こんにちは。

 

今日は、2 月に池袋の東京芸術劇場プレイハウスで観た舞台『密やかな結晶』の感想を書いておこうと思います。

 

『密やかな結晶』    

〈スタッフ〉

原作:小川洋子さん 脚本・演出:鄭義信さん

美術:土岐研一さん 音楽:久米大作さん

照明:増田隆芳さん 衣装:山下和美さん

ヘアメイク:林摩規子さん 舞台監督:榎太郎さん

主催・企画制作:ホリプロ

宣伝美術:森本千絵さん

 

〈出演〉

石原さとみさん 村上虹郎さん 鈴木浩介さん 藤原季節さん 山田ジェームス武さん 福山康介さん 風間由次郎さん 江戸川萬時さん 益山寛司さん キキ花香さん 山村涼子さん 山内圭哉さん ベンガルさん

 

◎STORYです。

海に囲まれた静かな小島。この島では“消滅”が起こるのです。香水や鳥、帽子など、様々なものが、“消滅”していきました。“消滅”が起こると、島民は身の周りからその痕跡を消去し始め、同時にそれにまつわる記憶も減退していくのです。

 

『わたし(石原さとみさん)』は、この島に暮らす小説家。近所に住む『おじいさん(村上虹郎さん)』とお茶を飲みながら話をするのが日課という静かな毎日。おじいさんは、わたしのことを赤ん坊の時から見守り続けていますが、その頃からずっと若者の容姿をしています。わたしの母は秘密警察(山内圭哉さん)に連行され死んだのでした。鳥の研究家だった父も亡くなり、おじいさんだけが心安らぐ存在でした。

 

この島にも、少数ではあるが記憶が“消滅”しない人、記憶保持者がいます。彼らはそのことを隠して生活していますが、秘密警察は手を尽くし、彼らを見つけて連行するのです。島民が恐れる記憶狩りです。

 

記憶狩りが激化する中、わたしの担当編集者R氏(鈴木浩介さん)から、記憶保持者であることを告白されます。もう二度と、大切な人を秘密警察に奪われたくないと思うわたしは、R氏を守るため、自宅の地下室に匿うことを決意します。わたしの身を案じるおじいさんは R氏の存在を危険視しながらも、わたしのため R氏を匿うサポートをするのでした。

 

ナチスからユダヤ人を匿うような緊張の日々の中、わたしと R氏の心の通い合いは深くなっていきます。R氏はわたしに、人間の生活に寄り添っていた些細な物たちがいかに愛おしいか、本来の豊かな記憶の世界へ引き戻そうとします。しかし、おじいさんにとってその行為は、わたしを秘密警察の記憶狩り対象者にすることに等しいのです。

 

記憶を失うことでわたしが『わたし』ではなくなってしまうことを防ごうとする R氏と、わたしを危険にさらさず、島の世界の道理に順応して生きることで彼女を守りたいというおじいさん。考え方は全く違いますが、わたしを大切に想う気持ち、守りたいという気持ちが二人をつないでいました。

 

秘密警察の苦悩、R氏の抑圧感、おじいさんのジレンマ、わたしの恐怖…

 

様々な想いを抱えた島では、「消滅」がさらに増えていくのです。

 

4人はどう生きるのか。最後に消えるのはいったい何なのか…。

 

この舞台を観終わった後、とても素敵な舞台を観たなぁという気持ちで一杯になりました。

 

小川洋子さんが書かれた原作を、僕は出版された当時(1994年)に読んでいました。

 

僕が初めて小川洋子さんの小説を読んだのは、1991年でしたか、第104回(1990年下半期)芥川賞を受賞した『妊娠カレンダー』という作品でした。

 

何故、手に取ったのかは記憶にはないのですが、それまでもいろんな作家さんの本は読んでいましたが、読後、今まで読んだことの無い新しい感覚を持った作家さんだな〜と思ったことは覚えています。僕の好みに合ったんですね〜。

 

人間の心理の細やかな移ろいを、柔らかそうに見えて、鋭く突きつけてくるように文章にできる方という印象でした。

 

文体は簡潔で美しく、透明感があり、物語の奥底には人間の得体の知れない怖さが秘められているのに、読んていると心地よい不思議さ…。

 

小川さんと言えば、2004年、記憶が80分しかもたない数学博士と家政婦の母子との交流を描き、読売文学賞、本屋大賞を受賞した『博士の愛した数式』が有名ですよね。2006年に寺尾聡さん、深津絵里さんで映画化もされました。

 

僕は小川さんの作品は何作か読ませていただいていますが、『密やかな結晶』が一番好きな作品でした。僕のそこそこの読書歴の中でも心に残る一作です。

 

「消滅」と呼ばれる現象が起きる、ある島での物語なんです。 実際に目の前から消えるという意味の消滅ではなくて、 それに関する記憶を失ってしまうことを人々は「消滅」 と呼んでいるんですね。しかし中には「消滅」がおきない人もいるのです。そういう人々は「レコーダー」と呼ばれ、見つかれば秘密警察に連れ去られ、二度と会うことは叶わなくなるのです。

 

そんな不思議な現象を人びとは自然に受け入れ、静かに暮らしているんです。

 

リボン、香水、切手、薔薇など身の回りの物から、図書館のような建物まで、一つづつ消えてゆくのです。

 

例えば薔薇が消滅すると人々は、川や海に流し、枝は燃やしてしまいます。そして2、3日もすると薔薇のことを忘れ、何事もなかったように暮らし始めます。

 

人間の肉体も足、腕、手が次第になくなり、最後は声だけとなり、”さようなら”の声を残して消えていく…

 

何故、そんなことが起きるのか? 誰がそうさせているのか? 最後まで説明はありません。でもピンッと張りつめたような文章を読み進めていると、心がシンシンと冷たい哀しさで満たされて行くような感覚に落ちいるのです。静謐で淡々とした筆致に胸が揺さぶられます。

 

この本を読んだ当時、これは映像化するのは難しいだろうと思いました。そう思った通り、ドラマ化も映画化もされずに今に至ります。

 

その作品が舞台化されると知った時は驚きました(笑)。

それも石原さとみさん主演で!

 

石原さとみさんはこうコメントをしていました。

 

ここ何年もずっと舞台への思いを強く持っていたので、4年ぶりに舞台に立たせて頂けることを心から嬉しく思います!

 

実は今回の『密やかな結晶』は、原作を読み、是非これを舞台化して演じてみたいと思い、お願いした作品です。ですので、特に思い入れが強く、今はただ実現していく高揚感に浸っています。

 

記憶が消えてしまう恐怖と悲しいくらいの柔軟性、そして大切な人を守る事で抱く忘れたくない感情を、舞台上でどう感じられるのか今から楽しみで仕方ありません。

 

演出の鄭さんは、「焼肉ドラゴン」や「ぼくに炎の戦車を」など、作品を観客として観る度に圧倒されていました。いつか鄭さん演出の舞台に出演したいと願っていたので、今回ご一緒できることになり心から感謝の気持ちでいっぱいです。

 

村上虹郎さん、鈴木浩介さんはじめ、共演者の皆さんとともに早く稽古に入りたいです!出演を願ってやまなかった舞台、新年明けて2月に本番です!心から楽しみにしています!

 

僕はこれを読んだ時、とても嬉しく思いました。自分が演じてみたいと思う作品に出会った時、積極的に「私、演りたいんです!」と手を挙げ、実現させる行動力にです。

 

石原さとみさんのこの強い想いがなければ、この舞台化は有り得なかったんだと思うからです。

 

そんな熱意が伝わる、本当に良い舞台でしたよ〜。

 

鄭義信さん、脚本・演出の舞台は、今回初めて観させていただいたのですが、秘密警察の登場シーンは、ミュージカルのような歌とダンスが満載のシーンとなっていて、“わたし”やおじいさん、R氏の会話劇とは全く異なる演出で、秘密警察のボス、山内圭哉さんの関西弁も可笑しく(何故、関西弁?(笑))、メリハリのある演出が、原作を読んでいる者からすると、想像と異なりかなり驚きもありましたが、楽しめました〜。

 

秘密警察のボス、山内圭哉さんの「この島の人間は簡単にいろんなことを忘れることができる」というセリフには深いものを感じました。「この島」というのは「日本」のことを言っているような気がして。

 

石原さとみさんよかったですよ〜(笑)。記憶は日々消滅してしまうけれど、消滅したものに対して好奇心を抱き、想像を膨らませたりと、発想が柔軟で、自分の運命を静かに受け入れながら、しっかりと誠実に生きている女性をとても丁寧に演じられていました。

 

鈴木浩介さん演じるR氏の告白によって、自分の気持ちに素直になり、彼を守り、彼のそばにいることが自分の生きる証なのだと強く感じ、彼を精神面から支える大きな存在となっていく過程も自然に表現されていました。

 

後半になると、R氏との2人きりのシーンが多くなり、二人を引き裂こうとする「消滅」や「秘密警察」から逃れよう、立ち向かおうとする二人の姿に胸が熱くなりました。

 

村上虹郎さんが演じたのは見た目は20歳なのに、おじいさんと呼ばれている、不思議な設定のキャラクターです。

 

動きは機敏なのに、言葉遣いや記憶はおじいさんなんですよ〜(笑)。でもこの設定は成功でしたね。石原さとみさん演じる“わたし” を幼い頃から世話をしていて、“わたし”が危険を冒してまでR氏を匿うと決めたときも、おじいさんは彼女の気持ちに寄り添い、サポートをすることにします。

 

おじいさんは、ある事件に巻き込まれ、舞台上でたったひとり、命の終わりを迎えるのです。最後まで“わたし”のことを心配し、想い続けながら命を落とすシーンが切なくて泣けました〜。良い俳優ですよ。村上くんは。

 

“わたし”の小説編集者であり記憶保持者でもあるR氏を演じたのは鈴木浩介さん。まだ有名になられる前から、TVのサスペンスドラマ等で印象的な演技をされていて注目していた方です。今じゃ売れっ子俳優さんですよね。役によって2枚目も3枚目も演じられる、とても引き出しの多い役者さんです。作品をしっかり引き締めてくれていました。

 

運命には抗えず、“わたし”が最後を迎えるシーンは、石原さんと鈴木さんの繊細で熱い魂の込持った演技に涙が滲みました。

 

彼女の命が儚く散った後、島から消えたはずの薔薇の花びらが舞台上に一杯、降り注ぎ、美しく幻想的に幕が閉じます。

 

あぁ、こう来たか〜(笑)と胸が震えました。

 

自分の運命に、絶望が待っていようと、愛を信じれば必ず光は射してくれるんだと信じられる、素敵な舞台でした。

 

記憶というものを、これからは大切にしていきたいと思わせてくれた、良い舞台を見せていただきました。