『たそがれマイ・ラブ』『シルエット・ロマンス』などのヒット曲で知られる歌手の大橋純子さんが9日に亡くなられました。

 

2018年に食道癌が見つかり、翌4月には左胸に乳腺癌も発症されていたんですよね。2019年に活動を再開されたものの、今年3月に再発したことを公表し、療養されていることは知っていましたが73歳とは…早すぎますね。

 

先月22日には、1983年に『夏女ソニア』でデュエットしたもんたよしのりさんの急逝を受けて、「もんたさんの突然の悲報に接し現実のこととは思えず、ただただ茫然としております」とコメントをされたばかりでしたのに…。

 

通夜、告別式は、東京・芝公園の増上寺で執りおこなわれ、親族や音楽関係者ら約200人が参列されていました。長年、親交のあった渡辺真知子さんや、松崎しげるさんらが別れを惜しんでおられました。

 

僕は世代的に、大橋さんが代表曲である、『たそがれマイ・ラブ』や『シルエット・ロマンス』を歌番組で歌われている姿を見てはいないんです。まだ幼かったので。

 

でも、『たそがれマイ・ラブ』は作詞をされた阿久悠さんや作曲をされた筒美京平さんが手掛けられた楽曲を集めたベスト盤や作品集、コンピレーション・アルバムなどには必ず収録されていましたし、阿久さん、筒美さんの代表曲の一つなんだと認識していました。

 

たくさんの方が、カヴァーされてますからね。

 

初めて聴いた時から、とても心に響く曲で、詞も良い、曲も良い、アレンジも良い、そして歌唱も素晴らしいと、ケチのつけようがない完璧で素敵な曲だと思っていました。

 

この曲は、1978年、TBSで放送された長編大作ドラマ『獅子のごとく』の主題歌として制作されました。

 

この頃のTBSは、『海は甦える』『熱い嵐』『風が燃えた』など明治の元勲を主役とした大作ドラマをいくつか制作していて、『獅子のごとく』はその一つです。

 

何年か前に、CSのTBSチャンネルで特集で放送していましたね。『風が燃えた』は、伊藤博文とその妻・梅子の波乱に満ちた生涯を描いたドラマで、二人の若き日を三浦友和さん、山口百恵さんが演じていました。

 

作曲家、山田耕作の生涯を描いた『大いなる朝』というドラマもありました。主演はドラマ初主演の野口五郎さんです。

 

『獅子のごとく』は、日本のテレビドラマ史上初の東西ベルリンロケを敢行し、明治の文豪・森鴎外の『舞姫』の恋人エリスへの愛と、乃木希典との深い結びつきを軸に、東西文化のせめぎ合いの中で、愛を求め、精神の自由を追い求めた鴎外の苦悩を描たドラマでした。

 

『たそがれマイ・ラブ』の歌詞を読むと、阿久悠さんがこの仕事の依頼を受けた時、森鴎外の『舞姫』をテーマにしたことがよく分かります。

 

『舞姫』はとても悲しいラストを迎えますが、阿久さんの詞は本当に無駄がなく、簡潔で、『運命(さだめ)』という言葉に全てが集約されている気がして、素晴らしいなぁと思います。

 

「しびれた指 すべり落ちた 珈琲カップ 砕け散って」

「凍える手で ひろげて読む 手紙の文字が 赤く燃えて」

 

鮮やかに映像が浮かんできて、僕はこのフレーズが大好きなんです。筒美さんの曲もこの詞にピターッと寄り添っていて、大橋さんの歌唱と相まってとってもドラマチックです。

 

阿久さんは最初、『ベルリン・マイ・ラブ』というタイトルで詞を書かれたそうです。『舞姫』はドイツが舞台ですからね。どういった経緯で『たそがれマイ・ラブ』に変わったのかは分かりませんが、『たそがれマイ・ラブ』でよかったですよね。結果的には。

 

『たそがれマイ・ラブ』は、大橋純子さんの10枚目のシングルで、第20回日本レコード大賞・金賞(大賞ノミネート)を受賞した名曲ですが、大橋さんはこの曲についてこう語ってられるんです。

 

《ターニングポイントになった『たそがれマイ・ラブ』は最初のヒット曲ですけど、当時、ちょうどバンド活動をやり始めたときでもあったので、歌謡曲色の強いこの歌を歌うのはすごく抵抗があって、ヤダ、ヤダってうんと反対したの。でも、レコード会社と事務所の説得もあって、私自身、割り切って納得してそのときはやりました。幸か不幸か大ヒットになっちゃって、今となっては幸運だったんですけどね》

 

こういう歌手の方は結構いらっしゃいますよね。『こんにちは赤ちゃん・梓みちよさん』、『三百六十五歩のマーチ・水前寺清子さん』、『小指の想い出・伊東ゆかりさん』、『みずいろの手紙・あべ静江さん』なども皆さんの代表曲で大ヒットした曲なのに、最初は歌いたくなかった、自分が歌いたい曲じゃなかったとおっしゃっていました。そんな曲が逆にヒットするというのも不思議なものですよね〜。

 

小柄なのに、豊かな声量で、艶のある歌声で知られた大橋さんが、この曲では抑え気味に歌ってられるのが『舞姫』の結末を暗示しているようで、物哀しくてとっても良いと思うのですが、大橋さん本人は、控えめに歌うように指示されたことに納得がいかなかったみたいです。

 

大橋さんのように声量が豊かで、歌える人は思いっきり声を張って歌いたいんでしょうけど、それを抑えて歌うように指示したディレクターさんはたいした人だと思います。その方がこの曲のイメージにひったりですしね。

 

作曲家の筒美京平さんは、レコーディングに立ち会った場合、「あなたは、そう歌いたいかもしれないけど、あなたの声質ならこう歌った方が良いよ」と歌手の方にアドバイスをしていたそうですし、歌手の方も我を通すより、そうした方々のアドバイスをしっかり聞いた方がいい曲が出来上がるような気がします。

 

『他人の関係・金井克子さん』、『浮世絵の街・内田あかりさん』も、ディレクターの酒井政利さんに、囁くように歌ってみてと言われて、大ヒットした訳ですし。

 

大橋純子さんは、次のシングル『サファリ・ナイト』では、思いっきり、伸び伸びと「これが私よ〜」という感じて歌ってますけど(笑)。僕はそういう大橋さんも大好きです。

 

『サファリ・ナイト』と『ビューティフル・ミー』を歌ってられる頃に出演された『夜のヒットスタジオ 』を観たことがあります。以前、CSのフジテレビチャンネルで放送していたんです。それが映像で大橋さんを観た最初かも知れません。迫力があってよかったです〜。過去の映像も今ではYouTubeで検索すれば色々観れるようになりましたけど。

 

大橋純子さんといえばもう一曲『シルエット・ロマンス』ですよね〜。

 

 

 

恋愛小説の新書のレーベルのイメージソングとして製作された曲だそうですね。CMで流れていたとか。

 

1981年発売で、来生えつこさん作詞、来生たかおさん作曲、鈴木宏昌さん編曲、第24回日本レコード大賞・最優秀歌唱賞受賞曲です。

 

この曲も大好きです。本の帯に、「永遠の愛」、「許されぬ恋」、「一夜にして結ばれたふたり」なんて書かれている、ロマンス小説専門レーベルの会社から、イメージソングを作って欲しいと依頼され、『シルエット・ロマンス』を書き上げた、来生えつこ、来生たかおの姉弟コンビは凄いと思います。プロですよね〜。本当にいい曲だと思います。

 

ああ 抱きしめて 身動き出来ないほど

もっとロマンス 甘くだましてほしい

ああ 抱きしめて 鼓動がひびくほどに

もっとロマンス 激しく感じさせて

 

ああ あなたに 恋心ぬすまれて

もっとロマンス 私に仕掛けてきて

ああ あなたに 恋模様染められて

もっとロマンス ときめきを止めないで

 

なんて素敵な歌詞なんだ!

 

恋する女心を、ここまで甘やかに、大人っぽくセクシーに表現できる来生えつこさんの才能が羨ましいです。

 

そんな詞をあまり感情を込めすぎず、こみ上げてくる熱情を抑えながら、少し冷めたようにサラリと歌いこなす大橋純子さんのカッコよさ!しびれます。大人の歌とはこれですよ!

 

『たそがれマイ・ラブ』と『シルエット・ロマンス』の2曲は、僕のスマホのお気に入りの曲に登録されていて、今でもよく繰り返し聴いています。カラオケでも歌ったりするんですよ。名曲って本当に時代を超えますよね。

 

日本人離れした歌唱力で、僕たちを魅了してくれた本物ののシンガー『大橋純子』さんのご冥福を心からお祈りいたします。