イギリスで史上最も長く君主を務めた、女王エリザベス2世の国葬が9月19日、ロンドンのウェストミンスター寺院で執り行われました。世界中から哀悼の声が相次ぎましたね。

 

女王がこれだけたくさんの人に慕われたのは、葬儀を取り仕切られた、ウェストミンスター寺院のデイヴィッド・ホイル首席司祭が言われた「私たちは称賛とともに、女王の生涯にわたる国民への使命感と献身を思い起こす」という言葉に表されているなぁと思います。

 

いつも愛に満ちた笑顔で国民に接してらしたと思い出しました。

 

今年の6月に、エリザベス女王の生誕95年そして在位70周年を記念して製作された長編ドキュメンタリー映画『エリザベス 女王陛下の微笑み』という作品が公開されました。

 

1930年代から2020年代までの貴重なアーカイブ映像を厳選し、女王への深い愛と畏敬の念をもって、ニュース映像の羅列のようなドキュメンタリーとは異なり、女王の生涯を詩的にポップに描き、評判を呼んでいました。

 

現在、追悼上映がされているようです。

 

女王の葬儀を中継で見ていて心に浮かんだ映画がありました。

 

イギリス王室をテーマにした映画や演劇、小説はたくさんありますが、その中でも僕がとても心に残っている映画作品2本を今日は紹介したいと思います。

 

まず1本目は1969年公開の『1000日のアン』です。

 

1948年12月にブロードウェイのシューバート劇場で初演された戯曲を元に映画化されました。作者はアメリカ合衆国の劇作家、マクスウェル・アンダーソンです。

 

その戯曲を脚色したのは、ブリジット・ボランド、ジョン・ヘイルおよびリチャード・ソコロヴの3人。監督はチャールズ・ジャロットです。

 

16世紀のイングランド国王ヘンリー8世の妃アン・ブーリンの物語なのですが、2008年に公開された『ブーリン家の姉妹』という作品も同じテーマを扱っていたのでご存知の方も多いでしょうが、僕は断然『1000日のアン』の方が好きです。

 

《キャスト》

◎ヘンリー8世/リチャード・バートン

◎アン・ブーリン /ジュヌヴィエーヴ・ビュジョルド

◎キャサリン・オブ・アラゴン /イレーネ・パパス

◎ウルジー枢機卿 / アンソニー・クエイル

◎トマス・クロムウェル/ジョン・コリコス

◎ジェーン・シーモア /レスリー・パタースン

 

『あらすじです』

16世紀のイングランド。国王ヘンリー8世(リチャード・バートン)は早世した兄の妻キャサリンを娶り娘を儲けていましたが、男児の世継ぎには恵まれていませんでした。

 

どうしても世継ぎの男子が欲しくて、また年上の妻に飽き飽きしていた王はある日、舞踏会でアン・ブーリン(ジュヌヴィエーヴ・ビュジョルド)という美しい娘を見初めます。

 

しかし、アンは王が姉を愛人にしてその子を庶子としていたこと、自分には婚約者がいることを理由に王の求愛をしりぞけるのです。

 

何としてでもアンを手に入れたい王は、アンの婚約者を別の女と結婚させ、キャサリンと離婚してアンと結婚することを決意します。しかし、強大なカトリック国スペイン出身のキャサリンとの離婚をローマ教皇は認めませんでした。

 

法務官のクロムウェル(ジョン・コリコス)は、教会よりも王が上と囁き、王はローマとの決別を決意するのです。

 

ヘンリーの決断に感激したアンは王と結婚、王妃となったアンでしたが、即位式の日、人々はアンを「王の売春婦」と嘲るのでした。

 

やがて、アンが妊娠、生まれた女の子はエリザベスと名づけられます。男児でないことに落胆した王は、アンの侍女ジェーン・シーモア(レスリー・パタースン)に目を付けます。それに気づいたアンはジェーンを宮廷から追放しますが、男児を死産、王はアンと離婚する方法を考えるようクロムウェルに命じます。

 

クロムウェルは使用人を拷問することによって王妃と姦通したとの偽りの証言を引き出し、また他に4人の廷臣を姦通の罪で逮捕するのです。

 

アンもロンドン塔に拘禁されますが、始めは馬鹿げたことであると考えていました。しかし自分の兄も近親相姦の罪で逮捕されるに至り、ついに自らの運命を知るのです。

 

アンは裁判で姦通を自供した使用人マーク・スミートンを尋問する機会を得て、その証言が嘘であったことを認めさせます。その夜、アンを訪ねたヘンリーは、結婚を無効にすることに同意すれば自由を与えると提案すしますが、アンは拒絶すします。それは娘エリザベスを庶子とする提案に他なりませんでした。

 

数日後、ついにアンは打ち首となります。ヘンリーはそのとき、ジェーン・シーモアと結婚するために館に赴くところでした。アンの処刑を告げる号砲が鳴り響いたとき、アンの娘、エリザベスは宮殿の庭で歩き方の練習に励んでいました…。

 

ウィリアム・シェイクスピア作の歴史劇でも有名なヘンリー8世は、テューダー朝2代目の王です。ローマ教皇の強い影響下にあった当時のヨーロッパで、自分が離婚したいがためにカトリック教会と決別し、英国国教会を成立させ、自ら首長となったことでイングランドを永久に変えたといわれる人物ですね。

 

僕が初めてこの作品を観たのは、小学生の高学年の時、TVの洋画劇場でした。最初はタイトルに惹かれたんです。『1000日のアン』て何だろう?って。

 

アンとヘンリー8世が共に過ごした月日がわずか『1000日』だったということなんですよね。

 

この映画を観てからですね。イギリス王室の歴史に興味を持ったのは。

 

自らの私欲のために権力を振りかざし、女性を後継者の男子を産むためだけの道具のように扱い、従わない側近たちも処刑、虐殺してしまう自分勝手な王、ヘンリー8世。

 

アンと結婚したいがために、キャサリン妃と離婚したいヘンリー8世は、カトリック教会と決別しようとします。それに反対したのがヘンリー8世が最も信頼していたトーマス・モアでした。彼もその為に処刑されてしまうのですが、その顛末を映画化したのが、フレッド・ジンネマン監督、1966年公開の『わが命つきるとも』です。アカデミー作品賞受賞の名作です。

 

アン・ブーリンは最初はヘンリー8世の荒々しく品のない態度を蔑み、侮辱し、最初はヘンリー8世の甘言にも振り向かない、意思の強い女性です。

 

この作品の良いところは、アンをただの悲劇の女性として描いていないところです。

 

好きだった男性に危害を加えるようなことをほのめかすヘンリー8世の命令にはどうすることもできず、アンはキャサリン王妃の侍女として宮廷で暮らすようになります。

 

アンは開き直り、ヘンリー8世の権力で贅沢な暮らしを楽しみますが、決してヘンリー8世には心を許さないのです。愛人ではイヤ。キャサリン王妃と離婚し、結婚すると誓ってくれなければ身体も許さないのです。

 

しっかりとヘンリー8世に対しても、物怖じせず駆け引きの出来る女性として描かれているところが今観ても新鮮に感じるところかも知れません。

 

娘の命を守るためなら、自分が処刑されても構わないというような、裁判中でもきっと前を向き、胸を張ったアンの姿は気高くて美しいです。

 

それでも王妃と言えども、権力の前では屈するしかなかった当時の女性の悲しさが描かれていて胸が痛くなります。

 

世継ぎの男子が産めなかったという理由だけでですよ。

 

アンが産んだ一人娘の幼いエリザベス1世が、宮殿の庭を一人で歩く練習をしているのがラストシーンなんですが、すごく心に残るシーンなんですよ。どこか神秘的で。初めてこの作品を観てからずーと忘れられないシーンでした。

 

この作品は長年、DVD化されなかったのですが、2019年に『復刻シネマライブラリー』さんが発売してくれました。

 

アンを演じたジュヌビエーヴ・ビジョルド良いですよ〜。名優リチャード・バートンを相手に負けてまへん!

 

その後、テューダー朝5代目君主として、45年間もの長きにわたり君臨したのは、ヘンリー8世とアンの娘エリザベス1世です。

 

キャサリン王妃もアンも、生まれる子供が男子かどうかで運命を左右されたにもかかわらず、真の意味でヘンリー8世の後継者となったのは“女王”だったというのは皮肉な話ですよね〜。

 

エリザベス1世には子供がいなかったため、テューダー朝は断絶します。現在の王室にその血は流れていないんです。

 

ケイト・ブランシェットが主演した『エリザベス』(1998年)、エリザベス:ゴールデン・エイジ(2007年)を観ると、その後のエリザベス1世の人生がよくわかると思います。

 

もう一本、紹介したいのが、16世紀のスコットランドに実在した悲劇の女王メアリー・ステュアートの生涯を描いた『クイン・メリー/愛と悲しみの生涯』(1971年)です。

 

この作品の監督は『1000日のアン』と同じチャールズ・ジャロットです。僕の好きな『真夜中の向う側 』 (1977年)の監督でもあります。

 

《キャスト》

◎メアリー・ステュアート/ヴァネッサ・レッドグレイヴ

◎エリザベス1世/グレンダ・ジャクソン

◎ジェームズ・ステュアート/パトリック・マクグーハン

◎ダーンリー卿/ティモシー・ダルトン

◎バーリー男爵/トレヴァー・ハワード

◎レスター伯/ダニエル・マッセイ

◎ボスウェル伯爵/ナイジェル・ダヴェンポート

◎ダヴィッド・リッチオ/イアン・ホルム

◎ギーズ公/ヴァーノン・ドブチェフ

 

スコットランド女王「メアリー・スチュアート」と、イングランド女王「エリザベス1世」の国を背負う指導者としての対極の生き方、対立がテーマです。

 

メアリーの父はスコットランドの王、ジェームズ5世といい、ジェームズ4世と、ヘンリー8世の姉マーガレット・チューダーの子供です。

 

メアリーとエリザベスは従姉ということになります。

 

メアリーの母は、フランスの大貴族ギーズ家の出身で、初代ギーズ公クロード・オブ・ロレーヌの長女です。ジェームズ5世とは再婚です。

 

メアリーは、16歳でフランスのフランソワ2世と結婚し王妃となりますが、病弱なフランソワは病死。18歳で未亡人となったメアリーは、フランソワの母、カトリーヌ・ド・メディシスに疎まれ、故郷のスコットランドに帰国し、再び王位の座に就きますが、家臣の陰謀や内乱などによって何度も王座を追われそうになり、厳しい運命に翻弄されていきます。

 

メアリーは、華やかなフランス王宮に嫁いだということもあり、教養に長け、勉学は優秀、語学も堪能。リーダーとしての指導力もありながら、自分よりも身分が低い者(侍女や兵士)に対しても優しく接する心の持ち主だったと言われています。しかも容姿にも恵まれていたそうです。

 

かたやエリザベス1世は、メアリーと同じく幼い頃から魑魅魍魎が蠢く王室の中で誰も頼れるものもなく、生きて来たからか、攻撃的で力で全てを支配しようとするタイプ。そうならざるを得なかったかも知れないですけどね。

 

メアリーと違い、天然痘に苦しみ、美にコンプレックスを持っていたとも言われていますし、生涯独身で子供もいませんでした。

 

一国の統治者として、強くあらねばならないとエリザベス1世が女であることを捨て、戦って生きたからこそ、今のイギリスがあるのかなとも思います。

 

後の大英帝国発展の基礎を確立したともいえるような女性でしたからね。

 

逆にメアリーは、美しいが故に、優しいが故に、権力だけを持つどうでも良い男たちに翻弄され、蹂躙され、悲しい生涯を終えることになります。

 

でも、怖いものなんかないようなエリザベス1世が唯一恐れた女性がメアリー・ステュアートだったんです。

 

メアリー・ステュアートがエリザベスの祖父でもあったヘンリー7世のひ孫であり、スコットランド王であると同時にイングランドの王位継承権を持っていたことに加えて、彼女の背後にはカトリックという強大な組織が控えていたからなんです。

 

カトリックの立場からすれば、ヘンリー8世が自分達の合意を得ずに勝手に離婚して再婚したアン・ブーリンとの間にできた子供は云わば私生児にすぎず、エリザベスはイングランド王位を継承する正当な権利など持たないニセの王様であるとカトリックは判断していたのです。

 

これに対して、そのような系図上の問題が存在しないメアリー・ステュアートこそが正当な王位継承者であるとカトリックは見なしていました。

 

そんな隠れた力を秘めたメアリー・ステュアートが、イングランドの裏庭とも云えるスコットランドに君臨していては、さすがのエリザベスも落ち着いてはいられなかったということなんです。

 

エリザベスはもともとは寛容な人物で、感情に流されず理性的に物事を処理する女性でしたが、自分の女王としての正統性に対する疑いの念を持たれ、王位が脅かされることはどうしても見逃すことはできなかったんですね。

 

種々の計略を図り、エリザベスはメアリーを確固たる理由もないまま18年間、監禁、幽閉してしまいます。

 

メアリーはなんとしても自由と権力を取り戻そうと何度も計画しますが失敗を繰り返し、エリザベスに対する憎悪と復讐の念がメアリーの生きる糧となっていきます。

 

そして、メアリーにエリザベス暗殺未遂と言う罪をなすりつけ、「イングランド女王暗殺」を計画した罪でメアリーは死刑を宣告されるのです。

 

メアリー・ステュアートとエリザベスの対立は表面上は王位継承に関するものですが、忘れてはならないのはバックに旧教(カトリック)と新教(英国国教会)の対立があったことでしょうね。

 

この時代に限らずヨーロッパの歴史における政治史の裏側には、ほとんど常に宗教的対立が存在したと言えるのではないでしょうか。

 

宗教とはなんだと、考えてしまいますね。

 

長い幽閉生活に耐え、断頭台で誇り高い生涯を閉じたメアリーを演じたヴァネッサ・レッドグレーヴの繊細な演技。エリザベス1世を演じたにグレンダ・ジャクソンの名演。名女優同士の若き日の演技対決が見どころの名作です。

 

1603年、エリザベス1世は亡くなります。エリザベスの遺言によってメアリーの息子ジェームス6世がジェームス1世として王位を継ぎ、イングランドとスコットランドは一つになり、連合王国が生まれました。

 

メアリー・スチュアートの血筋は現代のイギリス王家に引き継がれています。

 

現在ロンドンのウエストミンスター寺院の地下墓地にメアリー・スチュアートとエリザベス1世は眠っています。

 

エリザベス2世もウエストミンスター寺院に葬られるのですね。

 

感慨深いですね。

 

『クイン・メリー/愛と悲しみの生涯』は過去にNHK-BSだったか…で放送された時に一度だけ観ただけなんです。

 

DVD化されてないんですよね〜悲しい。

復刻シネマライブラリーさん、ぜひこの作品を探し出してDVD化してください。

 

お願いします。