今年は、2021年4月に95歳で亡くなられた、脚本家・橋田壽賀子さんの三回忌にあたります。

 

橋田さんは、静岡県熱海市の自宅を拠点に脚本を執筆されてきました。地元の人々からも、その気さくな性格で愛されて、没後には熱海市の名誉市民になられました。

 

熱海市から提供された、橋田さんが愛した海が一望できる場所に『渡る世間は鬼ばかり』『おしん』といった、橋田さんの代表作のタイトルが刻また顕彰碑が建立され、3月には除幕式が行われました。

 

今月9日には、橋田壽賀子さんを追悼し、TBS系列でドラマ『ひとりぼっち―人と人をつなぐ愛の物語―』が放送されました。

 

今日はその感想を書いておきます。

 

“故・橋田壽賀子に捧げる物語”と銘打たれていて、プロデューサーを務めるのはもちろん長年、橋田さんとタッグを組んできた石井ふく子さんです。

 

橋田壽賀子さんと石井ふく子さんのコンビは、数々の名作ドラマを生み出したお二人で、過去にお二人のことはこのblogでも書かせていただいているので、興味がある方は探して読んでもらいたいなと思います。

 

橋田壽賀子さんと石井ふく子さんの出会いは1964年、「東芝日曜劇場」で放送された「袋を渡せば」という作品でのプロデューサーと脚本家としてでした。

 

「東芝日曜劇場」は、家電メーカーの「東芝」一社提供のドラマ枠として1956年にスタートし、2002年には複数社提供にり、名称を「日曜劇場」に変更して現在まで続いている長寿番組のことです。

 

「日曜劇場」と言えば、『半沢直樹』や現在は「ラストマンー全盲の捜査官ー」が放送されていますね。

 

「東芝日曜劇場」はもともとは週ごとに異なるドラマを放送する単発ドラマ枠で、石井ふく子さんは1958年に『橋づくし』を制作してから同番組が連続ドラマ枠に移行するまでの35年間、プロデューサーとして数多くの作品に携わってこられたのです。

 

無名だった橋田さんが、石井さんに自ら売り込みに行き、熱意に押された石井さんが依頼して出来たのが「袋を渡せば」だったんです。

 

ドラマも好評で、「この人は書ける人だ」と思った石井さんが次に橋田さんに依頼したのが、吉永小百合さんでも映画化もされた、骨肉腫に冒された女子学生・大島みち子さんとその恋人の3年間に及ぶ往復書簡を書籍化した「愛と死をみつめて」の脚本でした。

 

すると、橋田さんは電話帳くらい分厚い脚本を書き上げてきたそうで、どうみても1時間の放送枠で収まりそうにありません。

 

石井さんが「1時間枠なんだけれど」と言うと、橋田さんは「これ以上削ったら、作品に心がなくなる」と頑として譲らなかったそうです。

 

石井ふく子さんが素晴らしいのは、そんな無茶なことを言う無名の脚本家を無下に追い返したりせず、本をきっちりと読み、素晴らしい出来だとちゃんと評価をし、当時としては異例の前・後編として放送することに決め、スポンサーの「東芝」に直談判し、見事なドラマ史に残る作品として作り上げたところです。

 

橋田壽賀子さんが亡くなった時、CSで追悼として特集放送があり、その時、初めて観ましたが、恋人同士を演じた大空眞弓さんと山本學さんの熱演も感動的でしたが、橋田さんが書かれたセリフの数々がとても良くて、すごく情熱を込めてかかれたんだろうなぁと僕は感じてしまいました。

 

「愛と死をみつめて」は、1年間に4度も再放送されるほど、お茶の間の反響を呼び、橋田さんは一躍、脚本家として脚光を浴びたのでした。

 

橋田壽賀子さんは石井ふく子さんに対してこうおっしゃっています。

 

「『愛と死をみつめて』が放送作家としてなんとか食べていけるきっかけの作品になった。ふく子さんとの出会いがなかったら、とっくに脚本を書くことをあきらめ、他の仕事をしていたに違いない。」

 

「私を見つけてくれた方。ふく子さんのおかげでホームドラマの脚本が書けるようになりました。作家としての命の恩人。主人よりも、両親よりも、生きる上で影響を与えてくださった方です。」と。

 

これを読めば、お二人が長年、深い友情で結ばれてらしたかが分かりますよね。石井ふく子さんが、亡くなられた橋田壽賀子さんに捧げるドラマを作りたいと思われるのは当然のことだと思います。

 

『ひとりぼっち ―人と人をつなぐ愛の物語―』

 

◎出演:相葉雅紀、上戸彩、仲野太賀、えなりかずき、角野卓造、小林綾子、船越英一郎、坂本冬美、一路真輝

 

◎作・脚本:山本むつみ

◎演出:清弘誠

◎プロデューサー:石井ふく子

◎製作著作:TBS ©︎TBS

 

こんな物語です。

主人公の杉信也(相葉雅紀さん)は水道メーターの検針員で周囲に心を閉ざして生きています。

 

ある日、学生時代の友人の川原(えなりかずきさん)に食事に誘われ、向かった先は商店街の中にあるおにぎり屋「たちばな」でした。そこで信也は店主の香(坂本冬美さん)と出会います。香は亡くなった信也の姉に瓜二つでした。

 

信也が他人に心を開かない理由は過去にありました。15歳の時に東日本大震災で両親を亡くし、育ててくれた一回り上の姉は2年前に病死してしまいます。それ以来、自分はひとりぼっちだと感じるようになっていたのです。

 

香や常連客との交流を通じて信也は少しずつ心を開いていくのでしたが、「たちばな」の常連客の一人で、声優を目指している松本(仲野太賀さん)が将来を賭けていたオーディションに落ちたことを何気なく慰めた言葉が気に障った松本に、自分が隠していたことを薫の前で暴露され、狼狽し、信也はまた居場所をなくしてしまうのです。

 

検針先の一つだった家が「たちばな」で出会った千秋(上戸彩さん)宅で、千秋は妊娠中でもうすぐ出産の予定でしたが、夫は単身赴任中で出産に立ち会えない様子でした。

 

ある日、信也が千秋宅へ検針に行くと、千秋が破水をし、今にも生まれそうな状態です。救急車を呼ぶと、千秋の夫と勘違いされ、戸惑っている間もなく救急車に同乗するように言われ、千秋は信也の手を握りながら救急車内で出産してしまうのです。

 

信也は、千秋の出産に立ち会い、命の誕生に関わったことで堅く心に押さえ込み、こわばっていた感情が堰を切ったように流れ出すのでした。

 

「たちばな」のカウンターに座り、信也はおもむろに口を開き、一人で抱え込んでいた感情を訥々と語り始めるのです。

 

語られたのは3.11とその後の日々でした。「俺はいつもと同じように『行ってきます』って言って家を出たんです。だけど『ただいま』は言えなかった」。震災の記憶に蓋をしたまま、残された信也と姉は東京で暮らし始めたのです。

 

2人きりの生活で、働いて大学を出してくれた姉は、これからという時に倒れて帰らぬ人となりました。そんな経験をした信也は、自分はひとりぼっちだと思い込み、心を閉ざしていたのです。

 

そんな信也に「人って1人で生まれてくるんじゃないんだ」「人は誰かに支えられて生きているんだ」と気付かせてくれたのが、千秋の出産であり、「たちばな」で出会った人々だったのです。

 

「たちばな」の店主、香も誰にも言えない過去を背負ってました。昔、香を捨てた男・矢島(船越英一郎さん)の姿が店の前で目撃されるようになります。

 

香と一緒に「たちばな」を支えている聡美(一路真輝さん)の身体に病気が進行しており、香に心配をかけまいと黙って仕事を続けていた聡美は手術をしないと言い張るのです。「放っておいて。私が決めることなの」と聡美は薫に言い放ちますが香は聡美の手を取り自分が支えると寄り添うのです…。

 

石井ふく子さんは、市井に生きる名もなき女性を主人公にした家族の物語を作り続けてこられたという印象がありましたが、今回の『ひとりぼっち―人と人をつなぐ愛の物語―』は、家族を失い孤独を抱える男性が主人公なんですよね〜。

 

僕は幼い頃から、母の背中越しに、石井ふく子さんプロデュースのドラマをたくさん観てきました。橋田壽賀子さんの脚本もあれば、向田邦子さん、山田太一さん、倉本聡さん、松山善三さん、平岩弓枝さん、山田洋次さん、錚々たる顔ぶれの脚本家が「東芝日曜劇場」に関わってこられてるんですね。

 

石井ふく子さんプロデュースのドラマは、昭和を代表する名優がたくさん出演されていたので、心に残っている作品はたくさんあります。

 

橋田壽賀子さん脚本の『おんなの家』シリーズ(1974年〜1993年)は三姉妹・梅(杉村春子さん)・葵(山岡久乃さん)・桐子(奈良岡朋子さん)が経営する東京下町の炉端焼き「花舎」を舞台に、笑いと涙で綴る家族ドラマで、昭和を代表する名女優の丁々発止のセリフの応酬が見ていて本当に楽しいし(奈良岡朋子さんも亡くなってしまった〜〈悲〉)、東芝日曜劇場1200回記念『女たちの忠臣蔵 いのち燃ゆるとき』は忠臣蔵の物語にまつわる女たちの愛と別れをテーマにした橋田さんオリジナル脚本で、高視聴率(42.6%)を記録した感動巨編で、何度観ても歴史の波に埋もれた名もなき女性たちの悲しみと生き様に涙が流れます。脚本の構成が巧みで、セリフが良いんですよ〜橋田ドラマは。必ず泣けるシーンがあるのです。

 

日本のホームドラマの歴史は、石井ふく子さん、橋田壽賀子さんたちが作られた作品群の上に成立しているといっても過言ではないと思います。

 

『ひとりぼっち ―人と人をつなぐ愛の物語―』の脚本を書かれたのは、2010年前期のNHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』で広く注目を集め、2013年には、NHK大河ドラマ『八重の桜』の脚本を担当した山本むつみさんです。相棒シリーズ (テレビ朝日)も何作か書かれてるんですね〜。

 

『ひとりぼっち ―人と人をつなぐ愛の物語―』はメインキャストがいつもの石井ファミリーと呼ばれる俳優さんばかりではなく、橋田文化財団の賞を受賞した、坂本冬美さんや仲野太賀さんらが出演されていて新鮮でした。主演は「嵐」のメンバー、相葉雅紀さんですしね。

 

『一般財団法人 橋田文化財団』というのは、橋田壽賀子さんが生前、理事を勤められていた組織で、橋田賞というのは、日本人の心や人の触れ合いを取り上げ、放送文化に大きく貢献した番組や人物に贈られるものです。脚本の山本むつみさんも、橋田賞の受賞者なんです。

 

石井さんは、「『渡鬼』の記念作ではなく、橋田先生を偲んで、ということで、新しいメンバーでやろうと思って、橋田文化財団の賞を取った坂本冬美さんや仲野太賀くんにも出てもらい、主人公はイメージにピッタリな相葉さんにお願いしたとおっしゃっていました。

 

だから、橋田ファミリーのあの有名女優(石井ふく子さんのおかげで女優になれたような人)が排除されたとかマスコミが騒いでましたけど、最初から今までとは違うものを作ろうと石井さんは思われていたということなんですよ。それに『橋田ファミリー』という言葉もマスコミが作った言葉ですからね。

 

誰しもが一度くらいは、信也のように「ひとりぼっちだ」と感じる瞬間があるのではないでしょうか。

 

コロナが世界を席巻し、それまでの生活が大きく変化し、色んなことに我慢を強いられたこの3年近くは僕は逆に孤独とか寂しさってそれほど感じなんったんです。みんな同じなんだからという意識があったのだと思います。だけど今は、コロナは消えたわけではありませんが少し落ち着いていますし、街を歩いていても外国の観光客の方が増えましたし、人混みへ出かけても、マスクをしていないひとも増え、徐々にコロナ前の日常に戻りつつありますが、僕は4月から、職場環境が変わり、まだ新しい環境に慣れていないこともあるのか、疲れるし、エースとか呼ばれて(嫌味かもしれませんが)責任感が強い方なので、なんでも嫌とは言えず、ちょっと今、孤独を感じています。

 

気軽に話しかけることができる人がまだいないので、職場でも「ひとりぼっち」を感じることがあるのです。

 

僕もドラマの信也のように、阪神淡路大震災を経験し、愛した人を病で亡くし、働きすぎて過労で倒れて、急性硬膜下血腫で入院したり、もう両親も他界しましたし、いろんなことを経験しました。

 

その都度、悲しみ、悩み、体の震えがとまらなかっこともあります。でも孤独だ、ひとりぼっちだと思っても、誰かが必ず手を差し伸べてくれました。

 

『人は一人で生きているんじゃない』そう思わされ、気づかされて生きてきたように思います。

 

石井ふく子さんは、そう伝えたくてこのドラマを作られたのでしょう。悩みがない人なんていないと思うし、一人で抱えて苦しいなら、誰かに聞いて貰えばいい、必ず力になってくれる人はいます。僕はそう思います。

 

ちゃんと税金を納めていれば、役所の人も力になってくれますよ(笑)。税金が払えなくても逃げずに相談すればなんとかなります。

 

だから、自分より困っている人が周りにいれば助けてあげるべきだし、話を聞いてあげるだけでもいいんですよ。

 

このドラマを観て、古臭い、こんな人たち昭和にもいなかったよ。とかいう人もいるようですが、こういう人は何もわかってはいないんですよ。なんの苦労もしていない人です。悩みもない恵まれた人なんじゃないですか。

 

人間を古いだの新しいだのと決めつけるなんてナンセンスですよ。

 

思いやりや、優しい心があれば争いなんて起きないし、人種や性別、性的なマイノリティーへの偏見や差別の問題もなくなるはずでしょ?

 

坂本冬美さん演じる香と一路真輝さん演じる聡美には石井ふく子さんと橋田壽賀子さんの姿が重ねられていると感じました。家族だから「水臭いこと言わないで」「ごめんね、気づかなくて」という台詞があるのですが、二人は血の繋がった姉妹でもなんでもないのです。でも姉のように思っていた橋田壽賀子さんの体調の変化に気付けなかった石井さんの想いが込められたセリフだと感じます。絆とはそういうものではないのかなと思います。

 

せっかく繋がった縁を簡単に切ってしまう人がいますが、もったいないですよ。ほんとに。人は一人では生きていけない…僕は身に染みて知っていますから。

 

相葉雅紀さん、仲野太賀さん、上戸彩さん、若手の3人よかったですよ。それぞれ個性が際立っていて。演技経験のあまりない、坂本冬美さんも新鮮でした。歌以外にもたまにはドラマ出演もいいんじゃないでしょうか。

 

石井ふく子さんが築き上げた日本のホームドラマという伝統を若い俳優さんたちで受け継いでもらいたいなと思います。

 

犯罪をテーマにした刑事ドラマや、漫画が原作の突飛な設定のドラマが最近は多い印象ですが、もっと身近などこにでもある家族の何気ない日常や、日々起こる些細な出来事を名優たちがじっくり演じたドラマがあってもいいじゃないですか。

 

僕の幼い頃は、たくさんあったんだけどなぁ〜。名優同士の心と心がぶつかり合ったようなドラマが観たい…作って欲しい、泣かせて欲しい(笑)そう思います。

 

橋田壽賀子さんや石井ふく子さんの意志を継ぐ人が、現れて欲しいなと思います。

 

素敵なドラマでした。