よしながふみさんの漫画「大奥」が原作の、NHKドラマ10「大奥 Season2」が医療編に続き今月から幕末編が始まりました。

 

僕も毎週、楽しみに観させていただいていますが、幕末と言えば13代将軍・家定の正室である天璋院と14代将軍・家茂に降嫁した孝明天皇の妹・和宮の二人がいかに手を取りあって、江戸城を無血開城に導き、大奥の幕を引いたのか…そこがどう描かれるのかとても楽しみです。

 

和宮で思い出した小説があります。

 

文芸誌『群像』の昭和52年 (1977年)1月号か昭和53年(1978年)3月号まで連載された、有吉佐和子さんの小説『和宮様御留』です。

 

『和宮様御留』を読んだのは、僕が高校生の頃でした。大変感動した小説の一つで印象に残っている作品なんですね。

 

過去に2度、TVドラマ化されていて、1981年1月3日にフジテレビ系列で放送されたのが最初です。そのドラマも強烈に心に残っている作品なので、今日はその感想を書いておきたいと思います。

 

和宮親子内親王は、弘化3年(1846年)、仁孝天皇の第八皇女として生まれます。母は側室・新典侍橋本経子(観行院)。孝明天皇の異母妹、明治天皇の叔母にあたります。

 

当時の時代状況は、幕府の大老・井伊直弼や老中・間部詮勝らが、勅許を得ないまま日米修好通商条約に調印し、また将軍継嗣を徳川家茂に決定したことなどの諸策に反対する者たちを弾圧した『安政の大獄(1858年) 』に象徴されるように政情はかなり不安定でした。

 

この頃外国籍の艦船が次々と来航し,清朝がアヘン戦争に敗れ、鎖国をしていた日本に対して諸外国から開国をしろと警鐘が打ち鳴らされていたんです。

 

この厄介な外部からの侵入に対して、日本国内でも対外的危機意識が高まり、朝廷(公)の伝統的権威と、幕府及び諸藩(武)を結びつけて幕藩体制の再編強化をはかろうとした『公武合体』こそが急務であると考えられたんですね。

 

『公武合体』は、幕府側にとっては、日米修好通商条約の調印を巡って分裂した朝廷・幕府関係の修復を図り、幕府の権威を回復するための対応策として推進されました。朝廷(公)と幕府(武)が協力して日本の政治を動かしていきましょうという考え方です。

 

この『公武合体』政策を単なる名目に終わらせず、具体的にその成果を国内に示すため推進されたのが、将軍・徳川家茂に対する皇妹・和宮親子内親王の降嫁策だったんです。政略結婚ですね。

 

しかし和宮親子内親王は頑なに拒否をします。 6歳の時、11歳年上の有栖川宮熾仁親王と婚約していましたし、将軍家の嫁として江戸に赴く(東下)と言うことは、生れ育った京都を離れると言うことですし、怖かったでしょうし、心細かったのではないでしょうか。

 

足が悪い(関節炎らしい)という風説もあったようで、このことも15、6歳の思春期の最も感じ易い少女にとって遠く離れた見も知らぬ地へ旅立つことを躊躇させたのではないかと言われています。

 

和宮親子内親王が将軍家の嫁として選ばれた理由は、父天皇は和宮が生れる前に崩御されていたということと、側室の子だったと言うことです。

 

孝明天皇は、幕府の要請に難色を示しましたが、執拗な申し出についに折れるしかなく、有栖川宮熾仁親王との婚約を解消し承諾するに至ったのです。

 

気の進まない和宮でしたが、和宮が降嫁を拒絶すればまだ1歳の皇女・寿万宮が代わりに降嫁しなければいけない、兄の孝明天皇が譲位しなければならないと説得され、しぶしぶ承諾したと言われています。

 

和宮は、「家族や皇室に迷惑がかかってはいけない」と自分の心を押し殺し、江戸へ行くことを決意します。そのときの和宮の和歌が残っています。

 

『惜しまじな 君と民のためならば 身は武蔵野の 露と消ゆとも』

 

そのとき、和宮が残した和歌です。

 

よほど嫌だったんでしょうね。愛する家族や民のために、自分の身を惜しまずに捧げよう、そんな悲哀あふれる心情が感じられます。

 

一方、孝明天皇は和宮の嫁入りが無駄にならず、これを機に幕府が積極的に「尊王攘夷」を進めるよう、以下の条件を提示しました。

 

◎老中が交代しても攘夷の誓約は変わらないこと。

◎和宮の降嫁は公武の熟慮の上で決定されたことを天下に周知させること。

◎降嫁前に和宮の内親王宣下(内親王の地位を与えること)を行うこと。

 

和宮はこういう条件を出したそうです。

◎大奥でも御所流を守る。

◎御所の女官をそばに置く。

◎急用の際は叔父である橋本実麗を下向させるか、上臈かお年寄りを上洛させること。

◎父の仁考天皇の17回忌の後に江戸へ下向し、その後も回忌ごとに上洛させること。

 

有吉佐和子さんの『和宮様御留』は、「公武合体」の名目で和宮が徳川家へ降嫁したという紛れもない史実に沿いつつ、我が子を不憫と慮った生母の橋本経子(薙髪して観行院)が、我が子を行きたくもない地へ無理矢理追いやることに忍びなく、一計を案じて、和宮の替え玉を使ったという仮説を立て、ストーリーを組み立てた歴史小説です。

 

「和宮替え玉説」というショッキングなテーマが連載中から反響を呼び、単行本はベストセラーとなり、第20回毎日芸術賞を受賞しました。

 

この小説を初めて手に取ったときは、和宮様が替え玉だったなんてことは考えたこともなかったし、小説家ってドラえらいことを考えるもんだなぁ〜って思いました。文中では御所言葉が多用されていますが、読みにくいことはなく、面白くてスイスイ読めてしまいました。

 

公武合体のために和宮降嫁を急ぐ京都所司代・酒井忠義と、頑強に拒否する観行院・和宮母子、その間で右往左往する孝明天皇や公家衆、女官たちの動きを細かく追いながら、作者・有吉佐和子さんの創作した主人公の少女フキが、何も知らされないまま替え玉に仕立て上げられ、次第に精神の均衡を失っていくさまを冷静な筆致で描いています。

 

物語の冒頭は、太陽が燦々と降り注ぐ橋本邸の中庭で,この屋敷の婢として奉公している主人公の14歳の少女・フキが井戸の水汲みをしているところから始まります。

 

井戸の水汲みに無上の歓びを感じているフキの姿を有吉さんは生き生きと生命感あふれるように描いていて、数年後、このいたいけな素朴で純粋無垢な少女が大人たちの身勝手な都合に翻弄されて、挙げ句の果てに哀れな死へと追いやられてしまう運命になるとは…。この冒頭のシーンとクライマックスのフキが狂い死にを余儀なくされるシーンとの明と暗の対比が余りにも鮮やかで感動を誘います。

 

有吉佐和子さんの『和宮様御留』を「和宮が偽物なんてあり得ない。」と細か〜いアラ探しをする人もいたりしますが、文芸評論家の篠田一士さんが述べているように、「重要なのは物語が事実かどうかではなく、読者に如何にリアリティを感じさせ、ひいては感動へと誘うかと言うこと」なんじゃないかと僕も思います。

 

物語の創作って、嘘を真実と思わせるのも作者の腕じゃないのかなぁ…僕はそう思っています。

 

小説『和宮様御留』の真の主人公は、徳川家へ嫁ぐ筈であった和宮ではなく、その身代わりとなったフキという14歳の少女だということです。

 

彼女は和宮の生母である観行院の兄・橋本実麗の屋敷の婢でしかないですが、かねてより和宮の替え玉に思いを巡らせていた観行院の目に留まって、一切の説明やフキ本人の承諾などなしに、いきなり桂御所へ上げられ, そのまま和宮の身代わりとなり、ついにはその重責に耐えられず狂死してしまう…。

 

純粋で、汚れを知らない少女が、周りの大人たちの勝手な思惑や都合を無理やり押し付けられ、逆らうこともできず、短い生涯を翻弄される悲しみと怒りを有吉さんは描きたかったのではないでしょうか。

 

江戸城でも万事御所風を貫き通した和宮の存在は、13代将軍・家定の御台所だった天璋院篤姫(1836年~1883年)の反感を招き、大奥でも嫁姑問題を巻き起こしたなんて言われていますけど、これも本当かどうかなんて誰も分からないじゃないですか。観た人がいるんですか?宮尾登美子さんの『天璋院篤姫』ではそう描かれていましたけど。これも作者の創作でしょ?

 

「和宮が本物か替え玉か」なんて、読んだ人がどう思うかでいいんじゃないのかな。

 

「こんな話、嘘っぱちだよ」なんて有吉佐和子さんの小説『和宮様御留』を貶めるのは間違いだと思います。

 

戦国時代の名のある武将達には複数の「影武者」がいたと言われていますし、本物の和宮を知る者がいない幕府を「替え玉」で欺くことは、そう難しいことではなかったんじゃないかなと思います。もし、偽物だったとしてもですよ。

 

幕府が「和宮降嫁が実現すれば、将来的に攘夷・鎖国の実行を約束する」としたことで、形式的に幕府と朝廷の思惑が一致し、妥協が成立したのですから、幕府としては「和宮が本物か替え玉か」なんてそんなに重要なことではなかったんじゃないですか。幕府側が本物ではないと気づいていても大事にはしなかったかもしれないし。

 

「和宮降嫁という体裁」さえ整えば十分だった訳ですからね。色んな推測ができるのが歴史ですよね〜。

 

岩倉具視あたりが暗躍した可能性もあるんじゃないですか。「公武合体」を説いて「皇女和宮降嫁」に深く関わってますし、孝明天皇暗殺や明治天皇すり替えにも関与した疑いの強い人ですからね。

 

「事実は小説より奇なり」という言葉を僕は信じていますから。

 

有吉さんはNHKテレビ『歴史への招待』にも出演し、日記の文体の変化など別の論拠を加えて自説を主張したため、歴史学者から反論を受けたそうですが、頭ごなしに学者だからって間違いだっていうのもおかしな話じゃないですかね〜。

 

 

『和宮様御留』(1981年)

 

《キャスト》

◎フキ:大竹しのぶ

◎観行院:森光子

◎和宮:岡田奈々

◎宰相典侍(庭田嗣子):園佳也子

◎少進:中村玉緒

◎藤(少進の姉・和宮のお乳人):乙羽信子

◎能登命婦:吉田日出子

◎橋本実麗:藤田まこと

◎宇多絵:池上季実子

◎お静(橋本実麗の妻):丹阿弥谷津子

◎長橋局:宇津宮雅代

◎勝光院:三益愛子

◎新倉覚左衛門:小林桂樹

◎岩倉具視:財津一郎

◎酒井忠義:佐藤慶

◎九条尚忠:金田龍之介

◎土井重五郎(宇多絵の許婚、岩倉具視の家来):永島敏行

◎志津(覚左衛門の妻・宇多絵の母):高田敏江

◎三浦七兵衛(京都所司代用人):大坂志郎

◎橋本家の女中頭:荒木雅子

《スタッフ》

◎脚本:寺内小春

◎演出:沢井謙爾

◎原作:有吉佐和子

◎制作:大野木直之

◎音楽:佐藤勝

◎撮影技術:杉山久夫

 

以前、CSの時代劇専門チャンネルで放送されたものを観ました。

 

時代の渦に巻き込まれた者の悲劇と、権力の冷たさ、残酷さを描いた原作を忠実にドラマ化した、素晴らしい傑作だと思います。

 

高貴な人たちの勝手な事情や都合のために、平然と切り捨てられる名もなき者の悲痛な叫びがいつまでも耳から離れないです。

 

大竹しのぶさんが、何も知らされないまま替え玉に仕立て上げられ、次第に精神の均衡を失っていく主人公の少女フキをもう見事に演じていて、圧倒的です。凄いとしか言いようがないです。

 

祇園祭のお囃子と水汲みが大好きな、無学だけど働き者の素朴な少女が、大人達の思惑に絡めとられ、歴史の闇へ葬られてしまう様が、観ていて本当に辛くなります。

 

フキを追い詰めて、狂い死にさせる面々が、森光子さん、園佳也子さん、中村玉緒さん、乙羽信子さん、吉田日出子さん、宇津宮雅代さん、三益愛子さん、藤田まことさん、佐藤慶さん…。

 

昭和の名優揃いです。大竹しのぶさんが束になっても叶わないかも〜。この方々が堂々たる芝居をカッチリ魅せてくれるので本当に見応えのある名作です。

 

フキの心の動きが、ヒリヒリするような緊張感で伝わるように緻密に描きこんだ脚本と演出も見事だと思います。

 

大竹しのぶさんの舞台、『欲望という名の電車』を観た時も思ったのですが、精神の糸がいつも微かに揺れている感じ、今にもプツッと切れそうな感じ、見た目は普通なのに心が少しつづ崩れていっている人を演じさせたら、大竹さんは上手いんですよ。マクベス夫人や王女メディアもそういうところありますよね。

 

このドラマの大竹さんはまだお若いのに、もう完成されているんです。

 

衣装も今見ても豪華でいいですね〜。こんないいドラマが、このまま埋もれてしまうのはもったいないですね。

 

TVドラマも、ちゃんとした文化遺産なのですから。民放のドラマもNHKのようにアーカイブスとして過去の名作ドラマをデジタルマスタリングをして、保存、保管し、誰でもが気軽に観れるような場所を作ってもらいたいですね。