がんちゃん、本日より欧州出張です飛行機
約2週間、ドイツとスウェーデン2国をまわってくるそうです。


いいなぁあんぱんまん
どちらも行ったことのない国。



まずは無事に降り立ちますように!





いよいよ、はじめました。
同級生たちに
出遅れてやっとこさ。

職業としてやりたいことは
もう腹をくくっていて
「なにがいいか わからへーん」といっていた
M1の頃よりも
明確に、活動できそうです。



とある企業のイベントにでかけました。
ホテルに200~300人?
そしてこれが午前・午後の2回。
そしてそして東京・大阪と考えると、


おっそろしーー叫び


各社、10人前後しか採らないはずなので
それ以外の人たちは どこへ行くんだろうか。。。

私はこの戦いに勝ち残れるのだろうか。。。



そんなことを
考えれば考えるほど不安で
ちょっといらいらしてきて

実験は再び忙しくなってきたし
脳内混乱。

こんな調子で半年過ごさなくてはならないかと思うと
胃が痛いなぁ。



しょぼん。






手術の翌日朝、ICUを訪ねました。

母は麻酔から覚めていました。
パー゙とわずかに振って
私たちを出迎えてくれました。


まだ酸素マスクを外せないものの
しぼりだすように少しは会話できるように。
ただ、術後いちばんきつい頃らしく
かなり痛そうな様子で寝ていましたショック!


ICUでは長く滞在できないので
一旦帰宅し、昼過ぎに再び病院へ病院



朝よりもチューブが減り、
水も自力で飲めるほどになっていましたクローバー


明日には歩行練習も始めるそうなあし



弱音を吐かない母が
あまりの痛さを叫んでいたり
手術するもんじゃない、とこぼす。
こんな思いをしたんだから
きっと必ずやゲンキに復活してもらいたいDASH!DASH!



医療の力になりたいと
この道に進んだはずなのに、
結局のところ何もできない道にきてしまった。

実家に戻り、
掃除・洗濯に料理をただひたすらにこなすのは
その虚しさを埋め合わせるためなのかもね。


父親のためではない、
母さんのために
私はシュフ業に励むスポーツ


夕食を準備し、食べおわってから
さらにストック用おかず4食分つくる。

料理は汗だくあせる



明日は痛みがやわらいでいますようにひらめき電球
(金)母の手術が行われました。
朝の8時半に手術室へ


待合室で待つしかできない家族は
無事を祈りつつ高校野球のテレビを見ていました。



終わったのは17時ごろ、予定通り。


やっとこさ会えた母の姿は
たくさんのチューブにつながれ
麻酔にかかったままの
硬い肉体でした。


母は生きていると確認できるのは
モニターの心拍ビートを見ることのみ。


翌日に麻酔から無事覚めてくれることを祈りながら、病院をあとにしました。


昨日は東京から帰って、
そのまま研究室へ行き
ミーティングパソコン
わたくし発表当番ガーン
なんとか完遂。

翌日は母手術日のためお休みいただくし、
片付けるべきものにとりかかって
結局、帰宅は深夜。


翌日は朝5時起きで、大阪に向かう電車
車内で手紙



緊急オペが入ったため延期………



おーーい(m'□'m)



わしゃ朝6時前には家出とるねん!!
ずっこけ(゚_゚)(。_。)


今日で手術延期は5回目。

毎回理由はそれぞれやけど、
にしてもさぁガーンガーン

ちなみにドクターは昨日昼から手術してて
まだ終わってないとかDASH!DASH!
先生もだいじょうぶかいな汗汗


こんなに延期って
神様は母の手術に反対してるのかなぁ(?_?)


でも手術しないとなると
数年以内に悪くなるのは確実だと聞いてるし汗汗


困ったもんです。




途中の枚方市駅で下車し、
京都に引き返しています。
トホホ……ガーンガーン