今年は、俳優ジェラール・フィリップの生誕100年、没後62年だそうです。

 

ジェラール・フィリップは、1922年12月4日、カンヌの裕福な家庭の次男として誕生します。

 

弁護士を目指してニースの大学の法学部に入学しますが、母の知人であるマルク・アレグレ監督の勧めで俳優を目指し、1943年、舞台巡業中にパリの興行主に認められ、舞台「ソドムとゴモラ」で大役に抜擢され脚光を浴びます。

 

第二次大戦後は、さらに演技を磨くために、名門フランス国立高等演劇学校に入学。看板的存在になります。

 

1945年9月26日、パリのエベルトー座にて初演されたアルベール・カミュの戯曲「カリギュラ」(日本でも小栗旬さん、菅田将暉さんが演じた役)の主役に抜擢されます。フィリップの好演もあって記念碑的な成功を収めます。

 

舞台が評判を呼び、1946年にはジョルジュ・ラコンブ監督『星のない国』で映画初主演を果たし、ジョルジュ・ランパン監督がドストエフスキー原作の『白痴』のムイシュキン公爵役に大抜擢します。

 

この頃からその水際立った美男子ぶりと高い演技力から人気に火がつきはじめ、1947年、レイモン・ラディゲの処女作である同名小説の最初の映画化作品、クロード・オータン=ララ監督の『肉体の悪魔』で、その人気をフランスのみならず世界的なものに決定付けるのです。

 

スタンダールの代表作の小説を映画化した『パルムの僧院』などの文学的な作品にも積極的にチャレンジし、1952年には映画 『花咲ける騎士道』で世界中にその名を知らしめ、一躍スターダムを駆け上がり、フランス初の国際的スターとなります。

 

1953年には、『フランス映画祭』のため来日し、大フィーバーを巻き起こします。高峰秀子さん、山田五十鈴さんなど名だたる日本の名女優さんたちも大ファンだったそうです。

 

1954年には、スタンダール原作の『赤と黒』で、ナポレオンに憧れる、才気と美しさを兼ね備えた野心家の青年ジュリアン・ソレルを熱演し絶賛を浴びます。僕はジュリアン・ソレルと聞くと、ジェラール・フィリップしか思い浮かびません。

 

36歳で世を去った天才画家モアメデオ・モディリアーニを熱演した監督・脚本ジャック・ベッケルの『モンパルナスの灯』(1958年)は代表作となりました。僕も大好きな作品です。

 

1959年には、ロジェ・ヴァディム監督が18世紀フランスの貴族社会を舞台にしたピエール・ショデルロ・ド・ラクロの原作を、当時のパリの上流社会に舞台を移し、そこに蠢く人間たちの欲望と退廃に満ちた姿を描いた『危険な関係』にジャンヌ・モローを相手役に主演し大反響を呼びます。

 

次作『熱狂はエル・パオに達す』のロケ中に体調を崩し、ヌーヴェルヴァーグ時代に突入したフランス映画界を見ることもなく、ジェラール・フィリップは11月25日に肝臓ガンにて帰らぬ人となります。

 

奇しくもモディリアーニと同じ享年36歳の短すぎる生涯でした…。

 

クロード・オータン=ララ、ルネ・ クレマン、ルネ・クレール、イヴ・アレグレ、マルセル・カルネ、ルイス・ブニュエルら数々の名監督に愛され、幅広い役柄に挑戦し、陰鬱とした繊細な役から、陽気なプレイボーイやドンファンを演じ、映画評論家の故・淀川長治さんから「映画史上最高のアイドル」として称えられ、世界中で愛されてきた名俳優の一人でした。

 

ジェラール・フィリップは僕も大好きな俳優の一人で、好きな作品はたくさんあります。

 

そのフランス映画史上に燦然と輝くスター、ジェラール・フィリップの生誕100周年を記念した映画祭『ジェラール・フィリップ生誕100年映画祭』が開催されま〜す。パチパチパチ〜(笑)。

 

今回の映画祭の目玉は、生誕100周年を記念して製作され、今年の5月に開催された第75回カンヌ国際映画祭クラシック部門でプレミア上映された最新ドキュメンタリー映画『ジェラール・フィリップ 最後の冬』がラインナップされていることです。本作の全編吹替ナレーションは俳優の本木雅弘さんが務めています。

 

2020年にフランスの文学賞、ドゥ・マゴ賞を受賞した「ジェラール・フィリップ 最後の冬」(中央公論新社/ジェローム・ガルサン著/深田孝太朗 訳)を元に、ジェラール・フィリップの生い立ちから、駆け抜けた人生の軌跡を描いた内容で、「冷静で感動的な年代記」(ル・モンド紙)と高く評価されています。

 

映画祭の予告映像は、「待てなかった? 僕と出会うのを」という、名作『肉体の悪魔』から引用された初々しいジェラール・フィリップによるセリフのシーンから始まり、「なぜ彼は〈特別〉だったのか。フランス映画史上最も愛された夭折のスター」という文字が躍り、「戦後引き裂かれたフランスに突如現れた 映画史上最も美しい俳優」とテロップが続き、数々の名作で多様な表情を見せたジェラール・フィリップが次々と登場するという素敵な編集です。

 

『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭 』ラインナップです。

 

◎『肉体の悪魔』(1947年) HDデジタル・リマスター版 

◎『パルムの僧院』(1948年) 2Kデジタル・リマスター版 

◎『美しき小さな浜辺』(1949年)2Kデジタル・リマスター版 

◎『ジュリエット あるいは夢の鍵/愛人ジュリエット 』(1951年)4Kデジタル・リマスター版 

◎『花咲ける騎士道 』(1952年)4Kデジタル・リマスター版 

◎『狂熱の孤独』(1953年)2Kデジタル・リマスター版 

◎『しのび逢い ムッシュ・リポアの恋愛修業 』(1954年)HDデジタル・リマスター版 

◎『赤と黒 』(1954年)2Kデジタル・リマスター版 

◎『夜の騎士道 』(1955年)4Kデジタル・リマスター版 

◎『モンパルナスの灯』(1958年)HDデジタル・リマスター版 

◎『危険な関係 』(1959年)4Kデジタル・リマスター版 

 

全ておすすめです!。今回の上映作品の何が嬉しいかって全作品デジタルリマスターされていることです。今までは修復される前のフイルムでの上映が多かったですし、DVD化されてもひどい画質のものもあったんです。

 

僕は劇場で一度、『危険な関係 』(1959年)4Kデジタル・リマスター版を観ていますが、良かったですよ〜。映像がピカピカしていてジェラール・フィリップの美しさに惚れ惚れしてしまいました。

 

映画評論家の山田宏一さんはジェラール・フィリップについてこうおっしゃっています。

『その完璧な演技は「瑕(きず)のないダイヤモンド」と称賛されて輝いていた。見る者に豊かな幸福感をもたらす好感度100パーセントのスターだった。』と。

 

最後に今回のラインナップの中で僕のお気に入りの一本を紹介しておきます。

 

『ジュリエット あるいは夢の鍵/愛人ジュリエット 』(1951年)です。

ジョルジュ・ヌヴーの戯曲「ジュリエット或は夢の鍵」を映画化した、儚くも美しいロマンスです。とても幻想的なストーリーで、現実と空想の夢の世界を行き来しながら、恋人たちの悲哀に満ちた淡い恋物語が描かれます。主人公の青年ミシェルを演じたジェラール・フィリップの憂いを帯びた美しさが最大の見どころなんです。

 

《スタッフ》

◎監督:マルセル・カルネ

◎原作戯曲:ジョルジュ・ヌヴー

◎脚色:ジャック・ヴィオ、マルセル・カルネ

◎台詞:ジョルジュ・ヌヴー

◎撮影:アンリ・アルカン

◎音楽:ジョゼフ・コスマ

◎美術:アレクサンドル・トローネ

 

《キャスト》

◎ジェラール・フィリップ(Michel)

◎シュザンヌ・クルーティエ(Juliette)

◎ロジェ・コーシモン The Personage)

◎イヴ・ロベール(The Musician)

◎エドゥアール・デルモン(The Village Guard)

 

監督は「天井桟敷の人々」や「嘆きのテレーズ」の名匠・マルセル・カルネです。1942年より映画化を宿願していた企画だったそうです。

 

撮影は、ジャン・コクトーの『美女と野獣』やヴィヴィアン・リー主演の『アンナ・カレニナ』などフランス映画のみならず、ヨーロッパ各国の映画、『ローマの休日』などハリウッド映画の撮影も手がけたアンリ・アルカン。

 

音楽はモーリス・ジョベールやジョルジュ・オーリックと並ぶ20世紀半ばのフランス映画音楽の大家・ジョゼフ・コズマ。コズマはこの作品で1951年度カンヌ映画祭音楽賞を受賞しました。音楽もいいんです!

 

美術は『天井桟敷の人々』をはじめ、マルセル・カルネの作品の大半のセットデザインを担当したアレクサンドル・トローネルです。ウィリアム・ワイラーやビリー・ワイルダーなどアメリカの映画監督との仕事も多く、『アパートの鍵貸します』では1960年のアカデミー賞で美術賞を獲得されています。

 

以前は『愛人ジュリエット』というタイトルでしたが今は『ジュリエット あるいは夢の鍵/愛人ジュリエット 』と原題がついた長いタイトルになってしまいました。

 

多分、タイトルをつけた人は「愛する人」「愛しい人」を略したんだと思いますけど、今では『愛人』という言葉が何か誤解を生むのでしょうね。

 

⦅こんな物語です⦆

恋人ジュリエットと海へ行きたいために働いていた店の金を盗んだ若者ミシェルは留置所に入れられてしまいます。ジュリエットに嫌われたくなくて、つい店の息子だと虚勢を張り、二人で海へ行く費用のためのお金を盗んでしまったのでした。

 

留置所の中でジュリエットを想ううちに寝てしまったミシェルに燦燦と陽光が降り注ぐのです。明るさに目覚めたミシェルが留置所の扉を見ると鍵が開いていました。

 

扉の外へ出ると晴れ渡る空の下、のどかな風景が広がっています。夢なのか現実なのかよくわかりません。村がある方角へ歩いて行くと、誰もが思い出を持たない“忘却の村”へ辿り着きます。

 

ジュリエットを探して村をさまよい歩くうちに、ミシェルはジュリエットが村の領主“青ひげ”の城に幽閉されていることを知ります。ミシェルは城へ乗り込みますが、ジュリエットはすでに逃げ出していました。

 

ミシェルが森の中を彷徨っていると、やっとジュリエットに再会することができますが、ジュリエットは村の人々と同じようにミシェルとの思い出を失っていました。

 

ミシェルは何とかジュリエットの記憶を呼び覚まそうとしますが、ジュリエットは再び“青ひげ”に捕らえられてしまいます。ジュリエットを迎えに村人を率いて城に乗り込んだミシェルが目にしたのは、“青ひげ”の花嫁として純白の結婚衣装に身を包んだジュリエットでした…。

 

目が覚めるミシェル。現実にひき戻されます。

 

ミシェルは取り調べのため、看守から留置場から出るように言われます。ミシェルは働いていた店から1200フランを盗んでいましたが、経営者のベランジュ氏の意向で不起訴となります。

 

そこでミシェルはベランジュ氏とジュリエットが結婚をすることを聞かされるのです。呆然とするミシェル。ジュリエットに問いただそうとジュリエットのアパートに忍び込みますが、帰宅したジュリエットに「あなたの稼ぎでは暮らして行けない」と言われ絶望してしまいます。

 

ミシェルはジュリエットに別れを告げ夜の街を足早に去ります。後を追うジュリエットを振り返ることもなく…。

 

ミシェルは工事中の建物に隠れてジュリエットやり過ごします。ふと気付くと「危険・立ち入り禁止」と書かれた扉があります。扉の向こう側からミシェルを呼ぶ声が聞こえます。ミシェルが扉を開けると夢の中で見た「忘却の村」が目の前に広がっていました。

 

ミシェルは辛い現実から逃れるように、扉の向こう側へ晴れやかな顔で歩いて行くのでした…。

 

僕はこの作品を観て、19世紀末フランスで起こった、ボードレールを始祖とする、マラルメ、ランボー、ベルレーヌらの叙述的表現によって直接に主題内容をうたうことをせず、音楽的・暗示的な手法で出来事や感情を象徴化して表現する象徴詩のような作品だなぁと感じました。

 

象徴詩とは、文法よりも詩的リズムを重視し、物事を象徴的に仄めかすことによって何かを伝えようとした詩なのですが、それを監督のマルセル・カルネは映像でやろうとしたのではないのかなんて思います。

 

留置場に入れられたミシェルはとても疲れていて、やつれていて、来ているものもヨレヨレで、薄汚れています。

 

映画の中では映像として描かれてはいませんが、現実に生きるミシェルは毎日真面目に働いても、安い給金しかもらえないお店の売り子のような仕事しか付けない貧しい階級の生まれなのでしょう。

 

希望も持てず鬱々としていた日常に、突然現れた美しいジュリエットに惚れ、彼女を喜ばすために海へ連れて行ったあげたいと、お店のお金に手を付けてしまったミシェルの気持ちが痛いほどわかります。貧しさに追い詰められていたのではないでしょうか。

 

彼女となら僕は幸せになれると思ったんだろうなぁと思います。「君のためなら罪を犯すことも構わない…」一途なミシェルの瞳が涙を誘います。

 

ミシェルが夢の中で向かった先は『忘却の村』です。 この夢のシーンが色んな比喩が込められているようで面白いんです。

 

村では祭りが行われていて、 誕生以降これまでの苦しみ、喜び、恋愛の手相を見てくれる出店があったり、 車を引きながら思い出や記憶を売り歩くお爺さんがいたり…。  

 

ミシェルも夢の中では、こざっぱりとした美しい青年の姿、ジュリエットは汚れのない純白のドレス姿で、ミシェルの理想を表しているのではと思いました。

 

『忘却の村』にいるジュリエットは記憶をなくしています。ミシェルが追いかけてもすっと遠ざかってしまいます。届きでそうで届かないミシェルの儚い夢のようです。そのもどかしさが切ないんですよね〜。

 

どんなに愛の言葉を囁こうと、ここは『忘却の村』です。 ジュリエットは今さっき夢中にミシェルと語り合ったことも忘れて、村の領主に連れ去られてしまいます。

 

村人たちを引き連れてミシェルが城へと乗り込むと、今まさに領主とジュリエットの結婚式の真っ最中です。

 

それを止めようとミシェルがジュリエットを前に、「決して、君を忘れない」「ジュリエット!、ジュリエット!」と叫ぶシーンが何度観ても泣きそうになってしまいます。いいんですよね〜。ジェラール・フィリップの表情がなんとも言えないんです。

 

そこに、突然耳をつんざくように鳴り響くベルの轟音。それは留置場の起床のベルでした。そして目覚めると現実の監獄の中。 ミシェルが看守に呼ばれて事務所へ行くと、雇い主だったベランジェがいました。ミシェルは警察署の人間とベランジェの会話から、ジュリエットから話を聞き、自分と結婚することを条件に告訴を取り下げたと知るのです。

 

ジャリエットは、ミシェルを純粋に助けたかったからミシェルの解放を条件にベランジェの申し出を受けたのか、ベランジェと結婚すれば、いい暮らしが出来るし、結婚してあげることを条件にミシェルも助けてと頼んだのか…によって、この物語の本質が変わってきますけどね。

 

映画の中では答えは出されてはいません。観る側の解釈によって人それぞれ感想は変わるでしょうね。

 

ジュリエットの本心を聞きたいがために、ミシェルはジュリエットの部屋へ忍び込み帰りを待ちます。帰宅したジュリエットは「あなたの稼ぎでは暮らせない」「女性は他にもいるでしょ?」と寂しげにミシェルに告げます。

 

ミシェルは夢の中で出会ったもう一人のジュリエットを想いながらこう答えるのです。「あぁいるよ。僕を決して苦しめない女性」と。そしてジュリエットの部屋から全てを振り切るように立ち去るのです。

 

ジュリエットはミシェルを追いかけます。僕はこれを観て、ジュリエットは本当はミシェルのことを愛しているのだと思いました。でもどんなに愛していても愛だけでは生きて行けないということを女性は知っているのでしょうね。これが現実なのよと。

 

僕は男の方が純粋なんだとは決して思ってもいないですけど、このミシェルはジュリエットが多分生まれて初めて心底好きだと思えた女性だったのではないでしょうか。

 

そんな女性に突きつけられた言葉に絶望したんですよね。

 

ミシェルは工事中の建物に隠れて、追ってくるジュリエットをやり過ごします。苦しみと悔しさと悲しみに押し潰されそうになりながら嗚咽するミシェルの後ろ姿が切なすぎます。

 

ふと気付くと「危険・立ち入り禁止」と書かれた扉があり、扉の向こう側からミシェルを呼ぶ声が聞こえます。ミシェルが決然と覚悟を決めた表情で扉を開けると夢の中で見た「忘却の村」が目の前に広がっていました…。

 

このラストシーンも色んな解釈が出来ますね〜。「危険・立ち入り禁止」と書かれた扉がミソですよね。僕は夢の中に舞い戻ったという甘い解釈ではないような気がしています。

 

辛くて苦しい現実に生きて行くことに疲れ、生きることを捨て死への扉を開けた男の物語なんじゃないかと僕は勝手に思っています。だって『危険・立ち入り禁止』ですからね。

 

過去も未来もない。ただ今を愛だけに生きられればこんなに素晴らしいことはないって作者が言っているように感じました。

 

愛のない現実よりも、嘘でもいいから愛のある所へいってしまいたい。 幻想の中でしか愛が満たされぬのならば、現実の中になどいたくない…そう思ってもいいじゃないですか?

 

観た人のいろいろな解釈ができる作品だと思います。でもこの作品も、ジェラール・フィリップという素晴らしい俳優の表現力があってこそです。おすすめです。