小沢昭一さんが亡くなりました。

東京に生まれ、江戸の文化、日本の「芸」をこよなく愛した小沢さん、功績を見聞きするたびに惜しい人を亡くした思いを強くします。

以前もブログに書いたが、かつて小沢さんは「わらっていいとも」の初期の頃、番組のコーナー、テレホンショッキングにゲストに出た。

視聴者が、やらせじゃなく本気でスケジュールを飛ばして、次のゲストが駆けつけてくれるかハラハラ見ていた頃だ。

「いや、日頃タモリさんを見ていて是非お会いしたいと思っていました。あなたの芸は素晴らしい、心服、いや尊敬しています」というようなことを彼は言った。

ボクは、テレビ草創期からの大御所、小沢さんでもタモリさんの芸を評価してるんだと、素直に思った。

翌日のゲストは、小沢さんの仲間の「せきこえのろにあさらあめ」のおじさん、永六輔さんだった。

「彼はね~、どんな相手でも気持ちよくさせる芸を持っているんですよ」と言った。

江戸の幇間(ほうかん)、つまり太鼓持ちは、旦那衆について歩いて、座を盛り上げる芸を持っていた。

小沢昭一さんは、「江戸の芸」や、「放浪芸」研究の第一人者だった。

図式としては、ちゃめっけある永さんと小沢さんが、タモリさんを二日がかりではめたってことかもしれない。

「無駄飯を食った挙句のちゃんちゃんこ」 日出男

省みて当方、馬齢を重ねて本日60歳の誕生日を迎えてしまいました。

残された日々は多いんだか少ないんだかわかりませんが、これまでより少しは世のためになるよう生きたいと思っています。

これまで同様、みなさまのあたたかいお励ましをお願い申し上げます。

昨日は日米開戦の日。

現行憲法が占領下の押し付け憲法だから変えなければならないという議論があるが、この素晴らしい憲法のどこに問題があるのだろうか?

この憲法は、アメリカが作ったものではありません。

300万人とも言われている大平洋戦争の日本人犠牲者によって作られたものなのです。

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2012.12.04 pm16:46 宮城県大崎市鹿島台

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2012.12.06 am10:55 宮城県大崎市古川

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2012.12.07 am9:30 宮城県遠田郡涌谷町

共通する横のラインが、地震雲だったのかなあ?