横溝正史さんのミステリー小説を原作とした、NHK版・金田一シリーズ、『獄門島』(2016年)、『悪魔が来りて笛を吹く』(2018)、『八つ墓村』(2019)に続き、満を持して『犬神家の一族』がドラマ化され、4月22日・29日、BSプレミアム・BS4Kで前・後編各90分の大ボリュームで放送されました。

 

僕は少し遅れて、NHKオンデマンドで鑑賞しました。今日はその感想を書いておきます。

 

名探偵・金田一耕助を演じたのは、『悪魔が来りて笛を吹く』(2018年)、『八つ墓村』(2019年)に続き大好きな吉岡秀隆さん。演出は、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』のチーフ演出を務めた吉田照幸さん。脚本は、ドラマ「岸辺露伴は動かない」シリーズの小林靖子さん。

 

【原作】横溝正史「犬神家の一族」

【脚本】小林靖子

【出演】吉岡秀隆 古川琴音 皆川猿時 小市慢太郎 倍賞美津子 大竹しのぶ 他

【演出】吉田照幸

【制作統括】樋口俊一、西村崇、大谷直哉

 

前回の『八つ墓村』が2019年なんですね〜。新作も1年後には放送されるのかなと思っていましたが、コロナがあったり、演出の吉田さんが大河ドラマにかかりきりになったりで今になってしまったんですね。

 

待ちに待った新作でした。次回作は『悪魔の手毬唄』かなと思っていたのですが、横溝文学の金字塔、超有名作であり人気作の『犬神家の一族』とは…。

 

制作発表があった時は驚きました。あえて『犬神家の一族』は避けているのかなと思っていたんです。1976年に公開された角川春樹事務所第一回作品、市川崑監督の『犬神家の一族』に誰がどう作っても比較される運命にあるからです。

 

市川崑監督ご自身が2006年にリメイクされた遺作でもある『犬神家の一族』も1976年版と比較され、けちょんけちょんに貶されてましたからね〜。富司純子さんの犬神松子は良かったと思いますけど。金田一耕助が観客に向かってお辞儀をするラストシーンなんて涙がこぼれそうになりましたけどね。僕は。

 

僕も過去にこのblogで何度か『犬神家の一族』については書かせてもらっていて、4Kデジタル修復されたものも鑑賞しているし、思い入れのある作品なので、今回のNHK版は期待と不安で放送を本当に楽しみにしていた作品でした。

 

演出の吉田さんは敢えて、そんな厄介な作品に挑戦されたんですね。前作の『八つ墓村』は僕にはちょっと原作に負けたな〜力及ばずだなという感じだったのですが。

 

今回の『犬神家の一族』はまぁこんな解釈もあってもいいよという感じですかね〜。

言いたいことはいろいろありますけど(笑)。

 

『犬神家の一族』はこんな物語です。

信州・犬神財閥の創始者、犬神佐兵衛は、自分の死後の血で血を洗う葛藤を予期したかのような不可解な遺言状を残して他界します。

 

犬神家の顧問弁護士、古館恭三の助手、若林は、莫大な遺産相続にまつわる一族の不吉な争いを予期して、金田一耕肋に助力を得るための手紙を送りますが、那須に着いた金田一と顔を合わさぬまま、何者かに毒入り煙草で殺害されてしまいます。

 

奇怪な連続殺人事件は、若林の死からその第一幕が切って落されたのです。佐兵衛は生涯正式な妻は持ちませんでしたが、松子、竹子、梅子という腹違いの三人の娘があり、松子には佐清、竹子には佐武と小夜子、梅子には佐智という子供がいました。

 

そして、犬神家には佐兵衛が今日の地盤を築いた大恩人である野々宮大弐の孫娘、珠世も住んでいました。問題の遺言状は佐清の復員を待って公開されることになっていましたが、やっと帰ってきた佐清は、戦争で顔を負傷し、仮面をかぶって一族の前に現われます。

 

遺言状の内容は、犬神家の全財産と全事業の相続権を意味する三種の家宝、斧(よき)、琴、菊を佐清、佐武、佐智のいずれかと結婚することを条件に珠世に譲渡するというものでした。

 

だが、佐武は花鋏で殺され、生首だけ菊人形の首とすげかえられ、佐智は琴糸を首に巻きつけられて、そして佐清も斧で殺されてしまいます。

 

犬神家の家宝「斧(よき)、琴、菊」(よきことを聞く)は、いまや祝い言葉ではなく、呪いの連続殺人の呼称となってしまいました。

 

私立探偵、金田一耕助によって血で血を洗った犬神家の系譜が次々と過去にさかのぼって解明されていくのでした…。

 

『犬神家の一族』は、湖畔にそびえる豪奢な犬神邸に次々と発生する、複雑怪奇な連続殺人事件を描いたミステリーですが、原作を含めて、これまで映像化されたほとんどの『犬神家の一族』では一貫して親子の愛というものが描かれてきました。

 

犬神佐兵衛によって築かれた汚れた血統の中でも佐清は純粋に珠世をそして母の松子を大切に思っていたし、松子も息子の幸福を盲目的に一途に願うばかりに、取り返しのつかない罪を犯してしまう哀れな女性として描かれていました。

 

市川崑監督が作り上げた『犬神家の一族』が名作としていつまでも語り継がれるのは、犯人の松子を、愛する息子の為、犬神佐兵衛の歪んだ怨念に囚われ、操られ、自分自身を無くし、翻弄されたに過ぎない人間として描いたからだと思います。

 

息子の為だからと、人を殺めることは許されることじゃない。けれど、その行為を観る側が許す気持ちになってしまうのは、松子を演じた高峰三枝子という女優の魅力と存在感であり、市川崑監督の類まれな演出力の賜物ではないでしょうか。

 

佐清が生きていると聞かされて、「佐清に合わせて下さい」と松子が叫ぶ声は忘れることはできません。松子と佐清が久しぶりに再会し、語り合う場面なんて何度見ても涙が出ます。

 

物語の背景には、『戦争』という影が横たわっているという事も忘れてはいけません。

 

僕はこの決着の付け方が、昭和的と言われようが、新派大悲劇のようだと言われようが共感するし大好きです。

 

市川崑監督の映画版が公開された後、『犬神家の一族』はたくさん映像化されましたが、ほとんどこの市川崑監督バージョンを踏襲したものばかりだったように思います。

 

しかし、今回のNHK版ではその昭和や平成に描かれていた普遍的な家族愛なんて幻想だよと、見る側を突き放すような内容でした。そんなのは家族はこういうものだという昭和的な思い込みに過ぎない、今は令和なんだよと製作者は言っているような感じがしました。

 

僕の子供の頃にはあまり聞かなかった「児童虐待」、「毒親」、「親ガチャ」なんて言葉は今では当たり前に世の中に氾濫していますし、周りからは親の言うことをよく聞く子供に見えても、裏で何してるかわからない子供なんて今の世の中たくさんいますし、パパ活してたり、裏バイトしていたり。仲がよく見える親子でも、家庭内暴力なんてよく聞く話です。

 

殺伐とした現代に、新たに映像化するのであれば、今回のような実は佐清が事件の首謀者だったという設定の改変はあってもいいと思います。

 

常日頃、憎しみあっている一族の中で、佐清だけが純粋な親思いの人間だったのか?

 

ビルマで地獄のような戦場を生き抜いて復員したのだから、「自分こそ犬神家の遺産を総取りするだけの権利がある」と佐清は考えていたのではないだろうか?

 

まぁ、そういう解釈もあってもいいかなとは思います。そんなに納得はしてないけど(笑)。

 

事件が全て解決したと思われた後に、あるシーンがあるんです。刑務所に収監されている佐清から手紙をもらった金田一が面会に赴いて、佐清に問いただすんです。

 

静馬と松子の愛に付け込んで、財産を独り占めしようとした黒幕はあなたでしょ?と。

佐清は「金田一さん、貴方は病気です」と言い席を立つんです。

 

これが驚愕のラストだと騒がれている方がいますが、僕はなんか取ってつけたような、最後にちゃぶ台をひっくり返すような展開にはちょっと疑問でした。これだとなんでもありになっちゃいませんか?

 

『鎌倉殿の13人』のラストもそうでしたが、なんか舞台のラストシーンみたいに、幕がサーと下りるような演出が好きなんですね。吉田さんて。

 

佐清が事件の黒幕だというのも金田一の思い込みなのかも知れないし、最後に映る野々宮珠世の意味(佐清とグルだったの?)も今一つ解らないし…意味深なんだけど伝わらない感じがしました。

 

僕が一番納得できないのは、これまでだと青沼静馬は復讐と遺産目当てに犬神家に乗り込むジョーカーのような存在として描かれることが普通でしたが、今回はその設定をかなぐり捨てる脚本だった事です。

 

戦場での爆撃で、顔全体が焼けただれ変わり果てた自分を世話してくれる松子夫人に「母」の愛情を求める静馬なんてあり得ないと僕は思います。

 

静馬の母、菊乃のもとに、犬神佐兵衛が与えた犬神家の三種の家宝を松子、竹子、梅子が取り戻しに行くんです。その時、松子が寝ていた幼子の静馬の背中に焼け火箸を当て、火傷させるんですよ。

 

犬神三姉妹の残虐性を表したシーンです。そんな目に合わされて、母、菊乃は早逝。静馬は幼い頃から母の愛を知らず苦労して育った青年なんですよ。

 

そんな男が自分の背中に火傷を負わした女を母として慕うんでしょうか?僕は納得できないですね〜。

 

佐清が金田一に放った言葉、「金田一さん、貴方は病気です」この台詞を聞いた時に、この『獄門島』から始まった、NHKの金田一シリーズのテーマはこれだと気付きました。

 

演出家の吉田さんは、犯人は心が「病んだ人」「闇に落ちた人」たちにしたいんだなぁと感じたんです。

 

横溝文学を今風にアレンジするには、そう持ってゆくしかないのでしょうか?

 

演出の吉田さんは『本陣殺人事件』を手掛けたいとおっしゃっていましたが、本陣の犯人は正しく病んでる人だから、ぴったりなんじゃないかなと思います。

 

前・後編90分づつ、合計180分は長過ぎですよ。長い割に内容が薄いです。映像もなんかぼんやりしてるし、締まりが無いなぁ。犬神家のお屋敷もロケなんですよね。信州一の財閥、犬神家のお屋敷は地元では犬神御殿と呼ばれているほどの豪邸のはずなんですけど、どこかの老舗料亭の跡目争い見たいな、スケールの小さい事件にまとまって見えました。

 

犬神屋敷に展望台がないのも残念です。目の前の湖も池か沼にしか見えないし。

 

せっかく、犬神松子に大竹しのぶさんを使っていながら、女優としての見せ場が全くないじゃないですか〜もったいない。芝居ができる人なのに。いつもへの字口じゃ可愛そうです。女優さんはもっと美しく撮ってあげるべきです。名監督と呼ばれる人は女優を皆美しく撮っていますよ。

 

もっと犬神家の一人一人の人物を掘り下げることできたんじゃないですか?180分もあるんだから。犬神佐兵衛は若い頃、美青年だったから、野々宮大弐に寵愛されたとか、佐清は佐兵衛の若い頃にそっくりだったから、珠世と一緒に佐兵衛に可愛がられていたとか、小夜子と佐智の関係とか、松子と生みの母との関係とか、短いシーンでもそういうシーンの積み重ねが作品に厚みを出すことになるのでは?と僕は思うのです。ストーリーを追うだけではなく、セリフだけで説明するとかではなく、ドラマや映画は映像で表現するべきでは?と僕は思います。

 

ラスボスは、母の自分への愛情を利用し、静馬を操り、遺産相続を有利に進める佐清だったというオチ…。佐清がそんにな男だったなんて、思いたくないわ〜。金子大地さんは良かったと思いますけどね。

 

でもよく考えてみると、佐清と珠世は子供の頃から佐兵衛も認めていた、相思相愛の仲であり、珠世と結婚した男子が相続権を得るのですから、佐清が殺人を犯す必要はなかったでは?そう思います。

 

こんな背負い投げのような設定の改変をしなければ、過去の名作は超えられないのでしょうか…。そう感じた作品でした。

 

いろんな事件が起こりますけど、犯人はお前だ!動機はこうだ!とさも全てが分かったように警察や裁判所は人を断罪するけれど、本当の真相なんて誰にも分からない、別にあるのかも知れないなぁという気もしました。

 

善意と悪意は、表裏一体。嘘と真実も背中合わせかも知れません。期待していただけ、残念感も大きかったです。次の作品を期待します。