~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~ -11ページ目

~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

『とらんくすや。』の親父の毎日を日記に更新していますので、皆様の浅草観光のお役に立てれば是幸いです
今回 ペタ いいね!が受け付けられない事態になりました
お客様の接客を最重要視していかねばなりません
何卒、ご了解の程お願い申し上げます

葛飾北斎天才的生活



葛飾北斎の富嶽三十六景

とらんくすや。親父 

テキスタイルメーカーにお願いし

生地を作った事がございます

二カ月で完売した記憶がございます

その後、メーカーに依頼するも出来上がりません

現在でも、葛飾北斎、喜多川歌麿の絵にちなんだ

テキスタイルは、

なかなかお目にかからないのが現状です



テキスタイル生地があれば

即刻 藩津(ぱんつ)にしたいと思います



しかしながら、ここ数年は出てきません

気長にお待ち下さいませ



藩津(ぱんつ)はございませんが

靴下は、とらんくすや。 で販売しています



本日も、外人の方が喜んでお買い上げ頂きました

特に、ヨーロッパの方には人気でございます



葛飾北斎 世界的に有名な画家です


「富嶽三十六景」「北斎漫画」「諸国滝廻り

「諸国名橋奇覧」  「肉筆画帖
 「八方睨み鳳凰図



しかし、人生は波乱万丈だったようです

森羅万象を描き、
生涯に三万点を超える作品を発表致しました

八十八歳まで絵を描き続けた巨人ですが、



武蔵国葛飾郡本所割下水の
貧しい百姓の子として生まれました

銅鏡(どうきょう)師の養子、
貸本屋の丁稚、木版彫刻師の従弟

などから、画業に入ったのです



生活は、変わっていますね

お酒、煙草は全くしなかった人です

しかし、貧乏なのです



食事は自分で作らず、娘も食事を作らず

三食とも出前です、お客さんに出すお茶まで出前です



お支払は、どうしたか?



北斎さんに、画工料が送られてきます

お金、包みのままで数えもせず机に放置です

出前屋、薪屋が請求に来ますと

お金の包みのまま投げつけて渡したのです

多ければ大儲けです

少なければ足らないと要求します



お金が残る訳がありません

だから、儲けても貧乏なのです



挨拶「こんにちは」程度です

衣服も木綿で田舎者風

歩くときには呪文を唱えて歩く

部屋は掃除した事が無い、蜘蛛の巣は張りっ放し、



更に、

改号すること30、 

転居すること93 これも、変わっています




しかし、北斎様

貧しく不作法でしたが、

気位の高さは王侯にも負けずです、

富や権力では、てこ でも動かない人だったのです



画家たる真髄を見た気がしますね



やはり、天才は 測りしれません

一つの物事に集中する事が出来る故、

天才としての仕事が出来るように思います



毎朝 お店の外を掃除する

とらんくすや。親父に、天より聞こえてきます

『掃除などより、世の中が、吃驚するほどの

芸術的な藩津(ぱんつ)を作れ』

北斎様の天才ぶりを見て

とても真似のできない事を改めて痛感いたします

ペタしてね


秋刀魚(さんま)炭火で焼くのが一番


秋と言えば、サンマですね

江戸時代は、三馬(さんま)と言っていました

食べると馬の様に元気になるとの事とか


明治時代になり、秋刀魚(さんま)と言われます

当て字が使われるようになりました

刀の様である事からです


ところで、秋刀魚(さんま)江戸時代の初期には、

魚中の下品(げぼん)なり言われ、

あまり食する事は無かったのです

江戸時代中期より、食するようになり

流行を見たのです

しかし、旗本等、
位の高い武士は食しなかったと言います

目黒のさんま という落語がございます
お殿様が目黒まで遠乗りに出かけました
しかし、お供が弁当を忘れてしまったのです
殿様や家来は腹を空かせ大変です
ところが、何処からか、今まで、嗅いだことのない
旨そうな匂いがするでは有りませんか
お殿様が「これは、何の匂いじゃ」
お供は、困りながら・・・
「この匂いは下衆庶民の食べる下衆魚、
さんまというものを焼く匂いでございます
決して殿のお口に合う物ではございません」
お殿様は、これを聞き
「その様な事はよいから、直ぐにこれへ以て参れ」
しかたなく、お供は、近くの民家から、
さんまを持ってきました

直接炭火に突っ込んで焼かれたものでした

お殿様、食べると非常に美味しく、大喜びです

この時、初めて、お殿様は、

さんまという魚の存在を知ったのです

この味が忘れられなかったのです

幾日かが過ぎました 宴会で

今日は好きなものを御所望下さいと言われたお殿様は

「余はさんまを所望する」と、

さあ大変です

急いでさんまを買ってきて料理しました

さんまを焼くと脂が多く出ます

それでは体に悪いということで、脂をすっかり抜き、

骨がのどに刺さるといけないと骨を一本一本抜いたのです

日本橋魚河岸から取り寄せた新鮮な

さんまが滅茶苦茶

お殿様、食して「まずいぞ」でございます

「いずれで求めたさんまであるか」

と、聞かれました

「はい、日本橋魚河岸で求めてまいりました」

「ううむ。それはいかん。さんまは目黒に限る


お殿様、目黒で取れたさんまの方が美味しい

へ~ いえ いえ 間違い 間違い

目黒では取れる訳がございませんね


勘違いでございますかな

魚に合わせた調理が大事です
美味しい魚も不味くなるようでは困りますね

三馬(さんま)按摩泣かせ
秋刀魚(さんま)使者と言われ
栄養価食欲にこれをべると
体力い、按摩(あんま)にかかる必要がなくなる
江戸時代ではこの様に言われました

目黒のさんま は有りませんが
さんま 食し、秋を乗り切りましょう

秋刀魚(さんま)
刀の様な、細い魚を 太った親父である
とらんくすや。親父がお勧めです

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読書尚友(どくしょしょうゆう)

読書の秋と言いますが

現在は、なかなか書物を読むと言う事を

しなくなった人達が多くなりました



テレビ、パソコン、スマホ などの

文明の機器がその様にさせるのでしょうか



とらんくすや。親父は

これに反し、読書をする時間を作っています

妙なもので、

時間をかけて読むことにより落ち着くのです



これは、昔テレビの無い時代に育った

名残(なごり)かもしれません



何かを調べる 辞書しか有りませんでした

現在の様に、パソコン検索、スマホ検索など

とんでもないことでした

辞書を買えない時には、図書館に通ったものです



今も、図書館に通っていますぞ!



パソコンに頼っていますと

友達が出来ませんね



しかし、書物を読むと、

友達が出来るのです・・・不思議?


何故 友達が出来るのでしょうか?



読書尚友(どくしょしょうゆう)



書物を読むことにより、昔の賢人(けんじん)を

友にする事の喩(たとえ)です



孟子様が言っています

人はそれぞれ自らに
相応しい者を友とする

もしも、天下に並びなき者すら

飽き足らぬようになれば、

古(いにしえ)の偉大なる人々を

友とするようになる

これを尚友という



古(いにしえ)の偉い人、賢人と、

友達になれるなんて、有り難い事ですね

実際にお会いする事にでもなれば、さあ大変です

本であるから出来る事なのです



吉田松陰 「士規七則」でも

同じ事を言っておられます

読書尚友は、君子の事なり

たまには、読書もお勧めですよ

更にお勧めは、



十読は一写に如かず

(十回読むより、一回書写するが良い)

書写をお勧め致します

大事な言葉、見つければ、

書き写しておきましょう

記憶に残る言葉となるでしょう



とらんくすや。親父 からのお勧めでした

たまには、年寄りの言う事も聞いてね

パソコン、スマホ オンリーの皆様

ペタしてね





























浅草寺様 今月の行事 

  菊供養会


10月18日

菊供養会(きくくようえ)が行われます


「金龍の舞」
も同時に行われます


境内は菊花展で、多くの菊が展示されます


この菊 天皇家の紋章であります

また、日本の国の花は、菊と桜なのです

パスポートにも、菊の紋章が付いています


大事な菊の供養絵(くようえ)

浅草寺では、明治31年より始まりました

「観世音菩薩と菊慈童(きくじどう)」

の法話が始まりとされます

「重陽の節句」9月9日に行われました

戦後には、実施日が、10月18日に定められたのです


菊慈童伝説(きくじどうでんせつ)

周の穆王(ぼくおう)に仕えた
慈童(じどう)は過ちを犯したため、

虎(とら)狼(おおかみ)が充満する

酈県山(れっけんざん)に流されてしまいます

王はこれを哀れみ、「法華経」の二句を授け、

毎朝これを唱えるようにと言いました

慈童(じどう)は忘れぬようにと

仮小屋の側に生えている菊の葉に、
句を書き止めました

具一切功徳 慈眼視衆生 

福聚海無量 是故応頂礼

法華経「観世音菩薩普門品」の偈の最後の4句

一切の功徳を具して 

慈眼を以って衆生を視(みそなわ)す 

福の聚(あつま)れる海は無量なり 

この故に応(まさ)に頂礼すべし

この菊に溜まった露が、下の川の流れに落ち、

谷川の水が「天の霊薬」となったのです


慈童(じどう)がこの水を飲むと、
天の甘露のように美味で、

虎狼も恐れて近づかなくなり、
しかも慈童は不老不死の長寿を得て、
八百年余り経っても、
尚(なお)、童顔だったのです

魏の文帝の時、慈童は仙術を文帝に授けました

文帝は、これを菊花の盃に伝えて
万年の寿をされたのです

重陽の宴の始まりとされます


10月18日 菊供養会の当日

浅草寺では、信徒の持参する献菊と、

献花された下供菊とを交換することで賑います


枕の下に敷いて寝ることでご利益があるのです

菊の葉に『観音経』の経文が書写されています

この「菊のお守り」御利益が有りますぞ

具一切功徳 慈眼視衆生 

福聚海無量 是故応頂礼


菊慈童(きくじどう)様の様に、若返りますかな

私達年寄りにとっては、
又とないチャンスでございます

是非 浅草寺にお参りを

ついでに チョイと、とらんくすや。 にも

最後に宣伝致します

とらんくすや。親父でございます

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好き事、悪き事は

     交互にやってくる?


人に千日の好なく、花に百日の紅なし


人間の社会では、千日も好い事が続く事は無い

綺麗な花も百日間もその紅の様な赤さを

保っている花は有りません

転じて、栄えること、栄華を極める事は、

長くは続かないという教えです


商売もそうですね

千日 つまり3年間伸び続ける

これが出来るのは素晴らしい事です

しかし、これだけ良すぎると、

人間驕りが出てきます

さすが、このお教え当っていますね


世の中の経済情勢もそうですね

3年ぐらいを周期にし、
動いているように思います

あまり好景気が続くと、
落ち込みが大きいですね


花も、綺麗に咲き誇るのは、
限度が有ります

花が開き、しぼんで、枯れていきます

しかし、種を残し子孫を増やします


花は、上手く輪廻していますが、

人間は、そう旨くはいかないですね

途絶えてしまったりしますね


こんな時・・・そうです

とらんくすや。 藩津(ぱんつ)です


好い事が、少しでも長く 
続くようにと願って

花柄藩津(ぱんつ)を穿くと良いですね

藩津(ぱんつ)に描かれたお花は、

絶対に枯れません、

何時までも、豪華絢爛に咲き誇っています


これで安心ですかな

しかし、ご用心 ご用心


福過ぎて災い生ず


幸福が度を過ぎますと災いが訪れると言います

古(いにしえ)に、素晴らしい方がおられました

「自分の能力をわきまえる事が寛容、

  良い事が有ったからと

    決して、度を過ぎた贅沢はしない」


好い事と、悪い事


どうも交互にやって参ります

この大海原を乗り切る一助に

とらんくすや。 藩津(ぱんつ)が

活躍する事を願っている 

とらんくすや。親父でございます

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困知勉行(こんちべんこう)


人間は、生まれながらにして、

何か違うのでしょうか?

同じ人間 平等であろうと思うのですが

生まれながらにして賢い人もいるようですね


しかし、とらんくすや。親父 の様に、

出来そこないでも、苦しんで、勉強すれば

倫理の道が判る

その代わり、努力が必要だと言う事を

孔子様 は仰っています


人間は三段階に分かれるが、

努力により、結果は同じである


孔子 曰(いわ)く
(中庸章句第二十章)

或生而知之、或學而知之、或困而知之。

及其知之一也

或安而行之、或利而行之、或勉強而行之

及其成功一也

或は生まれながらにして之を知り、

或は學んで之を知り、或は困しんで之を知る

其の之を知るに及んでは一なり。

或は安んじて之を行い、或は利して之を行い、

或は勉強して之を行う

其の功を成すに及んでは一なり


まとめると、次の様になります

人倫の道を認識し、
実践していく三つの道程です

生知安行(せいちあんこう)

学知利行 (がくちりこう)

困知勉行(こんちべんこう)


生知安行(せいちあんこう)

生まれながらにして人の踏み行うべき道をよく知り、

考えることなく心のままにそれを行うことが出来る

聖人の境地



学知利行 (がくちりこう)

人が踏み行うべき人倫の道を後天的に学んで理解し、

その正しさを知り認めて、
初めて実践することが出来る



困知勉行(こんちべんこう)

才能に恵まれない者が発憤し、

ひたむきに努力を重ねることにより出来るようになる


修養には、三段階がありますが、

道が違うのみで、
結果は同じであるので、

才能の劣った者でも努力すべきである 

という教えなのです


正に、とらんくすや。親父 の為の

言葉ですね


年を取っても、

まだまだ、倫理の道を外す事が多く有ります

老体に鞭打って、

困知勉行(こんちべんこう)に励みます

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災害察知能力のプロを望みます


一葉落ちて天下の秋を知る

青桐(あおぎり)は、

立秋には、落葉すると言います

その一葉を落ちるのを見て、秋の訪れを感じよ

と、言うものです

わずかな現象を見て
大勢を予知する事が大事である

との教えであります


先日から、御嶽山が噴火しています

ニュースによりますと、その予兆が有ったとか

噴煙の煙が何時もなら一筋だが、

二筋上がっていたのを見たと言われます


この様に、全て、小さな出来事から大勢

次に起きる事を予測し、
事前に手を打つ事が大事です

それが、大惨事にならなくて済むのです


しかし、小さな予兆

どうしても、軽視しがちです


何故でしょうか?


何かが起こってから、
あの時こんな予兆が有ったという

お話になるのです これでは遅きに失します


しかし、普段は人間様、

遅きに失しない対策を実施しているのです


一つは、料理の味見です

少しの物を食してみて、修正するのです

料理人は、一味で全体が判るそうです

調味料を加え、修正し好い方向に持って行くのです


日本、今、災害が多発しています

悲惨な出来事が沢山起こらないよう

料理の達人の様な、

災害封じの達人が現れないのでしょうか

青桐(あおぎり)が、
一葉落ちて、秋を知る

一つの事象から全てを察知するプロ

それが、日本の災害を救う救世主となるのです


災害の話は 辛くて 辛くて

皆様のご無事を祈る

とらんくすや。親父でございます

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「一助」になりたい
    「藩津(ぱんつ)様」?


一助という言葉は、

「九中一助」から出た言葉です


謙遜し、「ほんの手助けとなれば」

「ほんの一助となれば」

と言うふうに言いますが


「九中一助」とは、・・・

古(いにしえ)に、農家は、

土地を与えられたのですが、

その与え方が、次の様だったのです

正方形の土地を九つに分け、八軒の農家に、渡す

残った一つの区画を八軒の農家で助け合い、

ここで出来た農作物を、祖税として出す

という仕組みから生まれた言葉なのです


意味深ですね

一助になっていますかな?

国への一助でしょうかな?


しかし、助けが必要な時は、誰しもあるのです

人生での分岐点で縋(すが)る気持ち

これも神への助けを求めているのです

日本人は、占い好きです

神社、仏閣にお参りし、お願いごとをします

これも、助けを求めているのですね


お参りし安心です 
これは、心への一助ですね


とらんくすや。親父だけに、

もう一つお勧めします


縁起の良い 藩津(ぱんつ)を

お召しになる事です

縁起の良いものを身に付けているので

「思いが叶うだろう」となるのです

藩津(ぱんつ)ほんの一助となりますかな?


まず 立身出世 には・・・




龍は一気昇天す

と言われ縁起が良いとされます

水中か地中に棲むとされ

その啼き声によって雷雲や嵐を呼び、

また竜巻となって天空に昇り自在に飛翔する

龍に九似ありとされ、角は鹿、頭は駱駝、

眼は鬼あるいは兎、体は大蛇、腹は蜃、

背中の鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛に似る

口辺長髯をたくわえ、喉下に一尺四方の逆鱗

顎下に宝珠を持っている

秋に淵の中に潜み、春には天に昇る

ですので、龍は出世の印なのです


商売繁盛、
恋愛運向上、
金運向上  
には

やはり 次のお方でしょう・・・


招き猫

右手(前脚)を挙げている猫は金運を招き、

左手(前脚)を挙げている猫は人(客)を招く

青・ 学業向上 交通安全

ピンク・ 恋愛運向上

黒い招き猫は魔除け厄除けの意味を持つ

赤い招き猫は病除けの意味を持つ

猫招く 寺に雷雨を しのぎけり
豪徳寺のお話)

くじ運を 招いて欲しや 暮れの猫

招き猫藩津(ぱんつ)で、千客万来でございます


本当に、

とらんくすや。 藩津(ぱんつ)が、

一助になりますかな?ちょっと心配な

とらんくすや。親父 

からの御案内でした

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天照大神卑弥呼のお話


天照大神(あまてらすおおみかみ)

伊勢神宮に祀られている神様です

日本神話に登場する神様ですが、

太陽神であります

この、天照大神のお話など、日本神話は、何故か

日本の教科書には出てきません

何故でしょうか?

私達日本人の祖先のお話なのですがね~・・・


もう一つ ?

教科書に出てくる、
日本の成り立ちの話があります

魏志倭人伝(ぎしわじんでん)です

邪馬台国の女王卑弥呼は、

の皇帝に使いを送り、魏の皇帝から

倭王という称号と金印を授かった、

これが、日本の始まりである

と書かれているのです


とらんくすや。親父は、信じません!

日本の国が、
中国の配下として出来上がったなど

とんでもないことです


天照大神のお話や、
日本神話での日本の成り立ち

伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と

伊耶那美命(いざなみのみこと)の
国造りのお話など

また、最初の天皇であられる 
神武天皇のお話、

三種の神器のお話もございません


三種の神器とは、

八咫鏡(やたのかがみ) 

伊勢神宮

八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)

   皇居吹上御殿の剣璽(けんじ)の間

草那芸之大刀(くさなぎのたち)

   熱田神宮(あつたじんぐう)

これらのものは、現在も現存しているのです


天照大神様 と 卑弥呼 

妙に符合する処がございます


邪馬台国 ⇒大和の国 ?

「邪」⇒邪(よこしま)な、
   正しくない、道に外れている

倭人伝 ⇒和人伝 ?

 「倭」 ⇒野蛮、身分が低い、曲がっている

卑弥呼 ⇒日御子 ⇒太陽神 ⇒天照大神 ?

 「卑」 ⇒いやしい、下品


お判りの通り

全てが蔑(さげす)んだ言い回しです

之を、信じてはいけません

もう一度、日本の神話を勉強しましょう

御忠告申し上げる

とらんくすや。親父 でございます

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「アロハ・オエ」



今日は、ハワイの方々が御来店です

龍と家紋の柄を買って下さいました

「ありがとうございます」感謝致します



お帰りの時には、

「アロハ・オエ」と申し上げました



ハワイ 実は、日本と仲良しなのですよ



ハワイは18世紀末にイギリス人により

発見されました

先住民の人がいました

日本と同じモンゴロイド系(黄色人種)の人達です

宗教も日本とよく似ています

自然崇拝で、あらゆる自然に神様を見出すのです

良く日本と似ています

最初にハワイを統一したのは
カメハメ一世
です

ハワイには、文字が有りませんでした

なので、米国から宣教師がやってき

瞬く間に、キリスト教洗脳され、
略取されたのです

そしてアメリカに併合されたのです

そして、白人により持ち込まれた

病気(天然痘やチフス)で、

ハワイ原住民が、この、100年間で、

30万人から5万人に
減少してしまったのです


カラカウア王朝
に、なっていたこの時期

カラカウア王

アジアの人達を移民誘致しようと

アジア諸国を訪問して回りました

その時に、明治天皇とも会っています

明治天皇は「神の子」だと言っています



ハワイの王様

同じ、黄色人種が、好きだったのです

日本人のハワイ移民は、

官製移民団が組織され,

総数29,339人が
ハワイに渡ったのです

1885から1894年)

20世紀初めには、
日本人が40%も

占めるようになったのです



最後に

「アロハ・オエ」の歌です

ハワイ王国第八代女王で最後のハワイ王となった

リリウオカラニ が、作詞したとされるものです



「アロハ・オエ」とは、
現地語で「さようなら」を意味します



女王のお供で、訪れた故郷のマウナウィリ

宮廷の執事ボイド大佐は、

生まれ故郷の友人、知人との再会を果たします

楽しいときは過ぎ去り、

ボイド大佐に別れの時がやってきます

可愛い少女との切ない別れの抱擁

それを見ていた、王女が感じて作った詩なのです

「さようなら貴方 別れの前に優しい抱擁を

 また会えるその時まで」



ハワイの皆様はお友達です

また会える日まで とお送りする

とらんくすや。親父 でございました

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