『Summer of 85』『すべてうまくいきますように』など、コンスタントに映画を撮り続けているフランソワ・オゾン監督最新作で、第72回ベルリン国際映画祭のオープニングを華々しく飾った『苦い涙』が現在公開中です。

 

『苦い涙』は、ドイツの映画監督で、脚本家、舞台演出家、俳優でもあり、ニュー・ジャーマン・シネマの担い手の一人として知られ、16年間で44本の映画、14本の戯曲、6本の脚色戯曲、4本のラジオドラマを発表し、1982年、37歳でコカインの過剰摂取により死去したライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが、1972年に発表した『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』をオゾン監督流にアレンジし、再構築した作品なんです。

 

フランソワ・オゾン監督は、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督をとても敬愛しているそうで、フランソワ・オゾン監督の名を一躍有名にした、2000年公開の『焼け石に水』は、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが19歳の時に書いた未発表の戯曲を原作としていましたから、『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』のリメイクも長年の夢だったのでしょうね。

 

僕もフランソワ・オゾンという名前を知ったのは『焼け石に水』を観た時でしたから。

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの名前はその前から知ってはいましたけど。

 

僕は中学生の頃から映画というものに目覚めて、そのころは、父が毎月購入していた映画雑誌をくまなく読んで、自分のお小遣いやアルバイトで稼いだお金は全て本と映画に注ぎ込んでいました。

 

そうすると、いろんな映画関係の知識が増えてくるわけです。映画の歴史にも詳しくなり、世界の映画史にはいろんな変革期があり、1950年代後半、フランスで始まった20歳代の映画作家たちによる、自由奔放な映画作りの動き『ヌーヴェルヴァーグ』や、1960年代後半から70年代にかけてドイツで興隆した、因襲的、商業主義的な既存の映画制度に束縛されない新しいドイツ映画を創造しようという『ニュー・ジャーマン・シネマ』などを知ったのもこの頃です。

 

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー の名前はその『ニュー・ジャーマン・シネマ』の旗手の一人として知りました。

 

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの他に、ヴェルナー・ヘルツォーク、フォルカー・シュレンドルフ、そしてヴィム・ヴェンダースが代表的な人たちです。

 

ヴェルナー・ヘルツォークの『アギーレ/神の怒り (1972年)』、『カスパー・ハウザーの謎 (1974年)』、『ノスフェラトゥ (1979年)』、『フィツカラルド  (1982年)』、フォルカー・シュレンドルフの『ブリキの太鼓  (1979年)』、『スワンの恋 (1984年)』、ヴィム・ヴェンダースの『パリ、テキサス (1984年)』、『ベルリン・天使の詩(1987年)』、『都市とモードのビデオノート (1989年)』などは今でも深く心に残っている作品たちです。

 

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督はその中でも少し異質な感じを僕は受けていました。他の監督たちがその後、ハリウッドに招かれて大資本で映画を制作するようになっても、頑なにドイツという故国に拘り、映画を作っていたという印象があったからです。

 

37歳もの若さで早逝されたということもあるのでしょうが…。一瞬にして燃えつきて本当に生き急いだ人という感じです。

 

それとファスビンダー監督は同性愛者だったということですね。僕もそうなのでとても共鳴するものがあるんですよ。フランソワ・オゾン監督もそうですしね。ファスビンダー監督とオゾン監督はバイセクシャルだという話も聞きますが、二人の作品を観ると絶対二人は男性の方が好きですよ。僕が思うに。ほんとかっ(笑)。

 

ヴィム・ヴェンダース監督は、今年のカンヌ映画祭でも、『PERFECT DAYS』が上映され、主演の役所広司さんに主演男優賞をもたらし、現役で活躍されていますが、僕からするとどこか優等生的で、洗練されてはいるけれど、どこか物足りなさを感じることもある監督ではあるんです。

 

ファスビンダー監督はその真反対に位置する人ですね〜。ヴェンダース監督とは同い年なんですけど、生々しくて、人間臭くて、泥臭くて、だけど生きることの厳しさ、切なさ、苦しさ、哀しさをこれまでもかと映像で表現してきた人だったと僕は思っています。観る人を選ぶ監督かも知れないですね。

 

ファスビンダー監督はドイツ出身の映画監督でハリウッドでも活躍したダグラス・サークの影響を受けていたと言われています。

 

ダグラス・サーク監督は、妻がユダヤ人だったため、ナチスの弾圧を逃れ、1937年にドイツを離れアメリカへ亡命し、ユニバーサル映画でメロドラマを連作した方です。

 

僕も大好きな監督で『心のともしび  (1954)』、『風と共に散る  (1956)』、悲しみは空の彼方に (1959)』など、本当にいい映画です。

 

2002年に『エデンより彼方に』というジュリアン・ムーア主演の映画が公開されました。トッド・ヘインズ監督がダグラス・サーク監督の映画 『天はすべて許し給う』 へオマージュを捧げた作品でいい映画なんです。男性同性愛者は観るべき映画です!

 

この作品を観た時、僕はダグラス・サークという名前を知り、『エデンより彼方に』のおかげで当時、ダグラス・サーク監督の作品がDVD化されて、色々観ることができました。サーク監督の作品は1950年代が舞台で、登場人物が何かの障害にぶつかり、それを超えられずにもがく姿を軸に物語が展開するんです。

 

現代にも通じる経済格差や封建的な偏見などが社会全体の圧力として表現されていたりして、テーマはとてもシリアスなのに、古き良き時代のアメリカの風景や登場人物の衣装、ヘアメイクが本当に独特のカラーで美しく描かれていて、メロドラマと一言では片付けられない深みがあるんです。

 

ファスビンダー監督が好きだというのはよくわかります。

 

ファスビンダー監督の『不安は魂を食いつくす(1974年)』は、サーク監督の『天はすべて許し給う(1955年)』のリメイクと言われています。

 

僕が初めて観たファスビンダー監督の作品は、『マリア・ブラウンの結婚(1979年)』です。第29回ベルリン国際映画祭コンペティション部門で上映され、マリア・ブラウンを演じた主演のハンナ・シグラが銀熊賞 (女優賞)を受賞し、ファスビンダー監督の国際的評価を一躍高めたニュー・ジャーマン・シネマの代表作と言われています。

 

『不安は魂を食いつくす』、『マリア・ブラウンの結婚』、『天使の影』 の3作品が「ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー傑作選」として7月28日よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて全国順次公開されることが決定しました〜。僕も久しぶりにマリア・ブラウンに会いに行こうかなぁ〜。

 

『マリア・ブラウンの結婚』も僕がとても胸を打たれた映画の一つです。

 

第2次大戦末期から1954年ドイツが復興の兆しを見せ始めるまでの約10年に渡るヒロインの愛に賭けた全人生を、ラジオ放送や効果音を巧みに用い、普遍的な愛の物語として描いた物語です。

 

ドイツ敗戦前夜に結婚式をあげ、わずか一夜で夫を戦地に送り出し、戦後の混乱期にはGIバーに勤め、軍人の情婦になり、帰還した夫を支えるためには実業家の愛人にもなることも厭わない。そして最後は、事故とも自殺ともつかぬ壮絶な死を遂げるマリア・ブラウン…。

 

日本もドイツと同じ敗戦国ですから、米軍占領期に逞しく、力強く生き抜いた女性はたくさんいらしたでしょうし、そう思うと共感を覚えるところがたくさんありました。成功を手にしても、華やかに復興したと見えても失ったものは大きい…。虚無感というものを激しく感じた作品です。

 

もう一つファスビンダー監督でお勧めは1975年に公開された『自由の代償』です。

 

これはね〜男性同性愛者にはキツイ映画です〜(笑)。BLしか知らない人はショックを受けるかも知れないですね〜。

 

ファスビンダー監督が同性愛を直接的に描いた最初の映画で、自らの同性愛志向を、はじめて公然と宣言したと言われている作品で、自らの作品のテーマに階級や人種、ジェンダーに関する不平等問題を取り入れ、社会的な優位性を享受する側と搾取される側という対比的な人間関係を好んで描写したファスビンダー監督の代表作の一つです。

 

宝くじにあたった男が、周囲の人間に利用されるだけされて、ぼろ屑のようになって死んでいく姿を描いています。主人公のフランツを監督自ら演じているんです。

 

最初におすすめと言いましたけど、やはり覚悟を持って観て欲しいです。ハッピーエンドがお好きな人にはお勧めできないので。

 

また前置きが長くなってしまいました〜やれやれ。

 

やっと『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』です。

 

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督が1971年に書いた同題の5幕構成の戯曲を、ファスビンダー自らが監督・脚本を務めて映画化した作品です。

 

日本では劇場公開されていませんでしたが、フランソワ・オゾン監督の「苦い涙」の公開にあわせた特別上映企画「オゾンとファスビンダー」にて、今月、劇場初公開となりました。DVDでも観ることが出来ますよ。

 

『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』は、高慢なファッションデザイナーのペトラ(マルギット・カルステンセン)、既婚者でモデル志望のカーリン(ハンナ・シグラ)、従順な召使のマレーネ(イルム・ヘルマン)が織り成す、女性同士の三角関係がテーマのドラマです。

 

この作品も、『自由の代償』同様、社会的な優位性を享受する側と搾取される側という対比的な人間関係を好んで描いたファスビンダーの特徴が色濃く現れた作品だと思います。

 

舞台となるのは、ブレーメンに建つペトラの邸宅の一室のみ。元々舞台用の戯曲なので、ワンシチュエーション作品です。

 

ファッションデザイナーのペトラには、交通事故で亡くなった最初の夫ピエールとの間にガブリエレ(エーファ・マッテス)という名の娘がいました。ガブリエレは寄宿学校に通っています。

 

ペトラの友人のシドニー(カトリン・シャーケ)が、3年振りにペトラに会うためにペトラの家を訪れます。ペトラはシドニーに、2番目の夫フランクが自分を支配下に置こうとしたために離婚したこと、その後に男嫌いになったことを話すのです。男には相当失望しているみたいです。

 

ペトラは、助手のマレーネをしもべのように扱いながら、アトリエ兼アパルトマンの部屋で暮らしています。

 

シドニーが友人の若く美しい女性カーリン(ハンナ・シグラ)を連れてやってきます。カーリンは23歳のモデル志望者で、野心家のカーリンは自身の不幸な生い立ちを語り、夫がいますが離婚をほのめかすことでペトラの愛と献身を勝ち取ろうとします。

 

カーリンを自分のものにしたいペトラは、カーリンを自分の家に住まわせ、カーリンがモデルになるための支援をします。カーリンはペトラデザインの衣装のモデルとして有名になっていきます。

 

カーリンは有名になるに連れ、ペトラのことを冷たくあしらうようになります。ペトラはカーリンが男と性的な関係を持っていることを知ってショックを受けるのです。

 

願望を叶えたカーリンは、夫のもとへ帰ってしまいます。カーリンに出世の足がかりに利用されたことに気がついたペトラは失意のどん底に突き落とされ、嫉妬に狂い、悶え苦しみます。酒を大量に飲み、カーリンからの電話だけを待つ日々…。

 

ペトラの苛立ちや暴言にも耐え、そんなペトラを言葉もなくじっと見つめるマレーネ…。

 

ペトラの35歳の誕生日に、娘のガブリエレ、友人のシドニー、母のヴァレリー(ギーゼラ・ファッケルディ)がペトラの家にやって来ますが、ペトラは彼らに筋違いの怒りをぶつけて、口汚い言葉で罵り皆を唖然とさせてしまいます。

 

夜になり、ペトラはカーリンを愛するのではなく所有しようとしたことが間違いだったことを悟るのです。ペトラはマレーネに謝り、これからはパートナーとして一緒にやっていきたいと言いますが、それを聞いたマレーネは、無言でスーツケースに荷物を詰め込み、ペトラのもとを去るのでした…。

 

密室で繰り広げられるサディスティックで共依存的な3人の女性の愛欲関係の果てには何があるのか…。

 

ペトラという地位も名誉も才能もお金も持ちながら、愛だけが得られない孤独なヒロインの叫びを真正面から描いた密度の濃い作品です。

 

元々が戯曲なので演劇的な要素を効果的に取り入れて俳優たちの緻密な演技を引き出しています。構図やポーズ、動きが演劇的なんですよね。セリフも膨大で、観ていて圧迫されるような女優たちの演技合戦が堪能できます。苦しいくらいです。

 

ペトラを演じたマルギット・カルステンセンという人はこの作品でしか知りませんが、女としての美貌の盛りを過ぎ、頭にはいつもウィッグを着け、厚化粧で、痩せ衰えた身体でいつも虚勢を張り続けなければいけない孤独なヒロインを体当たりで演じています。

 

ペトラを苦しめるカーリンを演じたのは『マリア・ブラウンの結婚』のハンナ・シグラです。欲望を満たすためなら、同性とでも寝るというこすっからしい女を太々しく演じています。

 

ペトラを見てると、なんでこんな女に人生狂わされんの?なんて思ってしまいますけど、愛するって簡単で単純なものじゃないんですよ〜なんか分かったような口を聞いてますけど(笑)。

 

『ペトラ・フォンカントの苦い涙』は、ファスビンダー自身のプライヴェートな関係を下敷にしていると言われていて、オゾン監督の『苦い涙』は、そこに近づけようと描かれているみたいですね。オゾン監督の『苦い涙』には、年齢を重ねた、ハンナ・シグラが出演しているんです〜感慨深いです。

 

この作品で興味深いキャラクターが、ペトラの助手マレーネです。

 

一言も言葉を発しないんです。表情もなく、ペトラの命令を忠実に奴隷のように淡々とこなすだけ。観ていると、2人は互いにサドマゾヒズム的な共依存の関係なのかなと気付きます。

 

なので、ラストシーンがとても意味深なんですよね〜。何故、マレーネがペトラの元を去ったのか?分かる人には分かりますよね。

 

この作品は「ある症例(Ein Krankheitsfall)」というドイツ語の副題がついてるんです。

 

ペトラのサディスティックで自己愛的な性格が病的に誇張されて描かれているように感じますし、男性優位社会の支配から逃れたいと思い、同性にその願いを託そうとしたにもかかわらず、それにも裏切られた女性の悲劇を劇的に描いた映画のように感じます。

 

この作品は元々、戯曲ですから、日本でも舞台化すれば面白いと思うけどなぁ〜。

 

新国立劇場辺りで、男性バージョン、女性バージョン両方観てみたいですね。もう少し、日本の演劇界も冒険してみてもいいんじゃないかと思います。

 

この作品は演技力がいりますよ〜。僕は俳優同士の熱い演技バトルが観たいんです。生半可な甘いストーリーは僕には物足りないですよ〜。

 

この作品は、人を感動させるようなラブストーリーではありません。観てよかったなぁ〜と思える作品でもないかも知れませんが、ファスビンダー監督流のある『愛』についての物語です。ここまで自分自身の内面をさらけ出せる映画作家って今はいないので、若い人にもこんな監督が昔いたんだよって知ってもらえれば嬉しいです。