来月5月15日で満18歳になるラッキー。
パピヨンです。
2020年1月撮影 16歳8か月
我が家に初めて来たラッキー 2003年
子供が小学生の時に「犬、飼いたい」と言っていましたが
夫も私も仕事をしていますし「無理~」と言い続けてきました。
・・・が、義兄が「買ってあげるよ」と。
子供たちは「ヤッター。ラッキー!」と大喜び。
付いた名前は「ラッキー」
中学生までは子供たちが朝もお散歩してから通学したりしていましたが、
その後は部活などで忙しくなり、結局一番面倒見ているのは私になってしまい、
それでも、いつもお留守番が多かった。
買い物から帰ったとき、階段のところのシクラメンから顔を覗かせ待っていたラッキー。
2020年1月 16歳8か月
シニアになったラッキーとかなり一緒の時間を持てるようになりました。
ここ1,2か月違う場所でおしっこしたり、食事もにおいを嗅がせて場所誘導。
目も見えない、耳も聞こえない、足も弱ってきました。
狭いところに顔を突っ込み戻れません。
床にはヨガマットを敷き詰め、壁周りには入り込まないような工夫。
骨の変形でなかなかお顔も上がらなくなりました。
写真はシャンプーに行った帰り。
お顔が上がっている瞬間をパチリ。
疲れちゃったのかなあ、じっと見つめる目は何を考えているのかなあ。
うちの家族になり幸せだったかなあ。
結婚もさせてあげず、お留守番も長くてちょっとかわいそうな人生だったかなあなんて思ってしまいます。
せめて、昨年からのこの状況を、ラッキーと向き合える時間がたくさんとれたといい方向に考えていますが。
私も63歳。
今後のこともチラホラと考える年になりました。
ラッキーの表情から、昨年11月、友人の「橘 美海(タチバナ ミミ)」ちゃんが送ってくれた詩
を思い出しました。(許可得ています)
なんだかだぶります。
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「人生を生きた顔」
橘 美海
「人生」という本の最終頁に素敵な笑顔が映し出される。
喜びも哀しみも刻み込まれた年輪
生きざまが顔を作るとはよくいう。
私の顔はどんな顔?
怖がり甘えん坊の顔の時代を知っているのは誰?
強がり寂しがり屋を知っているのは?
昨日の顔
今日の顔
鏡に映るのは、本当の私かしら?
そして、未来の私の顔はどんなふう?
人との出会いが顔を作る。
化粧でごまかしても
作り笑いでごまかしても
心の声が、眼の光や指先の動きさえをも変えてしまう。
「人生」の最終頁には、ほんわか優しい顔で登場できる私でいられるかしら?
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その人の生きざま、顔に表れるなあとこの年になると感じることもあります。
綺麗な人や一見素敵に見える人でも「うん?この方ちょっと?」と思うことありませんか?
私のことも「うん?ちょっと?」と思っている方もいらっしゃるかもしれませんが(笑)
その感じって、けっこう当たっていることありますよね。
「見た目」も「心」もいい感じでいられたらいいですね。
人生の最終頁
「ほんわか優しい顔で登場できますように!」








