7月29日(土)~9月1日(金)まで、神田神保町にある僕のお気に入りの映画館『神保町シアター』で、『生誕110年記念 映画監督・中村登―女性讃歌の映画たち』という特集上映が行われています。

 

《ラインナップ》です。

◎『智恵子抄』 (1967年)

出演:岩下志麻、丹波哲郎

◎『春を待つ人々』(1959年)

出演:佐田啓二、有馬稲子

◎『鏡の中の裸像』(1963年)

出演:桑野みゆき、倍賞千恵子

◎『爽春』(1968年) 

出演:岩下志麻、竹脇無我

◎『明日への盛装』(1959年) 

出演:高千穂ひづる、大木実

◎『恋人』 (1960年) 

出演:桑野みゆき、山本豊三

◎『紀ノ川』 (1966年) 

出演:司葉子、田村高廣

◎『わが恋わが歌』(1969年) 

出演:中村勘三郎、岩下志麻

◎『我が家は楽し』 〈英語字幕付き〉(1951年)

出演:山田五十鈴、高峰秀子

◎『河口』(1961年) 

出演:岡田茉莉子、滝沢修

◎『結婚式・結婚式』(1963年) 

出演:岡田茉莉子、岩下志麻

◎『二十一歳の父』(1964年) 

出演:山本圭、倍賞千恵子

◎『女の橋1972年(1961年) 

出演:瑳峨三智子、田村高廣、

◎『夜の片鱗』(1964年) 

出演:桑野みゆき、平幹二朗

◎『暖春』 (1965年) 

出演:森光子、岩下志麻

◎『日も月も』 (1969年) 

出演:岩下志麻、久我美子

◎『土砂降り』 〈英語字幕付き〉 (1957年)  

出演:佐田啓二、岡田茉莉子

◎『斑女』 (1961年) 

出演:岡田茉莉子、芳村真理

◎『ぜったい多数』 (1965年) 

出演:桑野みゆき、田村正和

◎『辻が花』 (1972年) 

出演:岩下志麻、佐野守

 

上映作品に以前から観たいなと思っていた作品があるので、今回は2回くらい足を運ぼうかなと思っています。

 

監督の中村登さんは、1936年、東京帝国大学文学部英文科を卒業後、松竹大船撮影所に助監督として入社し、1941年に監督へ昇進。1951年の『我が家は楽し』が評判になると、スター女優が主演した文芸作品を数多く手掛けるようになり、1963年の川端康成さん原作『古都』や1966年の有吉佐和子さん原作『紀ノ川』などが高く評価され、松竹の屋台骨を支える巨匠として活躍されました。

 

2013年には、生誕100年を記念して『夜の片鱗』がヴェネチア国際映画祭で上映、翌年のベルリン国際映画祭では『我が家は楽し』『土砂降り』『夜の片鱗』が上映され、今なお再評価の熱が高まる映画監督のお一人なんです。

 

京都を舞台に、双子の姉妹の人生のすれ違いを洗練された美しさで描いた1963年の『古都』、高村光太郎とその妻・智恵子の純愛を格調高く描いた1967年の『智恵子抄』は、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた中村監督の代表作です。

 

中村監督は、僕も大好きな監督のお一人で、「女優王国」と言われ、女性映画を得意とした松竹で、端正かつ鮮やかな作風と、安定した力量で文芸映画、女性映画を量産した監督です。家族や夫婦の情愛をしみじみと描きだし、いい映画を観たなぁと思わせてくれる、日本映画を代表する「名匠」です。

 

どんな境遇の女性を描いても、演じる女優さんたちが美しくフイルムに焼き付けられていて、観ているだけでも幸せになります。

 

今日は中村監督の作品の中から、有吉佐和子さん原作の『紀ノ川』を紹介したいと思います。少し前に、有吉佐和子さん原作、木下恵介監督の『香華』を紹介したので第二弾ということで。

 

小説「紀ノ川」は『婦人画報』(昭和34年1月号から5月号)に5回にわたって連載され、連載完結の翌月には、単行本『紀ノ川』(中央公論社、6月10日発行)が刊行されました。

 

有吉佐和子さんが、明治末年からの女の三代を、渾身の勇を振い、時代の厚みを出すために力一杯でぶつかって描いたと言われている名作です。

 

明治から昭和戦後にいたる三代の母系家族の運命を、悠々と流れる紀ノ川の流れに重ね合わせ見事に描かれています。「旧いもの」と「新しいもの」とが対峙する時、必ず葛藤が生まれます。それでも自我を捨てず自己を貫き、誇り高く生きた女たちの物語です。

 

『紀ノ川』はこんな物語です。

《第一部》

紀ノ川上流の九度山の名家に生まれ,祖母・豊乃によって礼儀作法と教養を授けられた紀本花は,九度山一の器量よしと謳われていました。

 

明治32年、花は豊乃の差配によって、紀ノ川下流の海草郡有功村字六十谷で若くして村長を務める真谷家の長男・敬策に嫁ぐことになります。

 

敬作の弟・浩策との確執はあったものの、花は真谷家に溶け込もうと努めます。 出世する夫を支え、舅姑に尽くして家を盛りたてる花は、長男・政一郎、長女・文緒が生まれるころには、真谷家の「御っさん」として人びとの尊敬を集めていました。

 

《第二部》

しかし、長男の政一郎に父・敬策ほどの才覚はなく、一方長女の文緒は男勝りな性格に育ち、ことあるごとに花に反抗するのです。女権論者の文緒には、家に隷属しているようにみえる旧態依然とした花が我慢ならず、花もまた奔放な文緒に頭を悩ませていました。

 

東京女子大学に進学した文緒は、いよいよ女権運動に没頭しますが、周囲の配慮で晴海英二と恋愛結婚して長男の和彦をもうけます。しかし文緒が上海で産んだ次男の晋は早世し、時を同じくして花の次女の和美も急逝してしまうのです。その後文緒は再び妊娠して帰郷し、花とも打ち解けて長女の華子を出産します。

 

《第三部》

父の海外赴任のためにジャバで成長した華子は,文緒 の出産にともなって一時帰郷します。華子は外地生活のせいで桜の花と桃の花の識別もできない少女に育っていましが、花は利発で素直な孫娘に安心し、希望を見出します。

 

折しも長く代議士を務めた敬策が急逝し,真谷家の衰退を予感した花は、半ば隠居生活に入ります。昭和18年、戦局の悪化にともなって華子と文緒らが花のもとに疎開してきます。その中で花は「家」の崩壊と時代の変化を悟るのです。 

 

終戦後、花が紀北で静かな暮らしを営む一方、東京にいる華子は混乱の中で父を失い、大学を卒業して就職します。 そこに花が脳溢血で倒れたという報せが舞い込み、華子は紀北に赴きます。

 

華子に看病されながら、花は己の生涯を述懐し、「家」の崩壊がかえって嬉しかったと告白するのです。 そんな花を見て、華子は豊乃から花、文緒、そして自分へと確かな絆が受け継がれていると感じるのでした…。

 

『紀ノ川』花の巻/文緒の巻 (1966年)

《スタッフ》

◎原作:有吉佐和子

◎脚本:久板栄二郎

◎監督:中村登

◎製作:白井昌夫

◎撮影:成島東一郎

◎照明:中川孝一

◎録音: 田中俊夫

◎音楽: 武満徹

◎美術: 梅田千代夫

 

《キャスト》

◎花 (司葉子)

◎文緒 (岩下志麻)

◎華子 (有川由紀)

◎豊乃 (東山千栄子)

◎真谷敬策 (田村高広)

◎真谷浩策 (丹波哲郎)

◎政一郎 (中野誠也)

◎市 (沢村貞子)

◎ウメ (岩本多代)

 

脚本は、人間の入り組んだ深層心理と、社会的主題を一貫して追求してきた劇作家の久板栄二郎さん。有吉さんが描いた、22歳で旧家に嫁ぎ、義弟の秘めたる愛を感じながらも、嫁としての分を守り、政界に進出した夫に尽くし、時代の激流に翻弄されながらも家門を守り通した、花という女性の72年の生涯を見事に脚色されています。

 

撮影は名カメラマン、成島 東一郎さん。僕、大好きです。成島さんの撮影。『秋津温泉』(1962年)、『古都 』(1963年)、『夜の片鱗 』(1964年)、『雪国 』(1965年)、『暖春』(1965年)、『心中天網島 』(1969年)、『雪夫人繪圖 』(1975年)、『戦場のメリークリスマス 』(1983年)、『青幻記 遠い日の母は美しく』(1973年)などなど…。光を本当に美しく捉えて、品格のある映像美を魅せてくれる素晴らしい撮影監督です。

 

紀ノ川のオープニング、朝霧が漂う初夏の紀ノ川を、婚礼衣装の花(司葉子さん)や介添え人たちを乗せた舟が悠々とした流れに乗って、川下にある嫁ぎ先に向かうシーンを追うカメラの素晴らしさ‼︎

 

晴れ上がった空と、緑鮮やかな紀州の川辺の風景の美しさに「映画とはこれや〜」と思わずにはいられません。バックに流れる武満徹さんの音楽がまたドラマチックで見事なオープニングなんです。

 

有吉佐和子さんが「主人公の花は私の最も敬愛する祖母のイメージを土台にした」と告白されていますが、その「花」を演じたのが司葉子さん。

 

花は、茶の湯は奥儀を極め、書を能くし、箏の免許をとり、言葉遣いも礼儀作法もわきまえた女性で、昔から伝えられてきている習わしやしきたりに逆らわず、流れに身を任せる模範的な生き方をする女性です。そんな花という女性を、圧倒的な存在感で巧みに美しく表現されています。

 

『紀ノ川』では、第40回キネマ旬報賞主演女優賞・第9回ブルーリボン賞主演女優賞・第22回毎日映画コンクール主演女優賞・日本映画記者会賞最優秀女優賞など数々の賞を受賞し、その年の7つの演技賞を独占されました。納得の演技です。

 

実は、僕は司葉子という女優さんのことは、この『紀ノ川』を観るまであまり興味がありませんでした。

 

市川崑監督の『獄門島』(1977年)や『女王蜂』(1978年)は観ていましたが、『獄門島』の司さんは重要な役でしたが、キャラクターが地味で大原麗子さんにヒロインの座を譲ってられますし、『女王蜂』は顔見せ出演で、司さんでなければならない役でも無いし、僕の中ではあまり注目する女優さんではなかったのです。僕もその頃は若かったですし、過去の作品は観ていませんでしたから。

 

それにご主人が、元自由民主党衆議院議員でらして、選挙活動や講演会などでお忙しく、女優業をお休みされていた時期が長くていらしたから、あまり馴染みがなかったのですね。元winkの相田翔子さんの義理のお母さまとしては存じていましたが。

 

『紀ノ川』を初めて観た時も、有吉佐和子さんの原作で、中村登監督だから観てみようと思ったので、司葉子さんが主演なのかぁという気持ちでした。

 

でも観終わって、どうしてこんなに素晴らしい女優さんだったのに気付けなかったの〜と愕然としました。「花」という女性の生き方、人生に対する向き合い方、全てに感動し共感したのです。そしてそんな「花」という女性に魂を注ぎ込み、見事に体現した司葉子という女優さんに心底、惚れました。

 

それから司さんが出演している作品を追っかけましたね〜。

 

『鰯雲』成瀬巳喜男監督(1958年)、『秋日和』監小津安二郎監督(1960年)、『夜の流れ』成瀬巳喜男・川島雄三共同監督(1960年)、『その場所に女ありて』鈴木英夫監督(1962年)、『上意討ち 拝領妻始末』小林正樹監督(1967年)、『乱れ雲』成瀬巳喜男監督(1967年)などなど…どれもみんな素晴らしいです。

 

旧家の長男に産まれた真谷敬策(田村高廣さん)は将来、国会議員になることを嘱望された人物です。その敬策に嫁いだ花はそんな夫の夢を叶えるべく、自分を捨て、夫に自らの人生を捧げます。明治から大正になり、順調に県政へと進出していった敬策でしたが、一方、娘の文緒は夫に従順な母の生き方が古くさいものに見え、強く反発をするのです。物語のほとんどは母と娘の対立関係が描かれますが、娘・文緒を演じたのが岩下志麻さんです。有吉佐和子さんの実のお母さまがモデルです。

 

太平洋戦争を経験し、文緒も年齢を重ね、人生の経験も積み、花に対する感情も落ち着き、緊張関係も次第に解かれて行きます。

 

物語の終盤、敬策が志半ばで亡くなり、息子は妻と別れ子どももいないという状況に花は直面し、自らの人生を捧げていた真谷家をこれ以上守りぬくことが出来なくなったことを悟るのです。

 

孫娘の華子(有吉佐和子さんがモデルです)は、祖母・花に尋ねます。「おばあちゃんが自らの自由を捨ててまで守り抜こうとした『家』は、今やもう影も形もない。おばあちゃんは本当にそれで良かったの」と。

 

子どもの屈託のない、率直で、悪気のない残酷な言葉は祖母・花の胸に突き刺さります。そして花は真谷家に伝わる家財を全て売り払うことで、自分を長年、縛り付けていた『家』との決別をはかります。

 

物語の中で、古き良き伝統を守る、気品ある女性の嗜みとして描かれ、進歩主義的な娘・文緒から強い反発を受けていた琴を、クライマックスに花が弾くシーンがそのことを象徴的に示しています。

 

最後に花が演奏した琴は、上品に、教えられた通りに弾くような琴ではなく、解き放たれたように、自分の思いのままに、好きなように弾く琴でした。

 

このシーンが良いんですよね〜。

 

花は誰かに強制されて、こんな生き方をしてきた訳じゃないんです。伝統や因習にしばらていた訳でもありません。私はこう生きるんだ、これが私の使命なのだと自分の心に忠実に生きてきただけなんです。献身の人生です。決して他人に否定されるような人生ではないのです。

 

明治・大正・昭和を凛として生き抜いた一人の女性の波乱に富んだ誇り高き一代記です。

 

原作は、歴史的事実を踏まえて書かれているので、旧家というものの、時代による慣習や変遷、長男と次男の間の驚くような格差など知ることができます。

 

約半世紀にわたる花という女性の人生を見事に演じきった司葉子花さんは気品があり本当に美しいです。

 

こういう作品こそ、若い人に観て欲しいと思います。