こんにちは。
こんばんは。
先週金曜日は関東武専がありました。
〇そもそも武専とは?
少林寺拳法の指導者育成機関である武道専門コースの略で、大まかには各都道府県ごとにある少林寺拳法〇〇県連盟ごとの毎月一度練習を行うものです。道場の垣根を越えてさまざまな道院の有段者と練習ができる、そんな良い練習の場ですね。
〇関東武専とは?
これは少林寺拳法70年の歴史の中で初の試みでして、東京・神奈川・埼玉・千葉・栃木・茨城・群馬の一都六県が一同に会し、一緒に練習をしようというものです。規模は実に講師含めて1000人を越えました。
〇雑感
やはり人数が多いと活気があって良いですね。大体自分の県の中では「できる人」の目星がついてて、毎回同じ感じなんですが、一都六県まで広がると、どこにどんな伏兵が隠れているかわからない、そんな面白さがありました。
また、関東武専というセレモニー的な位置づけでもあったため、武専在籍者以外の「体験」としての参加者も多く、そういった意味で新しい風が吹いていたのかもしれません。大学生も多かったしね。
ある人がすごい良いこと言ってたんだけど「普段県ごとの武専だと顔だけ知ってて話したこと無い人に仲間意識を持つことはあまりないんだけど、今回のような枠が広がった中だと、すれ違うだけで「あ、あの同じ県の人だ」って凄く親近感が沸く。今回他県の人とは初めて会って、まだ「仲間意識」までは遠いのかもしれないけど、ここでこうしてあったことを通して、今度全国大会とかであったときにはきっと親近感を覚えるんだと思う」と。なんかまどろっこしい話のような気もするけど、何気にこれが一番確実な仲間の獲得方法なのかもしれない。
技術的には、一つには自分の練習のサボり具合が見えたと言うか、どうにも下手になったかなぁというのを痛感しました。
散々色々な掛け方とか研究してきたつもりなんだけど、いざ「みんなの前で掛ける」となると少し緊張したのかどうにも技がわたつく。
リカバリーの方法も色々あるのにスムーズにできない。
これはなかなかショックでした。やはり指導側に回ると「色々ある掛け方の中で一つを切り出して、それを綺麗に掛ける練習」を繰り返してしまう。しかもその切り出す一つが、自分の好みで偏ってしまう。結果として幅が狭まる。これは改善しないといけない。
運営の方々が長期間にわたる下準備の末に開催してくださった関東武専、何がしか自分の中で残して、今後の練習につなげていきたいと思います。
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こんばんわ。
最近PS-VRを初めとしたVR(ヴァーチャルリアリティー)の進歩が目まぐるしい昨今です。
今は視覚として「目の前に居るような」状況を作り出すのが精一杯と聞いていますが、今後は触覚を含めた感覚をVRで体験できるようにしていくように科学は進んでいくのかと思います。
僕が少林寺拳法を始めた当初、まだDVDはないけどVHSはあった状態でした。そのさらに前から8ミリというものはあった。開祖の技術は音声なしの8ミリとして保存されていて、その限られた情報の中で後世の拳士は技術を見て学ぶ。カセットテープもあったので、視覚と聴覚とは切り離されてはいるけども、法話は法話で耳を澄まして法話を聞く。演武の練習にあっては、自分の動作を部活に1台しかないビデオカメラを使ってVHSで取って、家に帰ってから見て反省点をまとめて翌日以降の練習に活かす(道場でも見れたかな)。自分が見たいところをピンポイントで見れるわけでもなく巻き戻しによって何度も何度もテープをすり減らしながら見る。
僕らのVHS時代でもだいぶ進歩した部分とまだまだ不便な部分はありましたが、今はスマホ世代。録画なんてみんなが持ってるスマホで撮って、その場で確認。僕の後輩は練習に画面の大きいノーパソを導入して、みんなで画面で見ながらあーでもないこーでもない言ってました。
しかるに将来はどうなるんだろうか。
何と言ってもVRの発達です。
今僕は柔法の練習相手の獲得からまず困っているけど、VRの発達でいつでも柔法の守者の疑似体験ができるかもしれない。もう少し言えば、僕らは言葉でしか知らない開祖の「真綿で包むように」という技を、自主練で何度でも反復して攻者側の感触として技をかけてもらう感覚を体験できるかもしれない。もっと言えば開祖のように掛けた場合、守者側としてどんな感覚なのかをVRのプログラミングの中で擬似的に体験できるかもしれない。そこまでできればタイミングであるとか力の入れ方とか、今「絵にも文にも出来ない」と言っている部分が「VRでまとめればいいじゃん」で終わるくらいに世の中が変わるかもしれない。
そんなことを考えると技術の進歩によって凡人であるわれわれの技術レベルの底上げが図れるなんて事は当然の帰着なんです。
であれば、映像技術の少なかった時代の諸先輩よりも先んじている必要がある(技術の衰退は許されない)という自負と責任を持ち、後輩に対しては、自分より弱齢層の人間の練習スタンスを頭ごなしに否定しない、といった教訓をもたざるを得ません。
究極的に技術が進化したその先にある武道がいいものかどうかは今の僕にはわかりませんが、技術革新がとめられないのもまた一つ。
時代に乗り遅れないように、若者の感覚と乖離しすぎないように、その上でなおかつ良いものを残せるように、取り組んでいきたいものです。
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こんにちは。
刀は武士の魂と言いますが、武道家にとっては道着、特に帯が魂と言うことになるのでしょうか。
そんな魂をカラフルに彩る、と言えば聞こえはいいですがなんかよくわからん感じにはっちゃけてしまった武道団体があるようです。
そうです。少林寺拳法です。
2017年に70年を迎えたわけですが、それを機に、なぜだか帯に手を入れました。その名も資格別特注帯。(https://www.ozaki-sk.co.jp/newobi/)
3段以上の方であれば、少林寺拳法の現トレードマークである双円の周りと、帯の片側の縁に、資格に応じたラインが入るというものです。
似たような帯は他団体でもありまして、テコンドーとか一部の空手では帯に段位の数だけ刺繍のラインが入ると言うものです。なぜそういう形にしなかった。意味のわからない独自性を出そうとしてしまった。。。
赤・オレンジ・銀・金の色は昔の卍(赤卍・オレンジ卍・銀刺繍・金刺繍)を真似たものと思われます。そこに戻るなら卍に戻してほしいところですが。。。
個人的には帯は白から始まり努力とともにその色は濃くなり黒に至る、というものかと思っていました(赤帯とか紅白帯とか特殊な意味を持ったものを除いて)。なのに自ら色を明るくするというところに個人的な疑問があります。ま、そもそもが個人の解釈の上の話なのでこれはどうでも良いんですが。それに、そうそうこれは言わないといけない。全員が強制と言うわけではなくて、高段者でかつ希望者のみです。全員じゃない。セーフ。
なんかこの団体、今は女性を取り込もうと色々躍起になってますし、やることがなんだかポイントずれてるし、そのうち本当に「ラメ入り帯」とか出しそうで怖い。
皆さんはどういう気持ちなんだろう。。。「この帯を見て、昇段の励みになりました!!」とかいう人はいるのだろうか。もしご意見あればぜひコメントをいただきたく。。。
(とはいえ、少林寺マニアな僕なので、多分一本ぐらい買うんだと思います。着けないけど。)
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私事で恐縮ですが、肩がめちゃくちゃ硬いです。
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昨日道院で中段返と払受蹴を行いました。
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本日もサンドバッグを蹴ってまいりました。
最近土日の空いた時間に、公共施設の体育館を使っての自主練にハマっています。
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先日、少林寺拳法仲間と集まって、各々課題を持って練習をしました。
僕の課題は、まぁなんでもよかったんですが、長年見て見ぬ振りしてきた三角技法に挑戦してみました。
三角技法とは、言わずもがな、森道基先生が考案された技の考え方で、力の流す方向を「三角形の底辺から頂点に向かう方向(垂線の足から頂点に向かう方向)」に加える事で相手を制するというもの(だと思います)です。
事前に動画で情報を収集し、あーかな?こーかな?と仮説を立てて、それらのうち良い感じのものがないかな、という試行錯誤ですが、全体の練習時間の中で三角技法に充てた時間も少なく、満足のいくレベルまでには当然ながら到達しませんでした。
動画の中で森先生がおっしゃっていた、(手でなく)腰で相手を押す感覚と、鈎手は技の通過点だというところはなんとなくこういうことかな?レベルにはつかめたような気がしています(勘違いの可能性が高いですが)
今後も継続して研究させていただきたいと思いました。
※画像は関係ありません。
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こんばんは。
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