今日もDVDコレクションの中から、ひとり『若尾文子映画祭』開催〜。

 

第五回目の作品は…増村保造監督『女の小箱より「夫が見た」』です。

パチパチパチ〜。

 

『女の小箱より「夫が見た」』(1964年 大映)

〈スタッフ〉

企画:塚口一雄 、 三熊将暉

原作:黒岩重吾

脚色:高岩肇 、 野上龍雄

監督:増村保造

撮影:秋野友宏

音楽:山内正

美術:渡辺竹三郎

照明:伊藤幸夫

録音:飛田喜美雄

編集:中静達治

 

〈キャスト〉

川代那美子:若尾文子

川代誠造:川崎敬三

石塚健一郎:田宮二郎

西条洋子:岸田今日子

青山エミ:江波杏子

吉野元男:千波丈太郎

津村光枝:町田博子

大曽根大作:小沢栄太郎

 

 

◎『女の小箱より「夫が見た」』こんな物語です。

敷島化学工業の株式担当課長、川代誠造(川崎敬三さん)は、会社の株を大量に買い占めて、会社乗っ取りを画策しているナイトクラブ経営者の石塚健一郎(田宮二郎さん)の動向を重役たちの命令で探るため、会社から渡される工作資金を使い、石塚の店の秘書エミ(江波杏子さん)と不倫関係になり情報を聞き出していました。

 

その為、川代の帰宅はいつも深夜を回っていました。そんな川代を毎晩一人で待つことに妻の那美子(若尾文子さん)は嫌気がさしていました。半年も夫は疲れたと言って、那美子を抱いてくれていなかったからです。

 

友人の産婦人科の女医に、身体を診察してもらったおりに、自分の今の境遇を那美子は不満げに漏らすのです。女医は気晴らしにと、自分の行きつけのナイトクラブへ那美子を誘います。そこは石塚がオーナーで、洋子(岸田今日子さん)という女性がマダムのお店でした。

 

女医は那美子を石塚に紹介します。那美子をひと目で気に入った石塚は、那美子が川代の妻だと知り興味を持つのです。親しくなれれば、株の買い占めに有利な情報を引き出せるかもしれないという下心もありました。

 

ある時、エミと川代の関係に気づいた石塚は、那美子にそのことを知らせ、那美子を川代から奪い取ろうとします。石塚は次第に那美子を愛するようになっていたのです。

 

強引だが素直で純粋な石塚に、那美子も惹かれ始めます。ところがその晩、エミが何者かに殺され、川代と石塚のふたりに容疑がかかってしまいます。やがてエミ殺しの真犯人は捕まったものの、川代は責任を取らされ、降格処分を受け、自宅待機を命ぜられます。

 

追い詰められた川代は自社株さえ取り返せば復職できると考え、那美子に身体を売ってでも石塚に株を売るよう頼んで欲しいと懇願します。

 

石塚の真意を確かめるため引き受けた那美子は、長年の夢を捨て株を売って私と一緒になるか、夢を選んで私を諦めるかの選択を石塚に迫るのです。

 

果たして石塚の出した答えとは…。

 

まだご覧になってない方のためにこの辺にしておきますね。

 

『女の小箱より「夫が見た」』の原作者は1961年に、大阪釜ヶ崎を舞台に、社会の底辺に生きる人々を相手にする病院で展開する医療ミステリー『背徳のメス』で直木賞を受賞された黒岩重吾さん。以来、社会派ミステリーの書き手として注目され、金銭欲・権力欲に捕らわれた人間の内面を巧みに抉った風俗小説、企業ものなど現代小説を数多く手掛けられました。昭和40年代後半からは古代史への関心を深められ、『天の川の太陽』(吉川英治文学賞)など古代史小説を数多く手がけ第一人者となられ、平成15(2003)年、79歳で亡くなられました。

 

黒岩さんの初期の作品は、現在、古本を探さなければ読めないものも多いので、電子書籍化されて気軽に読めるようになれば良いなと思います。

 

田宮二郎さん主演の『真昼の罠(1962年』『脂のしたたり(1966年)』の原作も黒岩重吾さんです。

 

僕は『真昼の罠(1962年』も大好きです!

 

『女の小箱より「夫が見た」』は、数ある増村保造監督の作品の中でも断トツに好き!と言える作品です。

 

少し前に、同じ増村監督の『妻は告白する』について、初めて観た時は「変な映画を撮る監督だな」と思ったとこのblogに書いたのですが、何年か後に『女の小箱より「夫が見た」』を観た時、魂を撃ち抜かれたんですよ〜僕は〜(笑)。

 

最初は女の小箱?夫が見た?変なタイトルだなぁ。前は「妻は告白する」だったし〜。でも大好きな田宮二郎さんと若尾文子さんの共演だし観てみるか、みたいな軽い気持ちで観初めて、観終わって、すごい感動して、増村保造ってなんてカッコいい映画を撮る人なんだ!としばらく呆然としたことを覚えています。

 

変な映画を撮る人なんて言ってすいません!(笑)。

 

初めて観たのは高校生の頃でした。それから、増村監督の作品はソフト化されていたものは、バイトをしてお小遣いを貯めて、少しづつ買い集めました。

 

1962年に大映は梶山季之さん原作の産業スパイ・サスペンス『黒の試走車』を増村監督、田宮二郎さん主演で映画化し、大ヒットします。その後、「黒シリーズ」として1964年の『黒の超特急』まで全11作の人気シリーズとなり、サスペンス、ミステリー、殺人、恐喝、恋愛とセックスから戦後日本の暗い過去などをテーマにした男性映画路線が定着します。

 

『女の小箱より「夫が見た」』はその男性映画路線で人気があった田宮さんと若尾さんを共演させて、新しいものができないかと企画されたのかも知れませんね。

 

黒岩重吾さんは当時、産業スパイをめぐる「サラリーマン・スリラー」を数多く手掛けられていて、ベストセラー作家でいらしたし、黒シリーズ第6作『黒の駐車場』の原作者でもありましたから。(原作タイトル「廃墟の唇」)

 

原作の連載が始まった1962年は、日米安全保障条約改定が発効。女優のマリリン・モンローが死去。連載が終わった1963年は、ケネディ大統領暗殺。映画化された1964年は、世界初の高速鉄道、東海道新幹線開業。アジア初の近代オリンピックとして、東京オリンピックが日本で開催。中華人民共和国が初の核実験。1960年代ってベトナム戦争が泥沼化し、中国では文化大革命、中東では第三次中東戦争が勃発したり、激動の時代なんですよね。

 

黒岩さんの原作では、石塚と那美子の関係もサスペンス・ロマンとして、ストーリーに少し花を添える程度で、若尾さん演じる那美子の微妙な心理描写や複雑な葛藤などは深く描きこまれていないそうです。

 

そんな原作でも、監督の手にかかれば、純粋に「愛」だけを求める一人の女の激情のドラマになるのです〜。

 

増村監督はこうおっしゃっています。

「『夫が見た』は産業スパイ映画でもなく、犯罪ミステリーでもなく、エロ映画でもなく、正に恋愛映画なのだ」。愛は「関係」などと言う抽象的なものではない。肉体によって成り立つ、実在のものである。相手の生々しい裸の肉体を噛み、抱きしめることによってのみ、充足されるものなのである。

 

良いですね〜。増村監督の迷いのない「愛」というものに対する信念と言いますか、スパッと言い切れる強さにいつも僕は共感し、納得してしまいます。

 

監督のおっしゃることは良くわかります。言葉じゃないんですよ。何も言わなくても抱きしめた手の力強さや、肌の温もり、重ねた唇の熱さに叶うものなんか無いでしょう?

 

那美子が石塚に「仕事か自分か」と選択を迫る印象的なシーンがあります。この作品の白眉です。

 

那美子が言います。

「石塚さん、あなた、あなたの夢とあたくしとどっちが欲しいの?川代の様にやっぱり男の夢が大切?アタクシなんかどうでもいいの?愛するって、愛する女のために何もかも捨てることじゃなくって?あたしを愛しているなら、あたしのためにあなたの夢を捨てて欲しいの。あたしはありきたりの平凡な人妻よ。こんなこと言うの、思い上がってる?バカ?子供?でもそれが女よ。ねえ、はっきり言って。私を愛してる?」

 

那美子は29歳の設定です。良い歳をして子供じみた事を言ってると思う人もいるでしょう。でも僕は一語一語、噛みしめる様に田宮さん演じる石塚にすがるように問いかける若尾さん演じる那美子のいじらしさと素直さに、心を打たれずにはいられないのです。気高さを感じます。

 

僕が増村監督作品のヒロインを観ていて、いつも感動するのは、どんな状況に置かれても、皆誰一人、自分を誤魔化したり、「嘘」を言わないところです。

 

「お金なんていらないわ。あなたの愛だけがほしいの」

 

僕にもそこまで言えるような彼氏、現れないかなぁ〜田宮二郎さんのような。フフフ(笑)。

 

那美子は映画の中では触れられてはいませんし僕の勝手な想像ですが、両親とは早くに死に別れ、実の兄夫婦(映画に出てきます)に世話になって育ち、兄の紹介で川崎敬三さん演じる川代誠造と見合いで結婚しましたが、それまでは男性経験はなかったと思うのです。

 

結婚した理由は世話になった兄の顔を立てる為、川代は有名企業の課長職で収入も安定しているし、世間体が良いというだけの理由で。(兄の強引な進め)

 

この兄は、川代と別れ、石塚の元へ行こうとしている那美子を平手打ちするような男です。

 

那美子の夫・川代は、権威に対して盲目的に服従しますが、自分の利益や快楽だけを追求し、他人の迷惑など一切考えず、わがまま勝手に振る舞う、出世のことしか頭にないエゴイストです。

 

那美子に対しても、女は仕事のための道具でしかない、と虚勢を張り、石塚の秘書エミを会社の金を使い、情報を得る目的とか言いながら愛人にしている男です。

 

川代を演じる川崎敬三さん。本当は、姑息で小心者なので重役の前ではお追従ばかり言って、那美子の前では威張り腐り、嫌がる那美子を力づくで犯すダメ男を軽妙に巧みに演じてらっしゃいます。

 

ナイトクラブを経営し、川代の会社を買収しようと目論んでいる若き実業家・石塚を演じる田宮二郎さん。良いですね〜。大好きです。どの角度から写されても完璧な造形!素敵です。

 

石塚も川代と同じ、女は仕事の道具としか考えていない男で、会社乗っ取りの目的のため、川代が保管している株主リストを入手しようと那美子に近づいたのですが、那美子の美しさと正直さに次第に惹かれてゆくのです。

 

これも僕の想像ですけど、石塚も早くに両親を無くし、子供の頃から苦労をし、学歴も家柄も後ろ盾も何もなく、一人の力で今の場所までのし上がった男じゃないのかなと思います。

 

その為には、誰も愛せず、愛さず、孤独に生きてきた男じゃないのかなんて想像してしまいます。

 

石塚がオーナーのナイトクラブのマダム・洋子を演じる岸田今日子さん。10年近く、石塚を金銭面でささえる為、自分の肉体を金持ちの男たちに与え続け、その報酬が株を買う資金に使われる…。その為に体を壊し、長くは生きられないと感じながらも石塚から離れられない女性の悲しみと苦しみ、狂気を見事に演じ切ってらっしゃいます。最高です。

 

石塚を愛しているから、石塚に嫌われたくないから、愛してもいない男たちにおもちゃにされることを受け入れている洋子の叫びが聞こえてくるようです。

 

岸田さんは滾るような情念を心に押さえ込んで生きている女性を品格溢れる演技で魅せてくれます。

 

自分の愛を成就させるには、この方法しかない…とラストで洋子がとる行動もエゴイズムだとしても一つの「真実の愛」だと思えます。

 

僕は、那美子、石塚、洋子の気持ちが凄くよくわかるんです。誰も悪くないんですよ。

 

那美子がにこりともせず一点を見つめ、自宅の浴槽に浸かっているタイトルバックを見るだけで、那美子という女性は何かに幻滅し、絶望している孤独な女性なんだと感じます。上手いファーストシーンです。

 

石塚と那美子の出会いは、孤独に生きてきた者同士の、運命の出会いだったように思います。

 

この作品は照明が良いですね〜。照明の伊藤幸夫さんは、日本映画テレビ照明協会主催の「伊藤幸夫賞」に名を残す方で、増村監督、若尾さん主演の『清作の妻』、『妻二人』でも照明を担当されています。

 

川島雄三監督の『しとやかな獣』、小津安二郎監督『浮草』、市川崑監督『私は二歳』、『黒い十人の女』、『おとうと』、『鍵』、溝口健二監督『赤線地帯』、吉村公三郎監督『夜の蝶』、『婚期』なども伊藤幸夫さんが照明を担当されています。名作揃いですよね。

 

衝撃的なラストの神々しいようなシーンも、伊藤さんの照明があってこその名シーンだと思います。

 

「愛」を求めて生きた女と「愛」のために全てを捨てた男の究極のラブ・ストーリーです。傑作です。