技術の基本 | 金剛禅門徒の少林寺拳法修行記

金剛禅門徒の少林寺拳法修行記

金剛禅門徒としての自覚を促すべく旧タイトル「練習日記(仮)」からタイトルを変更しました。

内容は変わりません。

よろしくお願いします。

最近大学の後輩に指導する機会が増えました。



技術の指導の上で、どのような指導をするか、自分の中でも定まらないままでの指導になってしまい、正直教えた後に「果たしてあれで良かったのか」と考える毎日です。



然るに、教える方法として、

①形を教え、おかしな形は矯正する

②その技の理論のみを教え、そこに合わせるように考えさせる

③人体構成の話をし、そこから技術すらも考えさせる。(すべての技に横断的に言える理論を教える)

④①・②・③それぞれにおいて、比喩にて教える(具体的には教えない)。

 言葉で伝わるものは少ないので、イメージの共有のみ図り、あとは個々人に任せる

⑤教えない。技のみかける(背中で語る)


そのほかにもあると思いますが、ざっくりこんなもんでしょうか。うまく分類で来てるかどうかは、まぁ置いておきまして。



少林寺拳法の技術は、逆小手・送小手など、難しい技を最初に習います。

これには「長いこと年数をかけて体得する」という意図のものだと理解していますが、指導に当たってはむずかしい。


①②のスタンスで言うのであれば、どの技から入ってもあまり大きな差異はないのですが、③のスタンスであるならば、何もあんなに難しいこと(自己の両手で相手の同じ個所(しかも体の末端)を持って相手の重心操作を行うこと)をしなくても良いということになる。



得てして、最初は①から入るでしょう。それはまぁ良いのです。


そこからの上達を思うとき、そして高頻度ですべての後輩に技を教えることができるわけではない立場にいるとき、②と③の間で葛藤が生じます。


②であれば、一つの技はそれなりにできるようになると思うけど、全体的な視野が狭くなる気がするし、③では、一つ一つの技が(細かい点で)崩れたり、教えてる内容がちょっと漠然としてしまい技にまで還元できずに終わったり。。。


最終的には受け取り手次第というところはあるので、あまりこちらが考えても仕方ないことではありますが。。。



教える側・教わる側の間でのロスをなくし、効率的な指導体系を実現できればいいんだけどなぁ。。。。


まずは密なコミュニケーションをとり、そこからニーズを聞き出すことが大事でしょうか。

いや、でもあまりかかわるとうざいOBと思われたり。。。うーん。