こんにちは。

 

 1936年(昭和11年)に大阪松竹少女歌劇団(OSK)に入団。娘役スターとして戦時中に活躍し、1949年(昭和24年)に大映に入社、女優デビューされ、後輩の若尾文子さん、山本富士子さんと共に、官能的な肉体美を武器に数々の名作に出演し、大映の看板女優として大活躍した京マチ子さんが2019年(令和元年)5月12日、入院していた都内の病院で心不全のため亡くなられました。享年95歳。

 

95歳というご高齢でしたから、いつかはとは思っていましたが、ネットで飛び込んでき芸能ニュースで京さんの訃報に接した時はショックで、しばらく動きが止まってしまいました。

 

今年の2月から3月にかけて、角川シネマ有楽町で開催された『京マチ子映画祭』で艶やかで美しい京さんの演技を堪能したばかりだったのに…。

 

淋しいですね。

 

今日は、京マチ子さんを偲んで、僕のDVDコレクションの中から1957年(昭和32年)に公開された、『夜の蝶』を久しぶりに鑑賞したので、その感想を書いておきます。

 

『夜の蝶』

【スタッフ】

監督:吉村公三郎さん 製作:永田雅一さん 原作:川口松太郎さん 脚色:田中澄江さん 企画:川崎治夫さん 撮影:宮川一夫さん 音楽:池野成さん 美術:間野重雄さん 録音:橋本国雄さん 照明:伊藤幸夫さん

 

【キャスト】

マリ:京マチ子さん おきく:山本富士子さん けい:穂高のり子さん 秀二:船越英二さん 白沢一郎:山村聰さん 木崎孝平:小沢栄太郎さん 原田修:芥川比呂志さん 浅井君子:近藤美恵子さん 早苗:川上康子さん 文江:叶順子さん かずえ:市田ひろみさん ジミー:川崎敬三さん おきくの酔客:高松英郎さん フランソワの客:中村伸郎さん、宮口精二さん、三津田健さん、十朱久雄さん

 

【ストーリー】

銀座の一流バー、フランソワのマダム・マリ(京マチ子さん)は派手で明るい性格の女性。政治家や人気作家とも付き合い、客あしらいが上手く、経営手腕も高い。その銀座へ、京都の舞妓上りのおきく(山本富士子さん)が新たにバーを開業することになります。

 

おきくは各酒場に挨拶廻りをしますが、その中にはマリの妹分けい(穂高のり子さん)のバーもありました。おきくは、けいの恋人で女給周旋業の秀二(船越英二さん)に現金五万円を積み、女給の周旋を依頼し、マリの陣営の一角を切り崩そうとします。マリも負けじと対抗し、この戦は夜の銀座の話題となるのです。

 

マリとおきくの因縁は古く、かつて大阪で結婚したマリの夫が京都に囲った女がおきくだったのでした。おきくはマリの夫の死後、京都にバーを出店し、一方、若い医学生・原田(芥川比呂志さん)に稼いだ金を貢いで、将来の結婚を夢みています。

 

かくして二人のマダムは凌ぎをけずり合っていましたが、ここに関西の堂島デパートの社長・白沢(山村聰さん)が東京に進出すべく、腹心の木崎(小沢栄太郎さん)を参謀格に東京に乗り込んできます。

 

マリ・おきくの戦いはますます白熱化することになります。マリは白沢をひそかに恋い慕っていましたが、実は白沢はおきくのパトロンで、彼女の銀座進出に出資し、正式の結婚さえ望んでいたからです。

 

おきくの本心は原田との結婚にありましたが、原田は同僚の女性・浅井(近藤美恵子さん)と密かに結ばれており、おきくの恋心は無残にも打ち砕かれるのでした。

 

一方、白沢の東京進出は木崎の裏切によって敗れ、そのことを知ったマリは積極的におきくの心は自分にはないと気づいた白沢に近づき、意気投合した二人は白沢の大磯の別荘へ泊まるべく夜の京浜国道へ車を走らせます。

 

勝ち誇った様子でマリはおきくに電話をします。恋に破れたおきくはバーで酔いつぶれていました。二人のことを聞いたおきくは、白沢に言いたい事があるといって、自ら車を運転し、二人のあとを追いますが、酔った身体で興奮状態のおきくは、前後不覚となり、白沢の運転する車にぶつかり、崖から車は転落し、マリ・おきくはあっけなく死んでしまうのでした…。

 

『夜の蝶』の原作者は、『風流深川唄』、『鶴八鶴次郎』、『明治一代女』で第1回直木賞を受賞し、数々の名作を生み出してきた、昭和を代表する小説家・劇作家の川口松太郎さんです。

 

田中絹代さん、上原謙さん主演で大人気を博した『愛染かつら』の原作者としても有名です。映画会社「大映」の制作担当専務取締役でもありました。

 

奥様は女優の三益愛子(後妻)さん。三益さんとの子は俳優の川口浩(長男)さん、川口恒(次男)さん、川口厚(三男)さん、元女優で陶芸家の川口晶(長女)さん。

 

『夜の蝶』は昭和30年代、銀座で人気を二分していた実在のクラブのマダム2人をモデルに川口松太郎さんが書かれた作品です。

 

京マチ子さんが演じた、フランソワのマダム・マリのモデルは銀座の老舗クラブ『エスポワール』の川辺るみ子ママで、山本富士子さんが演じたおきくのモデルは元京都祇園の伝説の芸妓で、東映仁侠映画のプロデューサー、俊藤浩滋さんの妻であり、伝説の銀座文壇バー「おそめ」のマダム上羽秀さんです。

 

ちなみに女優・富司純子さんは、俊藤浩滋さんの前妻のお子さんです。

 

ノンフィクション作家の石井妙子さんが、一世を風靡した銀座マダム上羽秀さんの生涯を、綿密な取材に基づき、約5年の歳月を費やして執筆された『おそめ』という本は大変面白い傑作ですから、興味のある方は是非読んでみていただきたいと思います。

 

『夜の蝶』には、山村聰さん演じる堂島デパートの社長・白沢という男性が出てきますが、1964年(昭和39年)に国鉄新宿駅ビル(現:ルミネエスト新宿)が完成したのですが、百貨店の高島屋はそのビルに出店したかったんです。

 

当時の国鉄は戦災復興や需要の急増に対応するための駅舎の改築が急務で、資金が不足しているため「民衆駅」という形で民間資金を導入して、駅舎の増改築を行っていたのです。その制度を使って高島屋の資本を入れて新宿駅東口駅舎を改築して駅ビルにしようとしたのですが、これに対して地元商店が反対運動を起こし(昭和30年)、地元新宿の伊勢丹や新宿進出を狙う西武がからんできで、東西百貨店戦争が勃発したのです。

 

結果、西武グループが主体の競合他社の反撃で、高島屋を排除し、地元商店街の権益を守るため、新宿ステーションビルは百貨店形式をとらず、4社共同出資の専門店ビルになったのです。

 

『夜の蝶』での山村聰さん演じる堂島デパートの白沢さんのキャラクターは、当時話題になっていた、この東西百貨店戦争に関わっていた誰かをモデルにしているのだと思います。

 

現在、高島屋は新宿駅新南口に『新宿高島屋タイムズスクエア』として、1996年(平成8年)に開業し、悲願の新宿出店を果たしたのでした。

 

川口松太郎さんは、夜の世界で有名だった二人のバーのマダムと、経済界を揺るがした当時の“デパート戦争”を巧みに物語に取り入れてますよね〜。

 

監督は「女性映画の巨匠」と呼ばれた吉村公三郎さんです。

 

岸田國士さん原作『暖流』の高峰三枝子さんや『安城家の舞踏会』の原節子さん、京マチ子さんでは『偽れる盛装』など主演女優の魅力を引き出す能力に優れた監督さんです。

 

『夜の河(1956年)』では、山本富士子さんを女優開眼させ、京マチ子さんでは、『女経 第三話 恋を忘れていた女(1960年)』、『婚期(1961年)』、山崎豊子さん原作の『女の勲章(1961年)』も忘れがたいですね〜。

 

『夜の素顔(1958年)』、『その夜は忘れない(1962年)』、『越前竹人形(1963年)』の若尾文子さんの美しさもいつまでも心に残ります。

 

大好きな監督のお一人です。

 

『夜の蝶』で言えば、女性同士が摑み合いの喧嘩をしたりするような品のない描き方はせず、(でもそんなシーンが多い五社英雄監督も好きですけど)心の奥に炎のように燃え盛る野心や執念、渦巻く嫉妬、といった目に見えないものを、誰にでも分かりやすく、娯楽に徹して絶妙に表現してくれる名監督だと思います。

 

脚本は、田中澄江さん。

めし(成瀬巳喜男監督、1951年)、稲妻(成瀬巳喜男監督、1952年)、晩菊(成瀬巳喜男監督、1954年)、夜の河(吉村公三郎監督、1956年)、流れる(成瀬巳喜男監督、1956年)、美貌に罪あり(増村保造監督、1959年)、女の橋(中村登監督、1961年)、放浪記(成瀬巳喜男監督、1962年)、うず潮(斎藤武市監督、1964年)など、深みのある女性描写に定評のある名脚本家です。名作ばかりですよね。

 

『夜の蝶』では銀座の華やかな表舞台だけでなく、ボーイさんや酒屋さん、ホステスを目指して田舎から銀座へ出てきた女の子や、花屋さんなど様々な裏方たちの人間模様や風俗が生き生きと描きこまれています。

 

撮影は、稲垣浩さん、溝口健二さん、黒澤明さんらが監督する作品のカメラマンとして世界に知られる、日本映画界を代表するカメラマンである宮川一夫さん。陰影があり、斬新で個性的な構図が美しいです。

 

『夜の蝶』の撮影では銀座ロケとスタジオセットを使い分けているのだと思いますが、当時の夜の銀座のネオンの煌びやかさ、今は失われてしまった銀座の路地風景の猥雑さ、ゴージャスなバー店内の華やかな照明(照明:伊藤幸夫さん)や、蝶のように飛び回るホステスたちのドレスの華やかさ…。宮川さんは巧みにフイルムに焼き付けてくれています。

 

スタジオセットの美術デザイン(美術:間野重雄さん)も素晴らしいんです!さすが大映の美術スタッフです。バー店内の高級感溢れる洗練されたインテリアも見ものですよ〜。

 

しかし、一番の見ものは、主演の京マチ子さんと山本富士子さんの火花散る演技合戦です〜。どんこ椎茸のような、肉厚なお二人の緊張感あふれる演技に圧倒されます(笑)。

 

身につけているアクセサリーやバッグ一つにしてもちゃんと意味があり、着物の柄や色でちゃんと二人の性格分けもされているんですよ〜見事ですよね。

 

お互いに余裕をかましつつ(笑)、優雅に振舞ってはいても、笑顔の裏ではライバル心を燃やし、少しでも弱みを見せれば足元を掬われる…そんな女性同士の意地の張り合いを、ある時はエレガントに、ある時は下品に生々しく、京さんと山本さんお二人は演じ切っていて、これぞ女優芝居!お見事!と拍手喝采をしたくなります。

 

芳醇な色香と大人の女性としての堂々たる貫禄は、現代の女優さんにはない美しさだと思います。

 

台詞もなく、二人が向かい合っているだけで、バチバチと火花が見えそうです(笑)。

 

音楽家を目指していましたが、戦争で手を負傷し、夜の銀座を彷徨ってているうちに女給を斡旋して金を稼ぐようになった秀二を演じる船越英二さんがまた良いんです。

 

秀二を狂言回しとして、ストーリーが展開します。

 

ダメ男に見えますが、部屋にはビアノがあり、作曲家になるという夢は捨てきれずにいる男なんです。

 

ベージュのコート姿で、銀座の夜の街を彷徨う姿が哀愁があって素敵です。大好きな俳優さんのお一人です。

 

中村伸郎さんや宮口精二さん、十朱久雄さん、三津田健さん、高松英郎さんら芸達者な名優たちをバーの客として、わずかなシーンですが配し、作品に品格と厚味を与えています。

 

彼らの何気ないセリフやリアクションで、複雑に入り組んだ人間関係を分かりやすく説明してくれるんです。上手いです。

 

デビュー直後の新人だった叶順子さんがバー「フランソワ」の女給役、声を聞くだけで、この人はスターになるなと思わせます。まだエキストラ時代の田宮二郎さんが秀二の旧友役で本名の柴田五郎でほんのワンシーン顔を出しています。2枚目ですよ〜。一瞬ですけれどハッとさせられます。スターなる人はやはりどこかが違います。

 

秀二の弟分ジミー役を演じているのは、当時24歳の川崎敬三さん。チャーミングでハンサムなんです。もっと評価されていい俳優さんですね。

 

こんな見所いっぱいの作品なんです。

 

何度観てもその都度、発見があり、感動がある、これこそ名作と呼べる作品ではないでしょうか。『夜の蝶』にはそれがあります。

 

京マチ子さん、たくさんの感動をありがとうございました。

 

ご冥福をお祈りいたします。

 

『夜の蝶』は映画が公開された昭和37年に、劇団新派により舞台化されました。主演は花柳章太郎さん、初代水谷八重子さん。

 

その『夜の蝶』が、今年6月に、新派文芸部の成瀬芳一さんが構想も新たに脚色を加え、新派の女方・河合雪之丞さんと、現代演劇の女方・篠井英介さんで三越劇場で上演されるようです。

 

観に行く予定にしてるので、河合さんと篠井さんが、どれだけ映画版に迫れるか楽しみにしています。

 

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