人の考えがすべて違うのと一緒で、「逃げ」の定義は人それぞれだろう。 

辛いことから目を背けることが自分にとっては逃げの定義だった。

それは、「人生は苦」でありその予行練習だとずっと思っていたからだ。

だから、自分の本音に向き合っていなかったという事実。その向き合っていなかったという事実を否定していた事実。

それらに全く気付いていなかった。

でも、本当の「逃げ」とはなんなのか。

事実を受け入れないことなんじゃないのだろうか。

人間は、人にウソはつけても自分にはウソはつけない。自分にウソをついて逃げ続けてもずっとそれに苦しめられる。

自分に正直に、そして決断する。起きたことは誰の責任でもなく、自分の責任であり、それを受け入れる。

そうじゃなきゃ、自分はこの先一生、自分に苦しめられるだけだ。

今日はそんなことが何となくわかった。





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自己成就予言。


いわゆる自己暗示のひとつ。なりたい自分を思い続けることで行動に影響を与えて願ったりかなったりになるということ。思い込みが無意識のうちに行動に表れるという心理学でも効果が実証されていることらしい。


そんなことで叶ったら苦労しないよね。って思いうけど、できない、っておもうより自分のなりたい姿を描いてできる、なれるって思いながら行動すれば、自分で情報も拾ったり、行動したり、そんなことができてしまう。


だから、できないって思うより、できるってことをすこしずつやっていけばいいと思うそうすれば。

そうすれば、いつか願い事は叶うと思う。


夢は叶うものじゃなくて叶えるものだ。なんて言葉があるけどこんなことから由来しているのかもしれない。




人間は後悔するようにできています。


これは、迷っている選択の両方に同じ価値があり、さらに後悔の念が大きくなるには捨てた選択のほうが大事だったからではなく、年月などつみかさなったものが多かったからです。さらに、同じものでも失った時のほうがマイナスがでかくなるようにできているんですって、


だから、人生でなにか迷っているときはどちらを選んでも後悔をするんです。大事なのは決めたら自分を信じて突き進むこと。過去を振り返らずに突き進むことです。


そうはいっても、そんなことできたら苦労しないですね。ちょっと後ろを見返したりしながらちょっとずつ前に進んのがいいんじゃないのかななんて思います。そうすれば、そのうち歩いてきた道が長かったななんて思える時が来ると思います。そうありたいです。