ブックオフ・ジェネレーション | コラムなタイム

ブックオフ・ジェネレーション

 趣味が何かと聞かれると、散歩とか読書とかぐらいしか答えられない。その僕の読書は乱読きわまりない。しかし必ず読破しなければ気がすまないタイプでもある。
 このところ新刊本に読みたい本がなく、新刊が出ると宣伝や書評が先行してその既成概念をなぞるような読書になるのが耐えられない。ましてや内容に裏切られた時はとんだ無駄遣いをした気持ちになる。そんなおりブックオフを覗くようになっていた。
 ブックオフには普通の書店では手に入らない本を見つけることができる。上坂冬子「巣鴨プリズン13号鉄扉」、菅原徹「絵画の領分」、五味川純平「ノモンハン」、寺久保友哉「こころの匂い」など、さほど古くはなくても書店から消えた本などである。嵐のような新刊本の誕生の影で、本当に読みたい本、読み忘れた本、読んだけれどなくした本など、もう古本屋のほとんどなくなった山形のような地方にとってはブックオフの出現はこの上ない贈り物である。
 市内にある3店舗を週に1店舗ずつ見て回る。どんなに懐が寂しくても最低100円と消費税分があればよい。買いたい本がなければまた来るか、他店に行くなどの楽しみができたように思えばいい。
 そんな親しみを胸にどんどん本が増え、書棚は懐かしい本で飾られてゆく。それらをまた売ることもできるというが、懐かしいものとせっかく出会えたのだもの、とても手放せるわけがない。まして僕の場合、書き込み、折り込み、爪痕おびただしく、さすがのブックオフさんの蘇生術にかかっても生き返らないほどのひどい使い込みで、ほとんど行き場はないだろう。手放せない所以である。
 従って本の増えることは僕の幸せのバロメーターみたいなものだ。ブックオフで背表紙を眺めている時の僕はきっと夢遊病者のようなテイであろう。無為なようでいてあれほど充実した時間帯があるだろうか。そう思うのだ。
 そして近頃の自分を鑑みるに及んでは、何よりも安いのがいい。たとえ無職でもブックオフなら1冊、2冊ぐらいは買えるだろう。ゆっくり読書が楽しめるというものだ。人生80年、あとどれほどというのか、少し休ませてほしい。そしてブックオフさんの蘇生術のように再生する自分を楽しみにしたい。