自分の持っている幸せに気づく方法に、感謝することがあります。


「感謝」はすべての幸せを感じることができるキーワードです。


しかし、感謝という言葉は、あなたにとって身近なものではないかもしれません。


宗教の用語だと思われているかもしれません。


感謝するということは、特別なことではありません。


その存在がありがたいと思うことです。


また、それがあるお蔭で自分が助けられていると思うことです。


ただ、単にそういうことです。


「感謝」はあなたの持っている幸せを引き出してくれます。


「ありがたいなぁ」と心から思うことで幸せな気分になります。


感謝をすると幸せを感じられる


当り前のことですが、人から受けた親切には心から感謝しよう。


それが自分が幸せになる方法です。


多くのことに素直に感謝できる人は幸せな人です。


自分の持っている幸せ、出会った幸せを確かに感じて生きよう。


そのために感謝すること、つまり、幸せを感じることを自分の習慣としよう。





     「今日一日 明るく朗らかにしようと想う」

     「今日一日 謙虚にしようと想う」

     「今日一日 素直になろうと想う」

     「今日一日 感謝しようと想う」


ヾ(*'-'*)ヾ(*^o^*)ヾ(*'-'*)

   ありがとう♪ありがとう♪ありがとう♪


「人生の闇」




光があれば闇があると普通は思うと思います。


事実は、光も闇もありません。


ただ考えのみが存在するのです。


世の中は最初考えのみが存在しました。


そこに光と闇という言葉で存在は味付けをしたのです。


私の予想では、近い将来このような二分化した考えが過去のものになるのではないかと考えています。


たとえば、おいしいものまずいものという考えは、こういう味のするものという表現で置き換わるのでは


ないかということです。


それと同じように光と闇という言葉もおそらく過去のものになるでしょう。


光と闇は心の中にあるだけです。


事実は光のように見えるものと闇のように見えるものが存在しているもしくは存在していただけなのです。


同じように正しいものというのも驚くかもしれませんが存在しません。


正しく見えるものは存在しますが、正しいものは存在しないのです。


逆に言えば誰もが自分の中に正しい自分を持っています。


その正しい自分こそがいわゆる良心であり良識なのです。


殻が割れればこういった正しさにとらわれることがなくなります。


もっというと何が正しいかという問いは不毛です。


必ずそれに反する考えがあるのです。






     「今日一日 明るく朗らかにしようと想う」

     「今日一日 謙虚にしようと想う」

     「今日一日 素直になろうと想う」

     「今日一日 感謝しようと想う」


ヾ(*'-'*)ヾ(*^o^*)ヾ(*'-'*)

   ありがとう♪ありがとう♪ありがとう♪




誰もが持っている煩悩の一つに瞋恚(腹立ちの心)というのがあります。


ある大学病院の先生は、「人間が腹を立てると、心穏やかにしているときの21倍も血液が濁るんですよ。」


とおっしゃいました、できるだけ腹を立てない方がよいのですが、わかっていてもつい腹の立つ私達です。


ある時、スピード違反の取り締まりに、AさんとBさんの二人が捕まりました。


Aさんはおっしゃいます、「なんであんなところで取り締まりをやっているんだ、


点数を引かれ罰金取られて馬鹿らしい。」と腹を立てます。


一方、Bさんは「確かに点数を引かれ、罰金も取られたけれど、ちょっと待てよ。


あのままスピードを出して走っていたとしたら、もしかすると事故を起こしたかもしれない。


もっと悪い場合には人を傷つけることになったかもしれない。


取り締まりで捕まったけれども、安全運転を心がけなさいという仏様、御先祖様のお導きかもしれない。


感謝しておこう。」


と受け取られました。


全く同じ状況に遭遇したにもかかわらず、受け取り方次第で、



自分の身体に対する影響も全く違ったものになっていくのです。


分かっていてもなかなかできない私達。


お念仏はそんな私達に、より尊い受け取り方ができるよう阿弥陀様が働きかけて下さるのです。


お念仏の中、心穏やかな生活を、心がけて参りましょう。



     「今日一日 明るく朗らかにしようと想う」

     「今日一日 謙虚にしようと想う」

     「今日一日 素直になろうと想う」

     「今日一日 感謝しようと想う」


ヾ(*'-'*)ヾ(*^o^*)ヾ(*'-'*)

   ありがとう♪ありがとう♪ありがとう♪