俳優だけではなく、情報番組のコメンターや、バラエティー番組でも人気を集めた中尾彬さんが今月16日に心不全の為お亡くなりになりました。81歳でした。

 

突然の訃報でしたので驚きました。

 

最近の中尾さんしか知らない若い方は、こわもてで悪役のイメージがあるかもしれませんが、若い時はとてもイケメンで色気のある方だったんですよ〜。

 

1975年に公開された、横溝正史さん原作、高林陽一監督の『本陣殺人事件』では、江戸時代から続く旧家、一柳家で起こった密室殺人の謎を解く金田一耕助を、ジーンズ姿で演じてらして、これも素敵なのですが、今日は中尾彬さんを偲んで、若き日の中尾さんのイケメン振りを堪能できる作品を紹介したいと思います。

 

1971年に松竹で映画化された、松本清張さん原作『内海の輪』です。

 

《スタッフ》

◎監督:斎藤耕一

◎製作:三嶋与四治

◎製作補:江夏浩一・織田明

◎脚本:山田信夫・宮内婦貴子

◎撮影:竹村博

◎音楽:服部克久

◎美術:芳野尹孝

◎編集:杉原よ志

◎録音:小林英男

◎スチール:赤井博且

◎助監督:三村晴彦

◎照明:中川孝一

 

《キャスト》

◎岩下志麻(西田美奈子)

◎中尾彬(江村宗三)

◎三國連太郎(西田慶太郎)

◎滝沢修(江村宗三の義父)

◎富永美沙子(川北政代)

◎入川保則(江村寿夫)

◎加藤嘉(江村修造)

◎赤座美代子(娘幸子)

◎夏八木勲(長谷記者)

◎高原駿雄(刑事)

 

松本清張さんの小説『内海の輪』は、『黒の様式』第6話として『週刊朝日』に1968年2月16日号〜10月25日号に連載されたものです。連載時のタイトルは「霧笛の町」でしたが、映画化が決まった時に松竹の意向でタイトルを変更したようです。

 

現在では、『歯止め』、『犯罪広告』、『微笑の儀式』、『二つの声』、『弱気の虫』、『内海の輪』、『死んだ馬』の7作を収録し『黒の様式』として一冊にまとめられています。

 

⦅こんな物語です⦆

松山の老舗呉服店店主(三國連太郎さん)の後妻に入った若妻・美奈子(岩下志麻さん)は、性的不能者ながら執拗に自分の身体を愛撫する三國との愛無き夜の生活に不満を抱いていました。

 

彼女の唯一の愉しみは、3ヶ月に一度、商用を理由に上京し、前夫(入川保則さん)の弟・宗三(中尾彬さん)と密会することでした。

 

宗三は考古学専攻の大学助手ですが、次期学長候補の指導教授(滝沢修さん)の娘(赤座美代子さん)と結婚し、閨閥を利用して助教授昇格を目前にしています。

 

宗三は岡山への出張を利用して、美奈子と瀬戸内海旅行を計画。美奈子はクラス会と嘘をつき出かけて行きます。出掛けに美奈子が夫(三國連太郎さん)に残した連絡先の電話番号が出たらめであったことから、女中の政恵(富永美沙子さん)は彼女の行動に疑念を持ちますが、夫は疑いつつも取り合いません。

 

久々の逢瀬に美奈子と宗三の二人は燃え上がりますが、行く先々で美奈子は知人らしき姿を見かけ、密会旅行に暗い影が差すのです。港で偶然、二人の姿を目撃した女中の政恵は、彼らの旅館を割り出し、警告の手紙を美奈子に渡します。

 

二人は追われるように伊丹空港へ向かいますが、今度は、共通の知人である新聞記者・長谷(夏八木勲さん)に出くわしてしまいます。一連の出来事は美奈子に離婚の決意を固めさせますが、逆に宗三は、あなたの子供ができた、産みたいと自分に依存し、つきまとう美奈子を疎ましく感じ始めるのです。

 

彼らは有馬温泉行きを変更し、知り合いに会わぬよう、タクシーの運転手に導かれ、人里離れた蓬莱峡の旅館で一泊します。

 

宗三は美奈子に、大学を辞め、二人で新生活を始めようと甘い言葉をかけます。しかし、翌朝、目覚めた美奈子は宗三がいないのに気付き、半狂乱で蓬莱峡をさまよううちに、中尾の落としたライターを見つけるのです。

 

宿に戻った美奈子を宗三は優しく出迎え、足の怪我を治療してあげますが、既に美奈子は宗三の殺意に気付いていました。宿を発った二人は再び蓬莱峡へ向かいます。逡巡する宗三に美奈子が心中を持ちかけると、宗三は我に返り、美奈子を振り切るようにその場から逃げ出してしまいます。

 

一人取り残された美奈子は絶望のあまり、崖の上で立ち尽くし、力が抜け崖から転落してしまうのです。その手には宗三と揉み合った時に千切れたコートのボタンが握られていました…。

 

監督は、その洗練された映像感覚で「日本のクロード・ルルーシュ」と謳われ、70年代の日本映画界を席捲した斎藤耕一さん。

 

クロード・ルルーシュはフランス・パリ出身の映画監督で、1966年5月の第19回カンヌ国際映画祭で、パルム・ドールを受賞した『男と女』が有名ですよね。第39回アカデミー賞で『男と女』はアカデミー外国語映画賞を受賞しています。

 

『男と女』の他にも『パリのめぐり逢い(1967年)』『白い恋人たち  (1968年) 』『夢追い  (1979年)』『愛と哀しみのボレロ  (1981年)』『遠い日の家族 (1985年)』『ライオンと呼ばれた男  (1988年)』『レ・ミゼラブル  (1995年)』いい映画がたくさんあります。

 

クロード・ルルーシュ映画の特徴は、水彩画のように柔らかく流麗なカメラ・ワークでしょうね。 カメラを自由に移動させ、時には自ら撮影にあたって画面構成の自然さを追求した人です。俳優の演技にも即興性を取り入れて、演出に不自然さがないところが、ルルーシュ映画のもう一つの特徴であり魅力となっているように感じます。大好きな監督の一人です。

 

斎藤監督はもともとスチルカメラマンとして1949年、東映東京撮影所に入社され、1954年、日活に引き抜かれて後に映画に進出された方なので、映像には拘りをお持ちだったんだと思います。

 

僕が初めて観た、斎藤監督作品は、中学生の頃、深夜のTVで観た、岸惠子さん扮する仮釈放の女囚と、萩原健一さん扮する強盗犯との短い恋を描いた『約束』でした。映画の内容にも感動したのですが、映像がとても美しくて、フランス映画みたいだなぁと感じた事をよく覚えています。

 

1968年、松竹専属監督となり、「歌謡映画」などを撮り続けてらした時に、会社から『内海の輪(1971年)』の監督として抜擢され、高評価を得て、松竹を代表する監督の一人になられます。

 

素九鬼子さんの小説が原作の『旅の重さ(1972年)』、キネマ旬報ベストワンに輝いた『津軽じょんがら節(1973年)』、アラン・ドロン主演、ロベール・アンリコ監督によるフランス映画『冒険者たち』をモチーフにした、高倉健さんと勝新太郎さんが共演した唯一の映画作品で、男2人と女1人(梶芽衣子さん)のロードムービー『無宿(1974年)』、野口五郎さんの映画初出演作で、横浜港から船でブラジルに旅立つことになった姉と、見送るためについてきた弟との横浜の街で過ごして別れるまでの3日間を描いた『再会(1975年)』など映像の美しさで記憶に残っている作品がたくさんあります。

 

僕の大好きな五木寛之さんの小説を映画化した『凍河』、浅丘ルリ子さん主演で、監督のフィルモグラフィからいつもなかったことにされている『渚の白い家』のように「なんでこうなるのー」みたいな作品もあるんですけどね(笑)

 

でもこういう作品たちこそ、配信して欲しいなーと思います。どんな監督でも成功作、失敗作と呼ばれる作品は必ずあります。それでもどの作品にもなんか捨てがたい魅力ってあるものじゃないですかね。

 

松本清張さん原作の『内海の輪』は倒叙ミステリーです。

 

倒叙ミステリーとは、物語の最初に犯人や犯行の様子を明かし、その後は犯人視点でストーリーが進行する独特の作風が特徴です。

 

主人公は弥生時代を専門とする新進の考古学者の江村宗三。宗三が、不倫の果てに殺人を犯し、やがて破滅への道をたどり始める物語です。

 

現在Z大学で教鞭をとり将来を嘱望されています。彼は銀座で元・兄嫁の西田美奈子と十四年ぶりに再会…。彼女は再婚していましたが、よりを戻した二人は情事を重ね。深みに堕ちて行くのです。

 

二人で瀬戸内海を巡る不倫旅行中のある日、宗三は美奈子から妊娠を告げられるのです…。順風満帆の生活が破綻する恐怖に襲われた宗三は、やがて美奈子を殺そうと決意をする…のでした。

 

松本清張さんは昭和の時代を駆け抜け「社会派推理小説」というジャンルを確立された偉大な作家です。社会性のある事件をテーマに、事件が起きた背景や問題点を明らかにするのが特徴で、男女の愛憎や歪んだ関係も多く描かれていますが、上質で品格の漂う表現が魅力のひとつですね。

 

『内海の輪』は一見、完璧に思えた宗三の完全犯罪が以外なところから破綻していくんですよね〜。その過程がね〜鳥肌が立つようにゾワゾワと読み手の背中を這い回るんです〜

 

そこには宗三の専門である「考古学」に基づくある仕掛けが張り巡らされていて「上手い」と叫びたくなる落ちの付け方に唸らされます・

 

映画版では、松竹の看板スター・岩下志麻さんが美奈子を演じている訳ですから、美奈子がメインに描かれていますが、原作では宗三が主人公なので、宗三のキャラクター設定が秀逸なんです。

 

おぼっちゃま育ちで、気が小さいくせにで自分勝手で傲慢。上昇志向が強く、プラス自信過剰で自己顕示欲が人並み以上…そんな性格だから、完全犯罪だと豪語していても、どこか甘く隙があり、次第にほころんでくる…そして最終的には全てが明るみになるんですね。

 

そんなダメ男を、中尾彬さんは魅力たっぷりに演じてらっしゃいます。僕はこの頃の中尾彬さん好きですね〜。声がとても素敵でしょ?美奈子が宗三とのセックスに溺れているという説得力が中尾さんを見ているとあるんですよ〜。なんかいやらしいんですよ(笑)褒め言葉ですよ。

 

原作と映画版では大分印象が違うのですが、会社から、我が社のスター・岩下志麻を全面に、愛と色と欲に溺れた人妻の哀しい性を描いて欲しいと言われれて、監督も力を込めてこの作品を撮ったんだなと感じます。

 

岩下志麻さんも制作発表記者会見で「お話があって早速原作を読みましたが、推理小説というより愛のドラマのように感じました。女の性とでもいいましょうか、女の愛の一つのタイプのもので一生懸命演じてみたいと思います」とおっしゃっていたみたいですし。

 

雪の新潟、水上温泉、そして大阪、松山市、尾道、倉敷、仙酔島、蓬萊峡と舞台は移り行くんですけどその各場所の風景が美しく撮られているんです。さすが日本のクロード・ルルーシュ!

 

中尾彬さんが亡くなって、『内海の輪』を久しぶりに観たのですが、僕も年齢を重ねたからか、宗三の気持ちも少し理解できるようになりました。

 

昔は美奈子寄りだったんです。僕も。宗三ってなんて男だ!と思っていたのですが、今までは3ヵ月に一度の逢瀬を重ねるだけだったのに、不倫旅行の旅先で、松山の家を飛び出して宗三と一緒になり、彼の子供を産みたいと言い張り、もう一生離れないというように自分にしがみつく美奈子を宗三が鬱陶しく思うのは当然かもと思うようになりました。だからと言って、美奈子を殺害しようと考える宗三には共感はしませんけれど。

 

女性にとって「愛」だとしても男性からしたらただの「肉欲」だけのことはあります。サイテーと言われても男ってそういうものだったりするんです。

 

宗三からすると、美奈子も夫がいるわけで、家庭を壊す気なんかないだろうと鷹を括っているから、美奈子とそういう関係を続けられているところがあるわけですよ。

 

そうしたら

「わたしね。あなたと毎日でもいっしょにいたいのよ」「ねえ、宗三さん。わたし、いつ、松山の家をとび出すか分からないわよ」と美奈子は宗三の手をがっちり握り、いっしょに地獄へ堕ちる覚悟は出来ていると言うわけです。

 

映画を観ながら、僕もそこまで言っちゃダメだよ〜美奈子〜と心の中で叫んじゃいましたよ。外面ばかりの良い気の弱い宗三のような男は、この女を消すしかないと思ってしまうんでしょうかね。

 

でも岩下さんの体当たりの熱演があっこその作品だなぁと感じます。

 

美奈子のような情欲に狂った女性を演じ切れるのは、岩下志麻さんしかいないですよね〜。岩下さんの主演作、たくさん観て来ましたけど、どんな女性を演じても、嘘を感じさせないといいますか、上っ面の芝居をしない人、観ていると魂を持っていかれる…そんな女優さんだと僕は感じています。

 

一度、宇崎竜童さんのコンサートへ行った時にお見かけしたことがあります。小柄で細くてとってもお美しい方でした。『内海の輪』もそんな岩下志麻さんの魅力満開の作品です。

 

この頃の岩下さんは、松竹の歴史に残るラブ・サスペンスの名作に立て続けに主演されています、

◎『影の車(1970年・松竹)』野村芳太郎監督

◎『内海の輪(1971年・松竹)』斎藤耕一監督

◎『黒の斜面(1971年・松竹)』貞永方久監督

◎『嫉妬(1971年・松竹)』貞永方久監督

◎『影の爪(1972年・松竹)』貞永方久監督

松本清張原作もの以外も、配信で気軽に見れるようにして欲しいです。松竹さんお願いします。どれも傑作ですから。

 

松本清張さんの小説は、どこか他人事では済まされない、身近に起こりそうな事件を描いています。自分も何かの拍子に巻き込まれるのではないかと思わせられる恐怖がいつもありますね。

 

僕は同性愛者ですから、宗三にも美奈子にもなりうる可能性があるかも知れないし…。

 

僕を愛欲に溺れさせてくれるような男に会いたいもんですわー(笑)

 

『内海の輪』は若かりし、中尾彬さん、岩下志麻さんの、ねっとり濃厚な迫真の演技に引き込まれる作品です。

 

「愛」って人を狂わせ、死に至らしめるモノでもあるのだと教えてくれます。

 

名優、中尾彬さんのご冥福をお祈りいたします。