非常に残念な話なのですが、人が他人にものを教えるのは難しい。PCのようにデータをコピペできれば劣化せず、誤解も生じず完璧な伝達ができるのですが、そこは人間、絵にも文にもできないものもあれば、口伝では伝言ゲームや誤解が発生したり、個体差によりそもそもの規格が違うところがあったり、また、コピペと違い修得までに時間や経験を要します。
そういう「伝える」難しさから、本来の形や中身を伝えられず、形は似ているけども異質なものであったり、もっと悪くは形すらもわからないという状態になったものを失伝と呼びます。
少林寺拳法では、3本柱の一つに「教育システム」というものを掲げていますが、それでもなお失伝になりつつあるものがあるように思えます。
・独鈷伝
・如意伝
・活法(その他整法や圧法も詳細は失伝してるのでは。。。)
あとは話題には上らないという意味でもっと失伝してるんじゃないかと思うところとして
・外物(秘針・鉄丸・縄・薬物)
・心・体・智の「智」の部分
(天方とか陰陽とか)
・攻撃容器としての顔
(息を止めて顔を赤くし怒りを相手に伝え威嚇したり)
・攻撃容器としての口・舌・声
(痰を吐きかけたり、罵詈雑言や奇声で虚を引き出したり)
これらとはまた別の軸で、通常の術科や基本所作の中でのポイントとして失われているものもあるかと思います。
〇さて、ではこの失伝、どうなんでしょうか。僕自身としては「正当な技」
が万人に普遍的なものであり、時代変遷の中でも変わらぬもので
あれば失伝は避けるべきかと思います。
こんなことを言うとほかの先生方に怒られてしまうかもしれません
が、もう失伝してるようなもので、今日的に見て残す必要の薄いもの
であれば教範から削除するなり、教範に「少林寺拳法開創当初は
技法として用いていたが、現在では金剛禅の技法として扱っていな
い」など書いておいたほうがいいのではないかと考えています。
現に上記の「外物」については教範に「現在では使用されていない
から名称のみ掲げる」という記載がありますし。
出来もしないもの・する価値のないものをいつまでも大ぶろしきを広げて「少林寺拳法にはこんなものもある!」と言っていると、むしろ害の方が大きい気がしています。
真面目な拳士ほど教範に載っているものであれば調べようとしますし、それを正しく伝えられる先生がいるのであれば別ですが、どうももう伝言ゲームになっているようなものであれば練習すること自体危険です。活法とか。
そもそもに活法は打ち出し方によっては医師法違反になりかねないものであり、外物のうち薬物は「毒物および劇物取締法」違反になりうるため、そもそも時代背景に合致していませんし、上に述べた顔を赤くするというのも、(おそらくは)韓国等の民族的精神疾患と今日的に言われている火病のことなのではと思いますと、それを技術としてやろうとしていることに疑問を感じます。
西洋医学と異なる東洋医学に則って行っている武道ですから、西洋医学の発展を引き合いに出すのもおかしな話ですが、整体やカイロプラクティックの先生から見て少林寺拳法の整法にはかなりおおざっぱで怖い部分があるみたいなことを聞いたこともあります。黄帝内経等古文書をベースとしている東洋医学という領域に「最先端」という概念があるのか不明ですが、あるのであれば整法(活法含む)はアップデートされていくべきだと思いますし、ないのであればそれこそ少林寺拳法の普遍的な正しい整法をなんらか求めてそこから外れないようにしたいものです。
とりとめもない話になってしまいましたが、最近金剛禅のいろんな分野に手を出す中で、「そもそもこれを学ぶ価値は?」と思うことが多く、久々にブログを書いた次第です。
むずかしいですね。ご意見あればぜひお願いします。
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