リチャード・ドナー監督、グレゴリー・ペック主演で、6月6日午前6時に誕生し、頭に666のアザをもつ“悪魔の子”ダミアンに翻弄される人々の恐怖を描き、世界的ヒットを記録した『オーメン』が公開されたのが1976年。

 

今から48年前…もうそんなに経つんですね。

 

その『オーメン』の前日譚を描く最新作、『オーメン:ザ・ファースト』が4月5日(金)より全世界同時公開されています。今まで謎に包まれてきた“悪魔の子”ダミアンの誕生に隠された秘密が明かされる『オーメン:ザ・ファースト』はまだ観てはいないのですが、無性に1976年公開の『オーメン』が観たくなったので久々に鑑賞しました。今日はその感想を書いておきます。

 

『オーメン』1976年

製作国/イギリス・アメリカ/111分

《スタッフ》

◎監督:リチャード・ドナー

◎脚本:デヴィッド・セルツァー

◎製作:ハーヴェイ・バーンハード

◎制作総指揮:メイス・ニューフェルド

◎撮影:ギルバート・テイラー

◎音楽:ジェリー・ゴールドスミス

(第49回アカデミー作曲賞受賞)

◎編集:スチュアート・ベアード

 

《出演》

◎グレゴリー・ペック(ロバート・ソーン)

◎リー・レミック(キャサリン・ソーン)

◎ハーヴェイ・スペンサー・スティーヴンス(ダミアン)

◎デビッド・ワーナー(ジェニングス)

◎ビリー・ホワイトロー(ベイロック夫人)

◎レオ・マッカーン(ブーゲンハーゲン)

◎パトリック・トラウトン(ブレナン神父)

 

最初『オーメン2/ダミアン』(1978年)、『オーメン/最後の闘争』(1981年)と3部作として制作されましたが、1991年にはダミアンとは別の“悪魔の子”を描いた番外編のテレビ映画『オーメン4』が制作され、2006年6月6日という「オーメン」に相応しい日に全世界公開されたのが、第1作の公式リメイクとなる『オーメン』でした。

 

2016年にはシリーズ誕生40周年を記念して制作された第1作の直接的な続編であり、第2作や第3作とは異なる世界線を辿っていくテレビシリーズ『オーメン』も制作されましたが、あまり人気がなく全10話で打ち切りとなってしまったようです。

 

そして今公開されている『オーメン:ザ・ファースト』は、劇場用作品としては18年ぶりに制作された最新作です。批評家の評判もなかなか良いようですね。最近は、オリジナルの物語の前に起こる出来事に焦点を当た、前日譚と呼ばれ作品がよく制作されるようになりましたよね。

 

オカルト映画の代表作と呼ばれ、第46回アカデミー賞の脚色賞と音響賞を受賞した、ウィリアム・フリードキン監督の『エクソシスト』(1973年)は続編も含め、その後さまざまな派生作品が制作されましたが、それはオリジナルが制作されてからどれだけの年月が経とうとも名作として揺るぎない力を持ち続けているからだと思います。

 

今回『オーメン』を久々に観て、『エクソシスト』同様、よく出来た作品だなぁ、全然古びてない名作だなとあらためて思いました。僕が『オーメン』第1作を初めて観たのは小学6年生の頃です。TVでしたけど観終わった後、「はぁ〜面白い映画を観たなぁ〜」と感じた記憶が今だに残っています。

 

『オーメン2/ダミアン』(1978年)、『オーメン/最後の闘争』(1981年)もその後観ましたが、なんだか段々普通のホラー映画になってしまって、『オーメン/最後の闘争』なんか、「えっ〜、これで終わりか〜い」と嘆いたことを覚えています。

 

やはりオリジナルに叶うものはなかなかないですね〜。

 

題名の“omen”は主に「前兆」や「予兆」という意味を持つ英語の単語です。これは、特定の出来事が将来起こることを暗示する現象や兆候を表現する際に用いられる言葉です。最初のタイトルは「アンチクライスト(世界終末のキリストの再臨前に出現して教会を迫害したり世を惑わす偽預言者,異端,悪魔などのこと)」だったそうですが評判が良くなく、いつの間にか誰かが『オーメン』と呼ぶようになり、タイトルに決まったとか。これは正解でしたね。でも誰が言い出したのかなぁ(笑)

 

観る者が恐怖感(英語でいうところのHorror、Fear、Terrorなど)を味わって楽しむことを想定して制作されている映画を今はホラー映画と呼んでいますが、『オーメン』が公開された1970年代はオカルト映画と呼んでいました。

 

日本では、1970年代が「オカルトブーム」の時代であるとされていますよね。きっかけとなったのがイギリスの作家、コリン・ウィルソンの 『オカルト』(原著1971年)と言う本なんです。1973年に本書の日本語訳が出版されて以来、その題名になった「オカルト」は瞬く間に当時の日本に普及したんだそうです。

 

当時、大人気を博した超能力者のユリ・ゲラーのスプーン曲げや、そしてウィリアム・フリー ドキン監督の『エクソシスト』(1974年)の大ヒットも「オカルトブーム」を牽引した一つなんですね。

 

『オーメン』はそのブームの最中、その流れの中で制作され、今でもオカルト映画の金字塔として君臨する作品の一つです。

 

「オカルト the occult」とは、「隠された知(超自然的な力や現象の存在を信じ、それらに権威を認めようとすること)」を意味するラテン語の「occulta」に由来する言葉だそうです。

 

『エクソシスト』の前、1968年に公開された、ロマン・ポランスキー監督の『ローズマリーの赤ちゃん』がそもそもブームの始まりのような気がしますが、『エクソシスト』『オーメン』『ローズマリーの赤ちゃん』に共通するのは「悪魔憑きや悪魔崇拝」を描いていると言うことですね。

 

僕はこの時代のオカルト映画が大好きなんです!

 

僕は『スプラッター』と呼ばれる、首や手足をぶった斬ったりして血しぶきが飛び散る、内蔵が飛び出すというような残虐的なシーンを見せ場とする作品はただ「汚い〜」と思うだけだし、『リング』(中田秀夫監督・1998年) や『呪怨』(清水崇監督・2003年)などの Jホラーと呼ばれる作品は少しも怖いとは思わないし、どこか物足りないんですよね〜。黒沢清監督の作品は好きですけどね。昔の中川信夫監督などの怪談映画の方が断然面白いと思います。まぁこれは個人の好みですからね。

 

僕が好きな70年代のオカルト映画です。

◎1971年『悪魔のワルツ』監督:ポール・ウェンドコス

◎1973年『エクソシスト』監督:ウィリアム・フリードキン

◎1973年『ヘルハウス』監督:ジョン・ハフ

◎1973年『ウィッカーマン』監督:ロビン・ハーディ

◎1974年『暗闇にベルが鳴る』監督:ボブ・クラーク

◎1974年『ザ・チャイルド』監督:ナルシソ・エバニエル・セランドール

◎1975年『ステップフォード・ワイフ』監督:ブライアン・フォーブス

◎1976年『オーメン』監督:リチャード・ドナー

◎1976年『キャリー』監督:ブライアン・デ・パルマ

◎1976年『家』監督:ダン・カーティス

◎1976年『サスペリア』監督は:ダリオ・アルジェント

◎1977年『センチネル』監督:マイケル・ウィナー

◎1978年『レガシー』監督:リチャード・マーカンド

 

などなど…どれも個性豊かな名監督の作品で、何度でも見返したくなる作品です。

 

「黄金時代」を謳歌していた60年代は過ぎ、1970年代のアメリカは、圧倒的戦力を保持していたにもかかわらず、ベトナム戦争も事実上の敗北で幕を閉じ、景気が後退していく中で物価上昇が同時進行し、安定した暮らしや将来への希望は失われ、国内では厭世観が広がり、アメリカという国が掲げる「正義」そのものに懐疑の目が向けられるようになっていました。

 

社会的変革の波が国内を襲い、公民権運動が進展するに連れ、フェミニズムや環境保護運動に加え性の革命も拡大します。国・政治・家族・宗教といったコミュニティの崩壊とともに平和、愛および自由を強調したヒッピー文化が主流になり、LSDやマリファナなど幻覚剤を使用する者が増え、大量殺人鬼やカルト教団が勢力を得てきます。墓場からの死体盗掘を繰り返したエド・ゲインや、殺人ピエロの異名を持つジョン・ゲイシー、『ローズマリーの赤ちゃんの監督であるロマン・ポランスキーの当時の妻であったシャロン・テートを殺害した、悪魔崇拝者チャールズ・マンソン、大量殺人、もしくは集団自殺によって信者918人が命を落としたカルト宗教の『人民寺院』事件等、国を震撼させるような事件や事件を引き起こす人物が現れたのも70年代でした。

 

こう言った時代背景が、文化面にも波及し、映画界にオカルトブームが巻き起こったのも理解できます。

 

「恐怖」の存在が、吸血鬼や狼男、フランケンシュタインのような古典的なモンスターから、見た目ではわからない身近な人間たち(隣人や、自分の身内かもしれない)が自分達の幸せを脅かす存在するという恐怖感…。そしてそんな悪に魅了される人々が少なからずいるということの危機感…。そんな時代の空気感がこの時代のカルチャーに大きな影響を与え、『オーメン』という名作が生まれたんだと感じます。

 

『オーメン』が斬新だったのは、今では目新しくもないかもしれませんが、聖書の『ヨハネ黙示録』を物語の根幹に据えたところです。『ヨハネ黙示録』は『新約聖書』の最後に配された聖典で、『新約聖書』の中で唯一預言書的性格を持つ書なんです。16章16節に書かれている『ハルマゲドン』という言葉はカルトな宗教が必ず持ち出す言葉です。

 

『オーメン』で有名になったものに悪魔の紋章とされる【666】と言う数字があります。

 

【666】は獣の数字といって、『新約聖書』の『ヨハネ黙示録』に記述されているんです。色々な説があるようですが、「666」は反キリストを指すものとして捉えられていたり、エホバの証人の6は7が象徴する完全さに達しないことを表し、さらに6が3回繰り返されることは凶兆を表すと言う解釈を『オーメン』の脚本を書いたデヴィッド・セルツァーは映画に取り入れたようですね。『666』が悪魔及び、その使徒たちの体に刻印されているという設定にしたんです。

 

デヴィッド・セルツァーはこの当時、まだ無名の脚本家で、お金がなくどん底の生活をしていたらしいのですが、聖書と黙示録を読み込んで『悪魔VS人間』の対決をスリリングに丁寧に一級の娯楽作として脚本に仕上げています。オリジナルというところが素晴らしいです。『ローズマリーの赤ちゃん』も『エクソシスト』も原作がありますからね。

 

監督はリチャード・ドナーです。『オーメン』を撮る前はTVドラマの世界で活躍されていました。『オーメン』が映画監督としての初監督作です。その後、『スーパーマン (1978年)』『グーニーズ (1985年)』『リーサル・ウェポン (1987年)』『マーヴェリック (1994年)』などの娯楽大作を次々と監督されました。依頼された仕事はきっちりとそつなくこなし、必ずヒットに導く職人監督というイメージです。

 

リチャード・ドナー監督のたっての希望で音楽を担当したのはジェリー・ゴールドスミス。アカデミー賞には18回ノミネートされ、『オーメン』で作曲賞を受賞されました。僕はフランクリン・J・シャフナー監督の『パピヨン』(1973年)の音楽が大好きです。『オーメン』は、オカルト・サスペンスながら美しい旋律のストリングスとピアノで心に響く『愛のテーマ』が印象的です。どのシーンにも音楽がとてもマッチしていて、不気味さもありつつ繊細に物語を彩っています。

 

撮影監督はギルバート・テイラー。1964年に公開されたビートルズ初の主演映画『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!  (1964年)』、冷戦時代のソビエト連邦とアメリカ合衆国の核戦争を風刺した、スタンリー・キューブリック監督の『博士の異常な愛情  (1964年)』、ロマン・ポランスキー監督の3作品『反撥  (1965年)、袋小路 (1966年)、マクベス (1971年)』、アルフレッド・ヒッチコック監督晩年の傑作『フレンジー  (1972年)』、「スター・ウォーズ」オリジナル三部作の第1作目『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望(1977年)』、オーメン3部作の第2作『オーメン2/ダミアン  (1978年)』、ブラム・ストーカー原作の『吸血鬼ドラキュラ』を基にした舞台劇の映画化『ドラキュラ  (1979年)』、クイーンが担当した主題歌「フラッシュのテーマ」が有名な『フラッシュ・ゴードン(1980年)』などなど『オーメン』もそうでしたが、ヨーロツパの絵画を思わせる、深みのある美麗なカラー撮影が作品に品格を与えていて、構図も的確ですし、作品全体に漂う不穏な空気感も映し出す映像表現が見事な撮影監督です。

 

父親・ロバートを演じたのはウィリアム・ワイラー監督の『ローマの休日』の新聞記者役で有名なグレゴリー・ペックです。僕が初めてグレゴリー・ペックと言う俳優を知ったのも『ローマの休日』でした。学生時代はボート競技の選手としてオリンピックを目指していただけあって190cmの長身で理知的で二枚目、1950~60年代にかけハリウッドで大活躍された名優です。1962年には自主製作『アラバマ物語』で念願のアカデミー主演男優賞を受賞されました。

 

1970年代に入ると年齢的にも往年の大スターというイメージで人気も衰え、主演作が3年もない状態に…。そんな時『オーメン』のスタッフが色んな大物俳優に出演を打診したそうですが断られ、ダメもとでグレゴリー・ペックにオファーしたところ快く快諾してくれたそうです。

 

恐怖映画というジャンルはどこか文芸作品などと違い下に見られていた時代です。それに脚本家も監督も映画界では知られていない新人。製作費も安い。配給会社の20世紀フォックスもあまり力を入れてない様子…それでもグレゴリー・ペックが出演をOKしたのは脚本が良かったからじゃないでしょうか。それと今までの自分対する世間のイメージ「誠実で正義感にあふれるキャラクター」を変えたいという気持ちもあったのでは?と思います。グレゴリー・ペックが出演をOKしたから、20世紀フォックスの態度も変わったんですよ。

 

でもこの決断が大成功!『オーメン』という低予算のオカルト映画が大ヒットしたのは、気品のあるグレゴリー・ペックの存在感、大スターとしてのオーラは言うに及ばず、ローマの産院で、死産した我が子の代わりに同時刻に誕生した孤児である男子を妻のキャサリンにも秘密で養子として引き取ったことが全ての根源であるという自分の犯した罪への後悔に悩み苦しむ父親を熱演するグレゴリー・ペックに、観客が共感したからではないですかね。「誠実で正義感にあふれるキャラクター」のグレゴリー・ペックならではの役柄なんですよ。

 

自分たち親子とは血のつながらない息子と分かっていても、悪魔の子かもしれないと疑ってみても、この父親は心底子供を憎みきれない、情愛の深い人物なんだとグレゴリー・ペックだからこそ感じられるのです。そこを悪魔につけ込まれたわけですよね〜。

 

僕はラスト、ロバートはダミアンを殺すことは出来なかったんだろうと思うのです。拳を振り上げても下ろせなかったのではないか…自ら警察の拳銃に打たれて死を選んだのでは?なんて思います。

 

ロバートの妻、キャサリンを演じたのはリー・レミック。非常に聡明な美しさをもつ女優さんですよね。アクターズ・スタジオで学び、18歳でブロードウェイにデビューした、非常に演技力の高い女優としてアカデミー賞、トニー賞、ゴールデングローブ賞と数多くノミネートされた方です。

 

僕は、アルコール依存症に陥る主人公の妻で、自らもアルコールに溺れる役を演じアカデミー賞にノミネートされた、ブレイク・エドワーズ監督『酒とバラの日々(1962年)』がとても印象に残っています。酒にハマり、溺れ、それ無しでは生きて行けなくなった人間の悲しい末路を素晴らしい演技で観せてくれます。この映画の主題歌はヘンリー・マンシー二が作曲し、ジャズのスタンダードナンバーとして多くの歌手が歌っていますよね。

 

『オーメン』での評価はあまり高いとは言えないようですが、リー・レミックの代表作の1本だと思います。彼女の驚愕に怯える眼の表情はこの作品のポスターに使われるほど象徴的なものですしね。

 

キャサリンはダミアンを自分が産んだ子供だと思っているわけですから、愛したい、可愛がりたいのに、何故か心が寄り添わないことに不安になり苛立ち、ついあたってしまうんです。そんな母親を繊細に熱演されています。腎臓癌と肝臓癌により55歳という若さで亡くなってしまったのが惜しまれますね。

 

そのほか脇を固めるのは、悪魔の使いでダミアンを守るためにやってくる乳母を演じたビリー・ホワイトロー、ダミアンの出自を父・ロバートと共に追うカメラマンを演じたデビッド・ワーナー、「悪魔の子供を殺せ」と父・ロバートに進言する神父を演じたパトリック・トラウトンといったイギリスの性格俳優たちが出演。

 

イギリス人らしい品と基礎のしっかりした的確な演技が、本作の格と質を高めています。7本の「メギドの短剣」を差し出し、ダミアン殺害を指示するブーゲンハーゲンを演じた『わが命尽きるとも』『ライアンの娘』の名優レオ・マッカーンも短いシーンですが、悪魔の子の排除を語る姿には説得力がありますね。さすが名優です。

 

ダミアンを演じたのはハーヴェイ・スティーブンス。いい味出してますよね〜。セリフがないところがまた不気味でいいんですよ。オーディション中、監督がこれはと思った子供たちを抱きかかえた時、皆、嫌がって泣き出したらしいですが、ハーヴェイくんだけは監督の顔に殴りかかって、止めろといっても辞めなかったので、これは根性があると採用になったとか。髪がブロンドだったので染めて、灰色の瞳はコンタクトレンズだそうです。

 

ハーヴェィくんの存在感は素晴らしいですね。あどけない子供のように見せかけている感じが透けて見えて、邪悪な心を隠し持っている感じが画面から伝わってきます。監督の演出力や撮影監督のセンスもあるとは思いますが…。ラストシーンに全て持っていかれますよ。

 

最近では悪魔や聖書をテーマにした恐怖映画=オカルト映画は少なくなったように感じますね。

 

本当に怖いのは人間だというように、サイコパス(精神病質者)の心の闇をテーマに、実際に起こった猟奇的殺人事件に心に葛藤を抱える刑事が挑むというような作品や、スプラッターホラーにしても、そんなことあるわけないじゃんと感じるリアルを無視したただ単にCGやVFXにおんぶに抱っこの映画が幅を利かせているように思います。あまりそういうの好きじゃないんで(笑)

 

現代からすると、とんでもない設定や内容でも、1970年代の作品って、生真面目に作品やテーマに取り組まれている製作者や俳優さんたちの熱気を感じて、そこに僕は惹かれるのかもしれません。デジタルでは表現できないものがあるんですよ。

 

『オーメン』久しぶりに観て、やはり何年経っても色褪せない、名作だとあらためて思いました。