エレクトーン・ピアノの演奏上達法ブログ -176ページ目

JEF審査の基準についての私見

最初にお断りしておきます


この記事は私が思っていることであり

一般財団法人ヤマハ音楽振興会の規定など

全てのヤマハの決まり事とは全く関係ありません



ヤマハ、JEF・ESに限らず

どんなコンクールでも審査は大体複数

そして条件が許せば奇数の人数で審査します。


この意味はお分かりでしょうか?


基準がはっきりしていて、数字化でき

誰の目にもはっきり見えるものがあれば

こういったことは必要ないはずなのです。


ましてエレクトーンの審査はクラシックやポップスなど

様々なジャンルの音楽をひとつの土俵の上で

評価します。


規定時間我から外れれば「 カット 」して演奏する

というのも他では見かけません。


しかも「 エレクトーンのために書かれた曲 」

という物が極めて少ないですから

なにがしかの音楽をある意味

「 無理矢理 」エレクトーン一台で演奏したものを

審査します。


また小学校低学年という1~4年生という幅の年齢を

ひとくくりに審査するコンクールもまた少数です。



この状態でどの審査員も同じ結果を出すことなど

ありえないと私はおもいます。


よってその時の審査員が何を大事だと思っているか

これに審査結果が左右されるということは

当たり前だと思います。



・ミスができるだけ少ない事を良しとする


・年齢を鑑みて演奏レベルが高い曲を弾いた事を評価する


・弾いた曲の解釈を間違えないことを良しとする


・個性がでている演奏を大事にする


・聴衆に訴えかける力が他よりあったものを評価する



……


列挙すればまだまだあるでしょう


色々ある審査のポイントの中で

どれを一番に据えるかはその日の審査員によって

絶対違うはずです。


それぞれの要素の判断の割合も違うでしょう。


この傾向を「 好み 」をいうことばで表現するのは

私は好きではありません。



全ての人が同じ判断をするのであれば

「 演奏家 」はたった一人しか必要ないからです。


例えばショパンを日本人が弾いていいのだろうか?

という話にまで発展するかもしれません。


横道に逸れました。




一応、私が考え得ることを列挙しておきます。



1:音楽的解釈が間違っているものは

 どうしても評価がさがります

 

 ポピュラーならアフタービートの曲を

 1拍目にアクセントをつけて弾き続ける


 クラシックなら時代と楽式を無視した演奏をする


 などです。


 漢字の書き取りと比べたら乱暴でしょうか?

 同じ読みでも違う意味の漢字はたくさんあります


 似て非なるものは「 似非 」と言います。



2:不必要な振り付けは意味がないと思います


 尊敬するピアニストであり指導者である

 黒河好子先生の


 【送料無料】ピアノを弾くからだ


 この研修を受けたとき身体は全て

 「 思い通りの音で思い通りの演奏をする 」

 為にだけ使うのだと確信しました。


 全身を音楽表現のために使ったら

 「 振り付け 」に回す余裕などどこにもないからです。



3:テクニックの誇示で終わった演奏を音楽と言えるでしょうか?


 音楽はことばと同じで何か伝えたいことがあって

 書かれています。


 それはご本人のオリジナルでも同じでしょう。


 ただの再生マシーンのような演奏には魅力を感じません。


 というより私には

 「 それでは何故自己表現の手段に演奏を選んだのか 」

 ということが分からないからです。


 上手、テクニックがあると誉められたいのならば

 音楽でなくてもいいでしょう?と思います。


 音楽はあくまでも自己表現であり

 自分の「 気持 」を「 音楽とエレクトーン 」を通して

 他の人に伝えないと存在意義がないと思っています。



 「 伝えたいこと 」が感じられない演奏ほど

 空しいものはありません。




厳しいと思いますが私は自分が関わる生徒さんに

いつも言っています。


「 どうしても次の大会に進みたかったら

  誰より練習して、誰より感性を磨いて


  しかも本番

  誰よりもミス無く正しい演奏をして

  誰より聞いてくださる人を感動させる演奏をしなさい 」


と……


かつて私も学生時代コンクールにエントリーして

若かった私は結果に納得できないこともありました。


それでもそれが結果なのです。



出された結果に満足がいかなければ

どんなことをしても自分のレベルアップをはかるか

その土俵を去るしかありません。




でも以下のような場面に遭遇したこともあります。


エレクトーンコンクールの本選の録音を聴いて

こんな曲と演奏が存在したのかと驚愕したのです。


平部やよい先生の「 ラプソディ・オン・GX 」です



またインターナショナルエレクトーンコンクールを

毎年聴きに行っていた時

ファイナルで聴いた松本惇一さんのオリジナル

「 アイアの祈り 」の曲と演奏に戦慄しました。


ここ数年のグランプリの中でも多分誰より優れているだろうと

居合わせた他の講師も皆思ったと言っていました。



そう

色々な意味で全てに於いて秀でていれば

結果は皆が納得するものとなるのです。


でも、一人一人秀でている場所が違うと

聴く人によって出された結果の受け止め方が

違ってくると思います。




まとまり無く、長くなりましたが

所詮、芸術に順位をつけることはできません

無意味かもしれません。


唯一意味があるとすれば他の方と自分を比べて

「 劣っているところ 」を確認し

それをこれからの練習と演奏に活かすことにのみ

理( ことわり )が存在するのではないでしょうか?



私のコンクールに対する思いを書かせていただきました。


反論もおありだとは思いますが

私も数々の現場に居合わせてきました。



ご質問や疑問をくださる方が抱えていらっしゃるだろう以上の

経験を経て、尚、今言えることはこれだけです。



参考にならないかもしれませんが

ここに記録として残させていただきます。



  MAMI 拝