年が変わった。
暦がひとつ進んだだけで、
世界は特に何も変わっていない。
この時期になると、
新しい始まりや、
大きな転換、
特別な意味が語られ始める。
古代文明の話も、
予言も、
星の巡りも、
陰謀論も、
どれも面白いとは思う。
知らなかったことを知るのは、
純粋に楽しい。
少しだけ視野が広がる。
けれど、
知ったからといって、
何かを急いで始めなければならないわけではない。
世界が裏で操られていたとしても、
操られていなかったとしても、
今日の呼吸は変わらない。
巨大な計画があっても、
何もなくても、
朝になればお腹は空くし、
夜になれば眠くなる。
だからといって、
無知でいようとか、
考えるのをやめようとか、
そういう話でもない。
ただ、
知識と生活は別のところにある、
というだけのこと。
陰謀論を知ったからといって、
不安になる必要もないし、
正義の側に立つ必要もない。
終末論に怯えることもないし、
光と闇のどちらかを選ぶ必要もない。
誰かと戦うために、
立ち位置を決めなくてもいい。
分かった気にならなくてもいいし、
分からないままでもいい。
そうやって、
いろいろな考えや物語が通り過ぎたあと、
最後に残るのは、
特別な答えではなく、
静かな感覚だったりする。
年の始まりだからといって、
目標を立てなくてもいい。
変わろうとしなくてもいい。
何かに備えなくてもいい。
騒がしさがひと通り過ぎたあと、
ふと立ち止まると、
そこには
静寂があり、
すでに満ちている感覚がある。
それを
至福と呼んでもいいし、
呼ばなくてもいい。
今年も、
分からないことを抱えたまま、
それぞれの生活を続けていく。
気づけばまた、
静寂と至福の側に立っている。
ただ、それだけ。