僕は変な外人である 「Ich der verrueckte Deutsche.」 -4ページ目
<< 前のページへ最新 | 1 | 2 | 3 | 4

6話:胡桃Ⅲ

困ったのは、ホテルの部屋で僕と並んで寝るのは良くても下宿では全く同じ事を絶対したくない胡桃だけではなく、いくら誘惑が大きくても高校生の初恋の対象になりたくない僕も同じだった。

 

僕は、もう眠くて無駄な対談を翌朝まで続ける気力がなかった。財布の中味をこっそりと調べた後、胡桃の手を取って幡ヶ谷駅に向かって歩いた。彼女もまぶたが重いらしく、足元は危なっかしかった。そして始終満足そうに僕を見上げた。電車はすぐに来た。胡桃は自分の意志を押し通したことに安心して、その後の運命を僕の手にゆだねた。間もなく東京駅に着いた。みどりの窓口の駅員が僕に寝台券を渡した時、胡桃はもう引き返せない段階に入っていた。

 

真夜中、松江行きの列車に乗った。

 

数日たってから、お詫びの言葉で溢れる手紙を受け取った。その手紙で、胡桃は僕に東京での冒険の全てを秘密にして絶対に漏らさないようにと懇願して、運賃を返す約束もした。

 

それから僕は彼女に何度も会ったが、いうまでもなく、立て替えた運賃が戻ってくるのを今も待っている。

 

 

■人気blogランキングへ


5話:胡桃Ⅱ

「僕の部屋が広いから泊まっていいよ!ホテルは高いんじゃないか?」と何の下心もなく寝る場所を提供しようとしたが、胡桃は助平な男との性的な冒険を逃れたいかのように僕の親切な申し出を無愛想に拒否した。同じ部屋で寝たくなかったらしい。

 

「新宿のホテルに泊まったらどう?」と彼女は急に尋ねた。

「ちょっと高いからな~」と答えた。

胡桃が宿泊の問題で頭を悩ましていることは、その顔付きから分かった。

彼女は改めて「二人でホテルに泊まったら?同じ部屋でいいよ!」といった。

「一人だけで東京の大きなホテルに泊まるのは淋し~い!」とちょっとわざとらしい調子で付け加えた。僕は知らん顔をして別の方向を見た。

 

胡桃は遅くまで宿泊の問題にこだわった。話し合っている際に、公園のベンチの上で寝る事さえ考慮したようだ。彼女は気違いじみた事を考え出す面で驚異的な想像力を発揮した。でもその感嘆すべき想像力による思い付きは、僕にあまり深い感銘を与えなかった。夜10時頃、下宿の前に着いたが、いくら説得しても胡桃は玄関にさえ足を踏みいれようとしなかった。

 

そして、やっと「実は…、松江駅で切符を買って500円しか残っていない」と口ごもりながら告白した。

 

 

■人気blogランキングへ

4話:胡桃Ⅰ

真由美以外に、抜群のペンフレンドがもう一人がいた。松江に住んでいる胡桃という高校生だった。彼女は何らかの理由で写真を送ってくれなかった。

 

ある夏の日、朝5時頃電話が鳴った。

 

「胡桃です。東京に着いたばかりなので迎えに来てくれませんか?」という響きの良い声が受話器から聞こえた。僕は、まだ夜も明けきらないうちに急いで東京駅へ行かざるを得なかった。駅に着いた時、胡桃は改札口でいらいらしながら待っていた。僕を見るとすぐ喜んで走ってきた。可愛い子だった。

 

話を聞いてみると、横浜で新聞記者をしているお兄さんと連絡が取れないまま、前の晩に松江から夜行列車に乗って東京まで来てしまったという。

朝早く再び電話をかけて相変わらず連絡が取れなかった事を一向に気にもせず、僕と一緒に鎌倉に行った。

 

鎌倉の見物は楽しかった。僕は鎌倉の市内も市外もよく知っているという自信があったのに、大仏の背中に二つの窓が取り付けてあることはその時に初めて発見した。午前中、彼女は幾度もお兄さんに電話をしてみたが無駄だった。

 

胡桃は、だんだん心配でたまらなくなってきたようだった。その夜の宿泊場所についての話し合いは避けられなかった。

 

 

■人気blogランキングへ


3話:小便と敬老

ヨーロッパの鹿は決まった所で道路を横断して、熱帯の海亀は決まった浜辺で卵を産む。日本人の男性はその生物学の基礎原則に従って、決まった場所で立小便をする。その場所は必ずしも便所とは限らない。

 

僕の下宿の近くには飲み屋が特に多かった。ビールを存分に飲んだ人たちは自宅まで我慢出来ないから、帰る途中で小便する他はない。その野外便所のひとつは、下宿の入口の真向かいにあった。尿がかかる垣根の下の部分は苔で覆われていた。暑い時には本当に臭かった。どこへ行くにも、通るたびに尿の臭いを吸い込まなければならなかった。

 

ある夏、友達の誠君が通っている東京薬科大学で大学祭があった。その催し物として、ドイツ語会話クラブの会員たちはドイツ語で「白雪姫」を上演する事にした。僕は監督となって特にドイツ語の正しい発音の訓練を担当し、毎日のように尿のガス雲を通り抜けて大学に行った。上演はスムーズにいって嵐のような拍手を受けた。

 

思いがけない成功を祝って新宿の飲み屋で打ち上げを行うことになり、監督や役者だけではなく、教師、先輩、退職した教授も参加した。僕は彼らと並んで上席に坐った。本当に豪華な宴会で、気分はすぐに盛り上がった。退職した教授たちも含めて皆で「西郷さんが都に上る時、カニに金玉挟まれた…」のような酒飲み歌を歌い、ビールを飲めば飲む程、歌詞はわいせつになっていった。

 

ビールは人間を喜ばせるだけの飲み物ではなく、利尿作用もかなり強い。その為に便所は小便する人同士の集まる場所になっていた。日本人の膀胱の容量は割と少ない。僕が2時間ビールを飲み続けている間、友人たちは例外もなく3~4回トイレに行っていた。僕の同情を最も誘ったのは、前立腺肥大で苦しんでいる退職した教授たちだった。始めは平気だったが、やがて10分ごとに尿意を催すようになり、酔いで身体が揺れるため二人の若い学生に頼らなければトイレまで行けない有様だった。

学生は実に忍耐強くて優しかった。その優しさは便器の前で頂点に達した。一人の学生が老齢の教授を手で支えている間に、もう一人が素早く社会の窓を開けて男性の一番貴重な物を取り出し、消火ホースみたいに操作したのだ。

 

後始末が問題にならなかったのは、いうまでもない。優しい学生たちが歳をとった時、同じように優しい扱いを受けることができるだろうか。

■人気blogランキングへ



2話:真由美Ⅱ

新幹線は時刻通り東京を出て、時刻通り広島に到着した。

真由美はもうホームで僕を待っていた。駅を出て平和公園、広島城等、市内の見る価値のある所を見物した。僕の滞在期間が短すぎるため、食事抜きでクッキーだけを噛りながら町を歩き回った。

 

次の日、厳島へ行った。厳島は日本三景の一つで見るのにかなり時間がかかった。海から突き出ている能舞台、有名な赤い鳥居、神社、お寺などを見て、食欲旺盛な鹿たちに餌をやっているうちに、昼になってしまった。前日はまともな食事もせずに甘い物ばかり食べていたので、腹はもう朝から鳴っていた。

酷い空腹感に苛まれた僕は「じゃ、昼食を食べに行こう!」と申し出た。

真由美は丁寧に断わった。

「僕が御馳走するから御遠慮なく!」と彼女にすすめた。

 

どんなにラーメン、寿司、天ぷらの美味しさを賛美して食事に誘っても、真由美は何かを恥じるかのような身振りで僕の招待を断わった。耐えられないほどの空腹感が僕の忍耐力に終止符を打った。激しくもがく真由美の手をぐいと掴んで、近くのラーメン屋へ彼女を引っぱり込もうとした。真由美は頑固なロバみたいに抵抗した。

 

やっとのことで二人で向かい合ってテーブルに着き、ラーメンを待った。僕が空腹感による想像力でラーメンの美味しさを豊かに心に描いている間、彼女は絶え間なく何かぶつぶついっていた。ウェイトレスが僕の待ちこがれたラーメンを運んでくると、真由美は急に静かになって顔色も真っ青になった。

彼女はやけくそ気味に箸を取り上げて食べ始めた。僕も続いて食べ始めた。

そのとたん、真由美も僕も腹を抱えて笑い出した。僕らは二人とも左ききだった。

■人気blogランキングへ


1話:真由美Ⅰ

僕は19XX年の夏に留学生として東京に着いた。

 

その後すぐ、資格のある人もない人も、多くの人が日本語の能率的な覚え方に関して僕に多様多彩な忠告を与えてくれた。その中で一番僕の関心を引いたのはペンフレンドについての忠告だった。

 

それによると、毎週日本語で2~3通の手紙を書かないと確実に表現力を改良することは出来ないし、また文通相手としては女性が最適だという事だった。

そこで僕は、まだ得意ではない日本語を磨く為に早速国際ペンパル協会に入った。紹介してもらった文通友達の中には女性も男性もいた。

 

女性たちとの文通はスムーズに進んだのに、男性は僕がいくら長い手紙を送ってもあまり返事を書いてくれなかった。野球の練習とか、愛車の修理の方が、彼らにとって国際文通よりずっと重要だったらしい。居酒屋などで会う約束をしても時間を守らない人が多く、まったく姿を見せない人も少なくなかった。

半年もたたないうちに、男性たちとの文通は完全に水泡に帰した。

 

運良く女性との文通は極めて喜ばしい経過を辿った。女性のペンフレンドが日本全国に散らばっていて、僕は計画通り毎週数枚の手紙を書くようになった。

 

特に気に入った子は、20歳で広島の大学で英語を専攻していた。だから英語でも日本語でも文通が出来るだろうと僕は思った。でも駄目だった。真由美は骨惜しみして、最初から返事を日本語だけで書いてきた。同封された写真を見ると、真由美は可愛いけれど美人ではないのは明らかだった。でも口腔外科の治療さえ受ければ美人に近い状態になれる事もすぐ分かった。

 

そして文通が数ヶ月続いた頃、広島で会う事になった。

■人気blogランキングへ

<< 前のページへ最新 | 1 | 2 | 3 | 4