小説『人間の証明』などで知られる作家の森村誠一さんが今月24日、肺炎のため都内の病院で亡くなられました。90歳でした。

 

日本文学界の巨匠として多くの小説がベストセラーとなるほか、歴史小説・ドキュメントなど幅広い作風で半世紀以上活躍され続けました。

 

28日から、埼玉県熊谷市出身の作家森村誠一さんの追悼展が、所沢市東所沢和田の複合文化施設「角川武蔵野ミュージアム」内で始まりました。同ミュージアムを運営する角川文化振興財団が森村さんから寄贈を受けた著作約千点のうち、代表作を中心に100点余りを並べているそうです。

 

展示しているのは、ベストセラーとなり映画化された推理小説「人間の証明」や日本推理作家協会賞を受賞した「腐蝕の構造」、ノンフィクション「悪魔の飽食」などの単行本や文庫本。4階「エディットタウン」の一角に「森村誠一氏追悼」として並べられています。

 

森村さんの追悼展は8月末までを予定しているそうなので、興味のある方は足を運んでみてはいかがでしょうか。

 

森村誠一さんは1933年に埼玉県で生まれ、青山学院大卒業後、東京や大阪のホテルに勤務しながら執筆活動を始めました。

 

1969年には、高層ホテルで起こった密室殺人事件を捜査する刑事たちの苦闘を描いたミステリー作品、『高層の死角』が江戸川乱歩賞を受賞して人気作家となります。アリバイ崩しに挑む刑事の執念を熱く描いた作品で読み応えがあります。

 

1977には、藤岡弘さん主演で、NHKで単発ドラマとして制作されました。僕、CS放送で観たことがありますが、現在の藤岡さんしか知らない人には驚くような若き日のスリムで男臭い藤岡弘さんが堪能できます。

 

北アルプス上空で、原子力科学者の搭乗した旅客機が墜落し、乗客の生存は絶望的でしたが、なぜか科学者の雨村の遺体が見つからない…。原子力をめぐる研究者や企業による利権争いを題材にした『腐蝕の構造』(1973年)で日本推理作家協会賞を受賞されました。

 

1976年には西條八十の詩をモチーフに、証明三部作の第1作『人間の証明』を発表されます。翌年には発売元の角川書店が行った"角川商法"と言われた大々的なメディアミックス戦略で、角川春樹事務所製作第2弾作品として映画化され、森村誠一ブームを巻き起こし、森村さんは一躍ベストセラー作家に躍り出たのです。

 

翌年に刊行された『野性の証明』も高倉健さん、薬師丸ひろ子さん主演で映画化されて人気を博しました。

 

1981年に発表された、細菌兵器の開発にあたった旧日本軍「731部隊」の中国での人体実験を告発したノンフィクション『悪魔の飽食』は、社会的に大きな反響を呼びましたね。

 

僕はそれほど熱心な森村誠一作品のファンではありませんでしたが、ミステリー小説は大好きでしたから、高校生の頃、江戸川乱歩賞や日本推理作家協会賞を受賞した作品は読破しておこうと思い、森村さんの作品も読んだんだと思います。

 

『人間の証明』も『野性の証明』も読んでいます。どちらも映画化されていますが、『野性の証明』は原作の方が断然いいですね。

 

森村誠一さんは、「欲望とは」「罪とは」「業とは」を問い掛け続け、人間が誰しも心の奥底に秘めている本性や社会の深層を、ミステリーという形式を借りて描いた作家だったと思います。

 

森村誠一さんを偲んで、映画『人間の証明』を配信で久しぶりに鑑賞したので、今日はその感想を書いておきます。

 

《スタッフ》

◎監督:佐藤純彌

◎製作:角川春樹、鹿内信隆

◎プロデューサー:吉田達、サイモン・ツェー

◎脚本:松山善三

◎撮影:姫田真佐久

◎美術:中村修一郎

◎照明:熊谷秀夫

◎録音:紅谷愃一

◎編集:鍋島惇

◎衣裳デザイン:春日潤子

◎スチール:加藤光男

◎助監督:葛井克亮

◎製作担当:武田英治

◎音楽監督・作曲:大野雄二

◎主題歌:「人間の証明のテーマ」(歌:ジョー山中)

◎写真提供:吉田ルイ子

 

《ニューヨーク・シークエンス・スタッフ》

◎製作補佐:ミルトン・モシュラック

◎撮影:ソール・ネグレン

◎助監督:アレックス・ハプセス

◎製作主任:リーランド・ハース

◎美術:デーブ・ムーン

◎録音:マイク・トローマー

◎協力:寛斎スーパースタジオ、麻生恒二の美容室、富久娘、シイベル時計、三和自動車、横浜放送映画専門学院、小谷温泉

◎制作協力:日本航空、ホテルニューオータニ、フジテレビジョン、角川書店

◎配給:東映/角川春樹事務所作品

 

《キャスト》

棟居刑事:松田優作

八杉恭子:岡田茉莉子

朝枝路子:高沢順子

なおみ:范文雀

澄子:坂口良子

ケン・シュフタン:ジョージ・ケネディ

横渡刑事:ハナ肇

新見隆:夏八木勲

ジョニー・ヘイワード:ジョー山中

ウィルシャー・ヘイワード:ロバート・アール・ジョーンズ

郡恭平:岩城滉一

中山静枝:竹下景子

オブライエン:ブロデリック・クロフォード

河西刑事:和田浩治

下田刑事:峰岸徹

草場刑事:地井武男

山路刑事:鈴木瑞穂

おでん屋の板前:姫田真佐久

おでん屋の客A:大滝秀治

おでん屋の客B:佐藤蛾次郎

大森よしの:北林谷栄

大森よしのの孫娘:西川峰子

渋江警部補:深作欣二

ワイドショーの司会者:小川宏

男性アナウンサー:露木茂

喫茶店 エルザ館・ボーイ:鈴木ヒロミツ

喫茶店 エルザ館・ウエイトレス:シェリー

時計店主:今野雄二

デザインコンクールの司会者:E・H・エリック

闇市の復員兵:角川春樹

ロイヤルホテル チーフ・フロントマネージャー:森村誠一

クラブのママ:田村順子

霧積温泉旅館の主人:伴淳三郎

小山田武夫:長門裕之

那須警部:鶴田浩二

郡陽平:三船敏郎(特別出演)

 

『人間の証明』は、西条八十の詩集を持った黒人の男性が、ナイフで胸を刺されて殺害されます。被害者は「日本のキスミーに行く」と言い残し、数日前に来日したのです。日米合同操作が展開され、棟居刑事は事件の謎を追って被害者の過去を遡りますが、やがて事件は棟居自らの過去の因縁をも手繰り寄せるのです…。人間の業を圧倒的なスケールで描いた森村誠一さんの代表作にしてミステリー小説の枠にとどまらない、「母とは?」「親子とは?」と問い掛ける感動的な人間ドラマです。

 

僕は『人間の証明』は劇場でも一度観ていますし、TV放送される度になんとなく観てしまったりして、何度となく観ている作品の一つです。

 

映画としての完成度が高いとは言えない作品だとは思います。荒っぽさや雑さを感じたりする部分もあるんですけど、観始めると最後まで観てしまう、不思議な魅力のある作品だなぁと感じます。

 

作られた時代背景や、制作過程に関わった人々の想いや熱量が伝わる作品ってあるんですよね〜。その面白さって言うんですかね〜『人間の証明』はそんなものを感じる作品の一つですね。

 

この作品の最大の魅力は西条八十の詩ですよね。この詩が実に素晴らしいんですよね。劇中で効果的に使われています。

 

『帽子』 西条八十

 

母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?

ええ、夏碓井から霧積へ行くみちで、

谷底へ落としたあの麦藁帽子ですよ。

 

母さん、あれは好きな帽子でしたよ。

僕はあのとき、ずいぶんくやしかった、

だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。

 

母さん、あのとき向ふから若い薬売りが来ましたつけね。

紺の脚絆に手甲をした。

そして拾はうとしてずいぶん骨折つてくれましたつけね。

だけどたうたうだめだつた。

なにしろ深い谷で、

それに草が背丈ぐらゐ伸びていたんですもの。

 

母さん、ほんとにあの帽子はどうなつたでせう?

そのとき傍で咲いてゐた車百合の花は、

もうとうに枯れちやつたでせうね、

そして、秋には、灰色の霧があの丘をこめ、

あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。

 

母さん、そしてきつと今頃は

今夜あたりは、あの谷間に、

静かに雪が降りつもつてゐるでせう。

昔、つやつや光つた、あの伊太利麦の帽子と、

その裏に僕が書いたY・Sといふ頭文字を埋めるやうに、

静かに、寂しく

 

すごく余韻のある詩ですよね〜。

 

この詩を角川春樹氏が英訳し、ジョー山中さんが歌詞に仕立てたものに、音楽を担当した大野雄二さんが曲を付けたのがジョー山中さんが歌った『人間の証明のテーマ』です。ジョー山中さんは映画の中でストーリーのカギとなる黒人青年ジョニー・ヘイワード役で出演されています。名曲ですよね〜。

 

大野雄二さんといえば、角川映画春樹事務所第1回作品『犬神家の一族』(1976年)の『愛のバラード』も作曲されていますし、1977年にはテレビ版『ルパン三世』第2シリーズの音楽も担当されました。1978年には『野性の証明』の主題歌、町田義人さんが歌った「戦士の休息」も作曲されました。いい作曲家ですよね〜。

 

『人間の証明』、『野性の証明』の他にも角川映画は主題歌に名曲が多いです。欲望の街(白昼の死角)、化石の荒野、You are love (復活の日) 、I want you (スローなブギにしてくれ) 、守ってあげたい (ねらわれた学園) 、時をかける少女、セーラー服と機関銃、探偵物語、メイン・テーマ、Woman "Wの悲劇"より(Wの悲劇)など名曲揃いです。

 

西条八十のこの詩は、幼い頃、母親と過ごした懐かしく美しい思い出の時間を描写したものなんですよね。

 

男にとって幼い時に母と過ごした思い出は、幾つになってもどこか心の片隅にひっそりと残っているものなんです。

 

僕の母はもう亡くなってしまいましたが、母が作ってくれた手料理をまた食べたいなぁと今も時々思いますし、幼い頃、母の誕生日に500円くらいで買ってプレゼントしたおもちゃのような指輪を掌に載せて偲んでみたり、夏休み、電車に乗って若狭の海まで海水浴に連れて行ってくれたことを突然思い出したり、男は無愛想で、口ではぶっきらぼうなことを言っても、母から受けた無条件の愛情を片時も忘れることはないのです。僕は幼い頃、父が仕事で長い間、家にいないことが多かったこともあるのかもしれませんが。

 

監督はフランスなど海外でも高い支持を得た『新幹線大爆破』(1975年)、中国で圧倒的な人気で迎えられた『君よ憤怒の河を渉れ』(1976年)等で高倉健さんを主演に、濃厚な人間ドラマを社会派サスペンスに絡めて描き、注目されていた佐藤純彌さんを抜擢。『人間の証明』は見事なまでに成功を収め、翌年には、高倉健さんを招き、森村さん原作映画第2弾の『野生の証明』も大ヒットになりました。

 

佐藤監督は、『未完の対局(1982年)』、『敦煌(1988年)』、『おろしや国酔夢譚(1992年)』など次々と大作映画の監督として抜擢され、本田博太郎さんが北京原人を演じた『北京原人 Who are you?(1997年)」の様なカルト的な作品も撮ったりしているので、中身のない「ミスター超大作」などと揶揄されたりもしますが、初期の三田佳子さん主演の『廓育ち(1964年)』なんか良い作品なんですよ〜。

 

伏せられた過去を持つ有名ファッションデザイナー・八杉恭子を演じたのは名女優、岡田茉莉子さん。出演依頼のとき製作の角川春樹さんと森村誠一さん2人で『ぜひ出てほしい』と会いに来られたそうです。岡田さんは、『人間の証明』は私の代表作の一つですと胸を張っておっしゃっていました。

 

大物政治家の妻であり、華やかなファッション業界で生きながら、戦争の闇をひそかに抱え続けている女性の苦しみと哀しみを艶やかに演じてらっしゃいます。

 

母恋しさにアメリカから会いに来た、自分が産んだ子供を殺めなければならなかった罪の深さ…。子供の存在を認めれば今まで築いてきたものを全て失うことになる…。

 

それでも口を閉ざし、背を向け続けることはできない。全てを無くし破滅したとしても人間として、母としての心を失くす訳にはいかない…。

 

岡田茉莉子さんは、戦中、戦後を生き抜いた一人の女性の涙と葛藤を見事に表現されています。

 

戦後のアメリカ統治下の日本では、八杉恭子が米兵から受けた屈辱的な行為は、実際にたくさんあったんだろうと思います。声もあげれず、多くの日本女性が同じ様な目に遭いながら消えていかれたのではないでしょうか。

 

映画のファーストシーンは、ホテルで行われたファッションデザイナー・八杉恭子の華やかなファッションショーから始まります。

 

たくさんの人からの熱狂と喝采に包まれ、煌びやかな栄光の頂点に立ち、にこやかな笑みを浮かべる現在と、長年、心の奥に封印した、誰にも言えない暗い過去との対比が切なく上手く表現されていると思います。

 

戦争は憎しみと哀しみしかもたらさない。『人間の証明』は強く訴えています。

 

『人間の証明』の脚本を担当したのは、日本映画界を代表する脚本家であり監督でもある、木下惠介監督の愛弟子で、数々の木下映画でヒロインを演じた名女優・高峰秀子さんの夫でもあった松山善三さん。

 

『人間の証明』の脚本は一般公募だったんですが、松山さんはその新聞広告を松竹京都撮影所の事務所で見て、賞金の多額さにびっくり仰天したそうです。500万円だったそうです。過去、何度も大きな映画会社がシナリオの一般公募を行ったことはあるけれど、賞金はせいぜい100万円が限度だったそうですから。

 

松山さんは、応募規約を見ているうちに、次第に不機嫌になります。規約には「プロ・アマを問わず」とあり、これは、プロにとって最大の侮辱だ! 現在活躍中のシナリオ・ライターを認めず、「やれるものならやってみろ」というプロデュー サーからシナリオ・ライターへの挑戦状ではないかと。

 

松山さんは大べテランの脚本家であり監督でしたが、この企画に挑戦してやろうと思われたんですね。最終候補に残ったのは全てプロの脚本家のものだったそうですが、主人公の棟居刑事を原作にはないニューヨークへと行く設定にしたのは松山さんだけだったらしく、それだけが理由ではないと思いますが、松山さんの脚本が選ばれたのでした。

 

森村誠一さんが作家生命を賭けて書き上げた、戦後の混乱した貧しい時代の日本で生まれ、困難を乗り越えて必死に生き抜いた人間達の運命の軋みが起こした悲しい物語を、松山善三さんはドラマチックにシナリオとして再構築されています。しかし、映画は脚本通りに撮影された訳ではないらしいですね。角川春樹氏や佐藤監督が色々と手を加えたと言われています。

 

松田優作さん演じる事件を追いかける棟居刑事は、ある過去の出来事から人間の優しさを一切信じられなくなっています。

 

太平洋戦争終結直後の闇市で、少年だった棟居は、そこで起きたある日本の女性が米兵達に集団でレイプされる事件に遭遇します。

 

勇気を出し、止めに入ったのは棟居の父親でした。しかし体格の良いアメリカ兵達に敵うはずがありません。殴られ、蹴られ、気を失ったて倒れた体にオシッコをかけられ、絶命してしまいます。

 

周りにいた日本人たちは誰も助けてはくれなかった…。父親が助けようとした女性も隙を見て逃げてしまった…。そんな光景を目の当たりにした少年の棟居は心に深い傷を負ったのです。

 

棟居が刑事の道を選んだのは、「社会正義のためではなく、人間をもはやどう逃れようもない窮地に追いこんで、その絶望やあがき苦しむ様をじっくりと見つめてやりたい」と思うようになったからなんです。

 

殺害された、ジョニー・ヘイワードの事件と、棟居が人間を信じられなくなった事件は、根っこの部分で繋がっていて、棟居自身の中にある、辛い過去の事件の真実も同時に判明していくのです。

 

それでもこの事件を通して、追い詰めた犯人が持つ「人としての良心」を最後には信じたいと、僅かでも望みをかけるんですね〜棟居は。

 

罪を犯した人間は、犯した罪に見合う罰を負わなければならないと、作者の森村さんは思ってらしたので?と僕は思います。

 

棟居を演じた松田優作さんはこの時28歳。「太陽にほえろ」で衝撃的なラストを演じたジーパン刑事役で人気が出て3年後になります。役柄的には35歳以上ではないとおかしいのですが、そんなこと全然気にならないです。ニューヨークのハーレムでのシーンでも、ハリウッドの俳優に混じっても引けを取らない存在感は中々ですね〜。スリムなのに骨が固そうだし、また声が野太くて男らしくて良いですね。独特の凄みがあって。『人間の証明』の成功で、角川映画とは『蘇える金狼』、『野獣死すべし』と代表作が生まれます。

 

撮影は、今村昌平監督の代表作を数多く手掛けたことで知られる名キャメラマン・姫田眞左久さんです。

1970年代の時代の空気感や街の色が上手く表現されていましたね。ラストの霧積高原の朝焼けのシーンはとても美しいです。ニューヨークのシーンは当時のアメリカ映画を観るようでしたし。姫田さんは、1970年には『トラ・トラ・トラ!』でアカデミー賞撮影賞にノミネートされています。

 

姫田さんが撮影した作品では…

◎戦争と人間 第一部 運命の序曲(1970年)◎戦争と人間 第二部 愛と悲しみの山河(1970年)◎戦争と人間 第三部 完結篇(1973年)◎青春の蹉跌(1974年)◎復讐するは我にあり (1979年)◎天平の甍(1980年)などが印象深いです。

 

ニューヨークでの棟居の捜査に協力するシュフタン刑事を演じたのが、ジョージ・ケネディです。当時のハリウッドの大作映画でよく見かけた方ですね。

 

終戦後の闇市で強姦されかけていた恭子を助けた棟居の父は米軍兵士たちに袋叩きにあって命を落とします。ヘイワード殺しの犯人を一緒に追っていたニューヨーク市警のケン・シュフタン刑事がその米軍兵の一人だと棟居は気付くんです。手の甲にタトゥーがあるんですね。それを棟居は覚えていたんです。

 

ある一人の黒人青年の殺害事件によって、登場人物たちの運命の輪が回り出すんですね〜。

 

『人間の証明』とは、八杉恭子(岡田茉莉子さん)だけのことではなく、その息子の郡恭平(岩城滉一さん)や棟居(松田優作さん)、さらにはケン・シュフタン(ジョージ・ケネディ)など、登場するすべての人物についてのものなんですよ。それぞれの人物が、それぞれのやり方で、自らの『人間としての真実』と向き合うことになる物語です。

 

関連性がないと思われていた、それぞれのキャラクターの人生にある繋がりがあると分かった時、物語は驚愕の結末へ向かうのです。

 

横溝正史さんは、『人間の証明』についてこうおっしゃっています。この作品は「これはひとつの雄大な交響楽的な小説なのだ」と。まさにその言葉にふさわしい作品だなと思います。

 

複数の物語が進行し、やがて一つの線にまとまるというのは、今ではわりとよくある手法ですが、『人間の証明』が発表された当時は珍しかったのではないでしょうか。

 

その先に読み手の心を打つ、圧倒的な感動が待っているのが森村文学の特徴だと思います。

 

「どんなに親しい間柄でも、所詮人間は独りなのだ」と棟居は言います。そうだなぁと思う時もあれば、そうでもないよと思う自分もいる…。

 

人間の顔は一つじゃない。人って複雑な生き物でしょ?どんな人も誰にも言えない苦悩を一つくらい抱えているんじゃないですか?それをどう解放するのか、諦めて死ぬまで悩み続けるのか。森村さんに問いかけられているように感じました。

 

人生なんて、一筋縄ではいかないよね〜(笑)。

 

久しぶりに映画『人間の証明』を観て、色々考えちゃったなぁ〜。

 

マーケティング用語で、小説・マンガなどのコンテンツを原作としてドラマ化・映画化・ゲーム化などさまざまなメディアに展開し、互いに補完することにより,相乗効果をもたらし売上を伸ばす手法をメディアミックスと言い、今では当たり前の広告戦略ですが、それを最初に始めたのが、角川書店の社長だった頃の角川春樹氏と言われています。

 

映画制作は自社の本を売る為の手段にしか過ぎなかったのかもしれませんが、忘れ去られようとしていた横溝正史さんを蘇らせ、森村誠一さんの才能をいち早く発掘し、その作家たちのフェアを展開し、映画・ドラマ化し、それまで行われていなかったテレビで映画のコマーシャルを流すなどの派手な宣伝を行い、制作費よりも宣伝費にお金を使うという前代未聞の戦略だったのです。

 

角川春樹氏にとって賭けでしたが、見事に勝利し、映画は大ヒット。当時の日本映画界に旋風を巻き起こします。日本映画界の古い体質を一蹴し、革命を起こしたんですね。

 

『人間の証明』はそんな熱い角川春樹氏の想いの結晶のような作品です。

 

当時から、角川映画には「面白いのは宣伝だけ」、「ストーリーが破綻してるし中身がない」、「無駄にお金を注ぎ込んだ空虚なプロモーションビデオ」なんて批評家達からの冷めた声にさらされて来ました。

 

まぁ、勝手に言ってろって感じですけどね。

 

石坂浩二さん『犬神家の一族』、松田優作さん『人間の証明』、高倉健さん『野生の証明』、千葉真一さん『戦国自衛隊』、草刈正雄さん『復活の日』、薬師丸ひろ子さん『セーラー服と機関銃』、『探偵物語』、『メイン・テーマ』、『Wの悲劇』、原田知世さん『時をかける少女』、浅野温子さん『スローなブギにしてくれ』、松坂慶子さん『蒲田行進曲』、志穂美悦子さん『二代目はクリスチャン』、沢田研二さん『魔界転生』、夏八木勲さん『白昼の死角』、渡瀬恒彦さん『化石の荒野』…。

 

名優達の代表作の一本は皆、角川映画ということを忘れたらあきまへんよ。プロの批評家と呼ばれたいならね。

 

なんか、長々と書いちゃいましたが、また一人、日本の文学界の巨星が消えてしまいました。

 

寂しい限りです。

ご冥福をお祈りいたします。