葛飾北斎の天才的生活
葛飾北斎の富嶽三十六景
とらんくすや。親父
テキスタイルメーカーにお願いし
生地を作った事がございます
二カ月で完売した記憶がございます
その後、メーカーに依頼するも出来上がりません
現在でも、葛飾北斎、喜多川歌麿の絵にちなんだ
テキスタイルは、
なかなかお目にかからないのが現状です
テキスタイル生地があれば
即刻 藩津(ぱんつ)にしたいと思います
しかしながら、ここ数年は出てきません
気長にお待ち下さいませ
藩津(ぱんつ)はございませんが
靴下は、とらんくすや。
で販売しています
本日も、外人の方が喜んでお買い上げ頂きました
特に、ヨーロッパの方には人気でございます
葛飾北斎 世界的に有名な画家です
「富嶽三十六景」「北斎漫画」「諸国滝廻り」
「諸国名橋奇覧」 「肉筆画帖」
「八方睨み鳳凰図
しかし、人生は波乱万丈だったようです
森羅万象を描き、
生涯に三万点を超える作品を発表致しました
八十八歳まで絵を描き続けた巨人ですが、
武蔵国葛飾郡本所割下水の
貧しい百姓の子として生まれました
銅鏡(どうきょう)師の養子、
貸本屋の丁稚、木版彫刻師の従弟
などから、画業に入ったのです
生活は、変わっていますね
お酒、煙草は全くしなかった人です
しかし、貧乏なのです
食事は自分で作らず、娘も食事を作らず
三食とも出前です、お客さんに出すお茶まで出前です
お支払は、どうしたか?
北斎さんに、画工料が送られてきます
お金、包みのままで数えもせず机に放置です
出前屋、薪屋が請求に来ますと
お金の包みのまま投げつけて渡したのです
多ければ大儲けです
少なければ足らないと要求します
お金が残る訳がありません
だから、儲けても貧乏なのです
挨拶「こんにちは」程度です
衣服も木綿で田舎者風
歩くときには呪文を唱えて歩く
部屋は掃除した事が無い、蜘蛛の巣は張りっ放し、
更に、
改号すること30回、
転居すること93回 これも、変わっています
しかし、北斎様
貧しく不作法でしたが、
気位の高さは王侯にも負けずです、
富や権力では、てこ でも動かない人だったのです
画家たる真髄を見た気がしますね
やはり、天才は 測りしれません
一つの物事に集中する事が出来る故、
天才としての仕事が出来るように思います
毎朝 お店の外を掃除する
とらんくすや。親父に、天より聞こえてきます
『掃除などより、世の中が、吃驚するほどの
芸術的な藩津(ぱんつ)を作れ』
北斎様の天才ぶりを見て
とても真似のできない事を改めて痛感いたします
