1962年に読売テレビに入社され、後にフリーになり、半世紀以上にわたり数多くのTVドラマの演出を手掛けられ、映画『愛の流刑地(2007年)』、『源氏物語 千年の謎(2011年)』、『後妻業の女(2016年)』、『のみとり侍(2018年)』などの監督として知られる鶴橋康夫さんが9日、誤えん性肺炎で亡くなられました。享年83歳。

 

社会派ドラマの名手として知られ、特に「木曜ゴールデンドラマ」枠における単発作品群で数多くの賞を獲得したことから「芸術祭男」の異名お持ちでした。

 

《受賞歴》

◎1981年/芸術選奨文部大臣新人賞(放送部門)

『五辨の椿』『かげろうの死』

◎1983年/芸術祭賞優秀賞(テレビドラマ部門)(第38回)

『仮の宿なるを』

◎1984年/テレビ大賞最優秀個人賞

◎1984年/芸術祭優秀賞『魔性』『危険な年ごろ』

◎1993年/上海テレビ祭監督賞

◎1993年/文化庁芸術作品賞『雀色時』

◎1988年/ギャラクシー賞特別賞(第25回)

◎1999年/放送文化基金賞(第25回)

◎1999年/ギャラクシー賞最優秀賞

◎1999年/第26回放送文化基金賞個人賞、

◎民間放送連盟賞最優秀賞、放送批評懇談会賞最優秀賞

◎2000年/第37回ギャラクシー大賞『刑事たちの夏』

◎2003年/テレビ大賞最優秀個人賞

◎2005年/放送文化基金賞(第31回)『砦なき者』 

◎2005年/により芸術選奨文部科学大臣賞受賞『砦なき者』

◎2005年/第4回放送人グランプリ特別賞『砦なき者』

◎2007年/紫綬褒章受章

◎2013年/旭日小綬章受章

 

『芸術祭男』と呼ばれるだけの実績と受賞数ですね。

 

僕が演出家『鶴橋康夫』さんの名を意識するようになったきっかけは、女優・浅丘ルリ子さんです。

 

僕のこのblogには、亡くなった父の書棚の話がたまに出て来ますけど、ほんとに父の書棚は僕にとって子供時代はワクワクするような存在だったんです。小説や写真集、画集、図鑑、映画関係、舞台関係、俳優や監督たちのエッセイや自伝、評論集、回想録、世界の名監督による映画ソフトやパンフレット、などなどが並んでいて、色んなことを教えてくれたんです。

 

僕が芸能や芸術関係のことが大好きなのは、父から受け継いだものが大きいかもしれません。遺伝子のなせる技かなぁ〜そんなに大したことじゃないですけどね(笑)。

 

その中に、樋口一葉の小説、「たけくらべ」「十三夜」「わかれ道」「にごり江」を一つにまとめ、久保田万太郎さんが脚色した台本をもとに、堀井康明さんが再構成、演出を蜷川幸雄さんが手掛け、1984年1月、日生劇場で初演された舞台『にごり江』の劇場中継を録画したvideotapeがあったんです。

 

高校生だった僕が何故、あの時、そのvideotapeを手に取ったのかは覚えてはいないのですが、朝倉摂さんの満月をメインにした美しい舞台装置、音楽を担当した宇崎竜童さんが歌う、底辺に生きる女性達の悲痛な嗚咽のような『十六夜セレナーデ』、蜷川幸雄さんの華麗で斬新な演出にとても胸を打たれた舞台だったんです。

 

その中でも『にごり江』でおりきを演じた浅丘ルリ子さんの妖艶な美しさと、もがいても、足掻いても、貧しさから抜け出すことのできない女性の悲しみと苦しさを体現したような演技に本当に感動したんです。

 

1986年に帝国劇場で上演された、泉鏡花の作品『黒百合』『照葉狂言』 『貧民倶楽部』をモチーフに、堀井康明さんが一つの物語として構成し、蜷川幸雄さんが演出した『貧民倶楽部』という舞台にも浅丘ルリ子さんは主演されていて、それも録画したvideotapeで観て、僕は浅丘ルリ子という女優さんが大好きになったんです。

 

僕がそれからというもの、みんなに浅丘ルリ子さんってすごい女優なんだよ〜っていつも言っていたら、父が、「僕の知り合いに、浅丘ルリ子のファンがいて、いつも東京まで舞台を見にっている人がいるよ」と言って合わせてくれたんですよ。

 

その人も、子供の僕が「浅丘ルリ子」ファンだと知って嬉しかったんでしょうね。3本のドラマをダビングをしたvideotapeをくれたんです。この「浅丘ルリ子」もすごいよ〜って。

 

それは、1980年4月3日から1992年3月26日まで、日本テレビ系列で毎週木曜日の夜に編成されていた長時間テレビドラマ枠『木曜ゴールデンドラマ』で放送されていたものでした。

 

◎『非行主婦・アル中の女』(1982年)

◎『危険な年ごろ』(1984年)

第39回芸術祭優秀賞受賞作品。放送文化基金賞受賞作品。第3回向田邦子賞受賞(脚本:池端俊策)

◎『魔性(1984年)』

 

の3本で、全て演出が鶴橋康夫さんでした。この3本のドラマで演出家・鶴橋康夫という名前は僕の心にしっかりと刻まれたのです。

 

鶴橋さんは、ちょうど40代にさしかかって演出家として脂ののった時期だったらしく、脚本の素晴らしさもさることながら、初めてこの3本の作品を観た時は、TVドラマでここまでの表現で人間が描けるんだという驚きと、人間が抱えている心の闇を独特の映像美でキラッと見せてくれる特異な演出家だなぁと感動したんです。

 

浅丘ルリ子さんの女優としてのキャリアの中でも、突出した作品群だと想います。素晴らしいです。

 

映画評論家であり、映画監督でもある樋口尚文さんはこうおっしゃっています。

 

「鶴橋の新聞の訃報などで代表作に後年の映画『愛の流刑地』やドラマ『砦なき者』を挙げる例が目立つけれども、鶴橋康夫の作家性がピークを迎えたのは間違いなくこの80年代から90年代初頭までの「木曜ゴールデンドラマ」での作品群であり、もしどうしても訃報の見出しに選ばねばならないなら『仮の宿なるを』『魔性』あたりでなければならないはずなのだが、もはや現役のメディアの書き手は鶴橋ドラマなど見たこともないのだろう(ほとんどソフト化もされていないので無理もない)」と。

 

僕は縁があって、これらの作品を観ることができましたが、今では容易に観ることは叶わないですよね〜。映画と違ってTVドラマはなかなかこういう野心的で個性的な作品は記録として残るだけで、忘れ去られる運命なんでしょうか。残念ですね〜。なんとかならないものでしょうか。

 

1992年に放送された、浅丘ルリ子さん、役所広司さん主演の『雀色時』も凄いドラマだったんだけどなぁ〜。もう一度観てみたいです。

 

鶴橋さんを追悼して、渋谷のシネマヴェーラ辺りで、鶴橋さんが手掛けられたドラマ達をなんとか集めて、劇場公開できないものでしょうか。樋口尚文さんならできそうだけど…。

 

妙な規則や規制に縛られた、今の日本のテレビ界では絶対作ることができないテーマや表現で、人間社会における醜悪な暗黒面を洗練された切れ味で描き続けた鶴橋康夫さんのご冥福を心からお祈りいたします。