ナヤミヤ -7ページ目

ナヤミヤ

日々、悩んでいる人のためになればと思って書いています。

点と点はつながり線となる。

これは、解釈の問題なのではないかと。

なんら関係のない点同士がつながり線となるには、
解釈でつなげるしかないのではないかと。

見方次第では、つながる。

要するに、どう捉えるのか問題。

捉え方次第ではすべてバラバラになるし、つながりもする。

つながってないは嘘でもあり真実でもある。



普段、きっと、自分をだましている。

本当のことではないのに、本当のことであると自分をだましている。

これは、根拠のない自信とでもいうのだろうね。

自分の可能性は嘘かどうかわからないから、本当だと信じることで救われようとしている。

そして、いつしかやってくる機会を待望している。

だけど、希望とか信じることとか騙していたことが、そんなものはないと環境から受ける刺激によって気付かされる。

驚き目覚めるのだ。

どんな刺激を受けると、気付かされるのか。

ぶつかりあいによる気づく、要するに、自分が持っていた世界が崩壊する瞬間に気付くのだ。
自分のなかにはらんでいる世界が崩れていく。そのとき、気付き、世界が広がる。

広がるとき、気付くのだ。これまでの世界は、自分をだましていて、この世界から自分を出させようとしていなかったのだと、いわば、自分でつくった世界に拘束され幽閉されていたようなイメージだ。
意見がぶつかり、崩壊する世界を自覚するとき、気付くという行為が始まる。

意見とは、自分の世界から生み出された答えということだ。
つまり、意見には自分の世界がはらんでいる。したがって、ぶつかるとはお互いの世界が壊れる瞬間なのだから、恐れることにつながる。

それほど、恐れるものではないのだ。

ぶつかることで、世界が広がり可能性が広がり、内包していた可能性とか未来とかが表面に出てくるのだ。

そうすることで、よりよい答えが生み出されるので、より幸福なものを掴むことにつながる。

崩壊し、再生するとき、強靭になっていく。
脆弱で狭い世界から強靭で広い世界へ進化していく。
だから、強靭にするためにも、自分の世界が壊れることを恐れてはならない。
それは修復していく。そして、大きなものを作り上げていく。

環境によって気付かされるとは、

崩壊と再生によって成り立っている。気づくには、自分のもっている世界観とか世界とかを壊してもらうしかないのだ。成長につながることになるし、どんどん壊せばいいと思う。



人生において怠けるところがあるだろう。

怠け人生にやってくるのは、飛べないほど積み上げられた飛び箱だ。

まさしくモンスターボックス。

そのときにやるべきことをやらないということは、飛び箱を積み上げることに他ならない。

最初は2段で簡単に飛び越えられるほどの簡単な課題だとしても、
そこで、怠けて、面倒くさいとかいってやらないと、時間が経つにつれて、飛べない飛び箱になっていく。そうすると、とび越えられないのだ。どう頑張っても。

いや、とび越えられはするが、相当に時間がかかるし、飛び越えるために、考えて金をかけて装置を開発しないといけないし。

やるべきときにはやることをやりましょう。
そうすれば、ハードル走をやっているようなものになるので。

怠れば、飛び箱人生になりますので、お気を付けを。

逃げるな、怠けるな、先送りするな。そういうことです。

ちなみに、最近思うのですが、義務教育でしっかりやるべきことをやってくれば、
社会人になってビジネス書を読むことはないでしょうね。
ビジネス書を支えている根っこの部分は義務教育ですし。
義務教育でやることをやってきて、学んだことをしっかり普段の生活で活かすことを考えて実践していれば、ビジネス書を読まなくてもうまくやっていけたでしょう。

まぁ、そこまで教えてくれる大人はなかなかいないと思いますが。

高校までの教育とビジネス書とかの関係を探ると面白いですよ。
コンサル系の本を読んでフレームワークとか考えている人は、高校までの数学がしっかり理解できていないってことですし、何より国語が苦手だったってことですね。

話がそれそうですので、このへんで。
まぁ、知ることと同時に実践しましょうってことです。

怠け人生の先にあるもの、
認められたいに従った人生の先にあるものは、同じなような気がします。
すなわち、とび越えられないほどのでかい何かにぶつかって衰退していくということです。