新年2発目です。
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あけましておめでとうございます。
酉年ということで、鳥のように飛躍するそんな一年にしたいと思っています。
酉年モチーフの鶏は飛べないじゃんかとかそういう話はおいておいて。
さて、新年最初の話題としては、反射神経の活用・運動神経の逆用というマニアな線で攻めたいと思います。これは、教範の中で言うと「少林寺拳法に用いる理法について」において、1.経脈の理、2.鈎手の理、3.梃子の理、4.車の理、5.はずみの理とならび、”6.その他”において記載されているものです。
上記1.~5.の理法はどういうときに用いられているか比較的わかりやすいものと思いますが、6.はさすがに「その他」と言われるだけあってどこでどういう風に使われているかわかりにくいかと思います。でもしっかり使われていますのでその点について触れていきます。
よく技術の中で「屈筋・伸筋が・・・」と説明することがありますが、これは大概運動神経の逆用を説明しようとしているものです。受けの際手を開くのは内腕刀を張るためという理由のほか、伸筋を利用して速く動くためという意味もあります。打上受については握拳で行いますが同時に手首をやや殺す形で指導を受けていると思います。これは逆に屈筋を利用しています。内腕刀よりも速さにより重点を置いたものと理解しています。
他にも、例えば柔法で手首を掴まれた際に鈎手により五指を張ります。龍王拳を行う際、基本的には手を張ったまま抜くわけですが、道院(先生)によっては「一瞬手の力を抜け」等の指導をされる場合があります。
これは、鈎手で五指を張ることによって「手首周りが筋肉の隆起によって太くなり(やや)掴みにくくなる」ということと合わせ、その状態から力を緩めることにより、手首を一瞬細くし(元に戻し)、反射的に攻者に掴み直させる、その掴み直す動作が屈筋の動きを伴うものですから、相手の手首を殺すのに役立つ。そういうことを狙った方法論です。
掴んでいたものが瞬時に細くなることによって握りなおすという反射神経の活用と、掴むという動作に伴い屈筋が使用されるため、そこに乗じて手首を殺しやすくなるという運動神経の逆用、細かすぎるのでそこまで説明されていなくても、そういう理論的裏づけに支えられて少林寺拳法の技術は成り立っていると考えると、なかなか奥深く楽しいものがありますね。
そんなこんなで2017年も少林寺拳法を楽しんでいければいいなと思います。ブログも更新は少ないと思いますが、皆様どうぞよろしくお願いします。
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本年3度目の投稿です。最後の追い込みです。
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新年もすぐそこに迫った年の瀬ですが、なんと今年まだ2度目の更新です。
私はこのブログを「過去にこんなことを考えていた」ということを思い出すための備忘録的に使っているんですが、今回は少々反省を。
先日練習会を卍関係の友人達およびその教え子達を呼んで開催したんですが、当初想定していたよりも参加者の武階が低く、ほとんど級拳士という状況でした。
そもそも武階に見合ってない術科等は当日見直して、技自体はほぼみんなが知っている技という形にしました。
ところがどうも私の悪い癖で「どうせ教えるなら普段とは違うことを教えたい」という気持ちが強くありまして、マニアな技の掛け方とか、そういったことを教えないといけないと思ってしまい、マニアなマニアな話ばかりしてしまい、大きくは「新しいことを聞けて楽しかった」という意見をいただきつつも、やはり「ちょっと言ってる内容が理解しきれなかった。難しかった」みたいなご意見もいただきました。
友人が主座を務めた技に関しては、非常にわかりやすく楽しかったとのご意見。
正直なことを言いますと、その友人が教えてる時間には、心の片隅で「せっかく遠方から時間を割いて集まってくれたのにそんな当然なことに時間を割かないでも。。。」とか思っている自分さえ居ました。
これはあれです。受け手の気持ちを考えず、自分の言いたい事をただ言っている状態に陥っております。指導する側としては非常に危惧すべき状況と認識しました。
来年からは、もう少し自分の気持ちを抑え、受け取り手に優しい指導を心がけたいと思う所存です。難しい気もしますが。。。
ではみなさま良いお年を。
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