住宅があります。

仮設店舗は、魚屋さん、床屋さん、食堂、そしてA澤さんの食料品店の計4店舗です。A澤さんも着実に一歩づつ前に進み出しましたね。

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三浦屋食堂45号線沿い大曲浜入り口

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長女の安否がわかるまでと控えていて、A澤さんを見舞ったのは3月16日。その頃A澤さんの親戚三浦屋食堂さんは、冷蔵庫まで水に浸かり、ご主人は、身を寄せていたA澤さんと泥だらけになって自宅を片付けていました。

「いわゆる一つのB級グルメ」をとっくの昔に見出していた三浦屋食堂さん、まだ店舗の半分はベニヤ板で仕切られていますが「永遠に不滅です」。

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コミュニティーセンター防災柱

三浦屋食堂で石巻やきそばを堪能した後は、無理を言ってあの生死を分けた電信柱に案内してもらいました。

A澤さん、恐るべきジャンプ力ですね、ボクでは屋根までは飛び移れなかったですね。

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功栄丸

鮭の値段も持ち直したそうですから、A澤さんあとひとがんばりですね。

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ブリ大根(・・・・のつもり)

訪問を予告していたので懸念していたのですが、A澤さん、気配りの人ですからまたいっぱいお魚をいただきました。A澤さんいつもありがとうございます。

帰宅後、家内が留守だったので生まれて初めての煮物料理、「ブリ大根」にチャレンジしました。

味?・・・・まあまあってことにしておきましょうか。

「下半身に人格は無い」・・・この言葉は故「山城新吾」氏がかつて好んで使った言葉だ。

この言葉、性懲りも無い男性の生態、本来は浮気の言いわけに使ったりするのだが、ボクが最近凝っているジョギングのいち境地を表しているような気がしている。

9月後半の飯豊連峰縦走に備えて始めた8月末からの朝のジョギングが今も続いている。精勤率7割としたら、走った日数はもう40数日にもなるだろうか。

標高差40メートルほどあるコースを40分走ると決めているのだが、例によって凝り性(こりしょう)だからああでもないこうでもないといろんなことを考え出してやっている。

15年ほど前によく走っていた頃の持ちタイムは10キロが1時間20分だから時速7、5キロ。多分道で出会った人は歩けばいいのにとか、死にそうだと見えていたのだろう。

今回は少し速く走ろうと思ったから、あれこれランニングの本を読んだりしてひと工夫してみた。

一番初めにやったのは重心移動。体の重心は丹田、つまりへその下の奥にあるらしいから重心を傾けながら移動させていけば疲れないで速く走れると思ってやってみた。

なるほど、疲れないし速度は以前より0.5キロとか速くなったがすぐに限界が来た。

次に始めたのが4輪駆動走法。丹田だと1ヶ所だから、両方の骨盤でぐいぐいと重心を前に移動する方法。

これも悪くはなかったようでもう少し速くなった。

そして今やってるのが、福島大学川本先生の理論の一部パクリ、「ついたら素早く次の足を出す」理論。

先生は400mの日本記録保持者の丹野麻美選手を育てた方で、本当はもっといろいろ書いてあったのだが、面白い部分だけをつまんで試してみた。

ついた足を置いておかないで次の足を素早く出す?これって昔読んだ忍者の水中歩行術じゃないか~?

川本先生の本には「空き缶をつぶすようにポンと踏んで地面からバネをもらう」というのもあった。感じを出して地面の反発をつくづくかみしめて走ったらかえって遅くなった。

全部読んでから走れば良かったものを、、「ついたら素早く次の足を出す」はその後に書かれていた。

「スピードを体に覚えこませる」というのも併用したら、劇的に速くなった。時速10キロで走れるようになった。

その時ふと、「下半身に人格は無い」と言うこの言葉が浮かんだ。

そういえば100mの世界記録保持者ジャマイカのウサイン・ボルトは、100m走の後半流してるように見える。それは、人格のない下半身だけを必死で動かしているから上半身は苦労知らず、へらへら笑っているように見えるのではないか?

そうだ!着いた足を素早く動かして次の足をくり出したからとて、特別カロリーが減るわけじゃなし、疲れるわけじゃないことに気がついた。

「下半身に人格は無い」

人格がない下半身は是非ジョギングで善用。

皆さんも一度お試しあれ!