こんにちは。

1983年に「mimi DX」で連載が始まり、その後「mimi Excellent」に移り、最近では描き下ろしコミックスという形で里中満智子さんが発表されていた、日本の第四十一代天皇で女帝である持統天皇が大宝律令の制定や、日本書紀の編纂などにどうかかわったのか、女帝としてどう歴史に名を残したのかを描いた歴史ロマン漫画「天上の虹」が今年3月に23巻で完結しました。

僕はコミックスで発表されるようになってから読み始めたファンの一人で、連載開始から32年、やっと完結したんだという感慨と、もう続きが読めないんだという寂しさにちょっと心が揺らいでいたので、今日は大好きな漫画家のお一人「里中満智子」さんのことを書いてみたいと思います。

里中満智子さんは1948年、大阪府大阪市のご出身です。1964年、弱冠16歳 (高校2年)の時に「ピアの肖像」で第1回講談社新人漫画賞を受賞され、華々しくデビューされます。

里中さんがデビューされた頃はまだまだ女性の漫画家は少なかったのです。日本の女性少女漫画家の草分け的存在で、後の少女漫画家達に与えた影響の大きさやスケールの大きい作風から、女手塚(女性版手塚治虫)と呼ばれることもある、水野英子さんが活躍されていたくらいで、西谷祥子さん、青池保子さん、樹村みのりさんなどもデビューして間がなく、手塚治虫さん、石ノ森章太郎さん、横山光輝さん、赤塚不二夫さんなどが少女漫画も描かれていたのです。

そんな男性作家が描く少女漫画を幼い頃読んでいた里中さんは、女性はこうあってほしいという男性の願望が反映されたヒロインが、自分の満たされない状況に涙ばかり流しているストーリーが大嫌いだったそうです!(笑)。だから、私が漫画家になったら、自分が思う「まっとうな女」を描こうと思われたんだそうです。「自分の人生を自分で選ぶ女」、「不幸な状況を運命や男性のせいにしない女」、「涙を武器にしない女」を描きたいと思い、16歳の時、大手の出版社がはじめて一般公募で新人募集をしていたので、初めて作品を投稿し幸運に漫画家としてデビューされたのです。

今では10代でデビューというのは珍しいことではないかもしれませんが、16歳でそんな確固たる信念で漫画家を目指されたと聞くと凄い人なんだなあと思います。

里中さんのデビュー作「ピアの肖像」を読んだことがありますが、吸血鬼をテーマにされていて、ロジェ・ヴァディム監督の映画「血とバラ」のような怪奇ゴシックロマン風の作品で、絵のタッチは水野英子さんっぽいのですが、ストーリーに引き込まれて読んだことを憶えています。

里中さんのデビューに刺激を受けて、その後、大和和紀さん、池田理代子さん、美内すずえさん、一条ゆかりさん、大島弓子さん、竹宮惠子さん、庄司陽子さん、木原敏江さん、萩尾望都さん、山岸凉子さんなどが続々デビューされるのです。

僕が初めて少女漫画というものに触れたのは中学生の時、クラスメイトの女子に池田理代子さんの『ベルサイユのばら』全10巻を貸してもらって読んだ時です。それまでの僕は手塚治虫さん、赤塚不二夫さん、石ノ森章太郎さん、ちばてつやさん、藤子不二雄さん、永井豪さん、楳図かずおさんなどの作品が好きで読んでいましたが、少女漫画は男子が読んではいけないものだと(笑)思っていました。

『ベルサイユのばら』は宝塚で舞台化されていたので、原作の漫画には少し興味はあったのです。それと僕は歴史が好きなので、フランス革命、マリー・アントワネットがテーマに描かれているということに興味を惹かれ、クラスの気になる女子に「読む?」と言われて思わず「うん」と言ってしまったのです(笑)。

それですっかり少女漫画の奥深さにハマってしまいました(笑)。フランス革命という史実をテーマにして、架空の人物を見事にその時代に実在したかのように描き、大きな歴史に翻弄され、時代に抗い、生き抜いた人々を洗練されたタッチで見事に表現した世界に僕は子供心に参ってしまったのでした。

これをきっかけに、少女漫画の名作と呼ばれているものを読んでやろうと決心し、萩尾望都さん『トーマの心臓』、『ポーの一族』、山岸涼子さん『日出処の天子』、竹宮恵子さん『風と木の詩』、一条ゆかりさん『砂の城』、『デザイナー』、美内すずえさん『ガラスの仮面』、池田理代子さん『オルフェウスの窓』、大島弓子さん『綿の国星』、山本鈴美香さん『エースをねらえ』、いがらしゆみこさん『キャンディキャンディ』、細川千栄子さん『王家の紋章』、大和和紀さん『はいからさんが通る』、『あさきゆめみし』、庄司陽子さん『生徒諸君』などなど読みふけりました~(笑)。

しかしこの頃、里中満智子さんの作品だけは手にとることはありませんでした。なんだか別格の人というとっつきにくさが僕の中ではあったのです。子供が読むものではないような…。絵のタッチも他の作家の方に比べると、力強くて、作品のテーマも重苦しいイメージがあったからです。

「恋」や「ときめき」だけでなく、激しい愛のあり方や、愛によって生まれる憎しみや苦しみ、道ならぬ恋愛などがテーマの作品が多かったので、子供が近寄ってはいけないと思っていました(笑)。

しかし、少し年齢を重ねて偶然、手にした作品を読んでから、里中満智子さんが描かれる世界が大好きになりました。アウシュビッツ収容所を舞台にした「クロイツェルソナタ」という作品です。今でも凄く心に残っている作品で100ページほどの読み切り作品でしたが、とても感動したことを憶えています。

その作品がきっかけで、里中作品を敬遠していたことに激しく後悔(笑)。たくさん読んだ中でもやはり印象深く心に刻まれているのは『アリエスの乙女たち』と『海のオーロラ』でしょうか。

『アリエスの乙女たち』は、1973年より『週刊少女フレンド』(講談社)にて連載された作品です。

仰星高校に転校してきた水穂路実(みずほろみ)は、久保笑美子(えみこ)と出会います。自立心が強く激しい性格の路実と、清純で穏やかな笑美子。情熱的な恋をすると言われる同じおひつじ座(アリエス)の星の下に生まれた対照的な2人を軸に、登場人物の愛の行方を描いた青春ドラマです。
 
愛とは、一筋縄ではいかないものなんだと情念というものを少女漫画に取り入れたところが革新的な作品だったのではないでしょうか。それが連載当時は読者である少女たちに刺激的だったようですね。

路実と笑美子が同時に恋した生徒会長は、2人とも手放したくないと悩み、両方と交際することを決めたり、路実と心を通わせた不良のリーダー格・結城司が、別の同級生を妊娠させ、司は結婚を迫られ、同級生と一緒になるなど主人公だけを愛する誠実なヒーローがほとんどだった当時は衝撃の展開だったんでしょうね。

僕はこの作品を読んだ時、多少の恋愛も経験した後でしたので、ストーリーの衝撃さはありませんでしたが、激しく主人公たちが愛に対して貪欲にぶつかり、憎しみも乗り越え、真っ直ぐに運命に対峙する姿に胸が熱くなりました。

骨太といいますか、ヒロインが過酷な状況であっても「凛」としている姿が清々しいんです。今思えば、幼い頃に読まなくてよかったです。大人だからこそ理解できる世界です。

里中さんは当時の読者に「自分が信じる愛を貫き通すことの尊さ」を伝えたかったのかと思いました。名作です。

1987年には、大映ドラマ制作で、南野陽子さん主演でドラマ化されましたね。柏原芳恵さんが歌う主題歌「A・r・i・e・s」好きでした~(笑)。作詞は阿久悠先生です!

『海のオーロラ』は、『週刊少女フレンド』(講談社)にて1978年第1号から1980年第17号まで連載された作品です。輪廻転生をテーマに、ルツとレイという1組の男女がムー大陸→古代エジプト→邪馬台国→ナチス・ドイツ→未来の地球と生まれ変わりながら、愛を貫こうとする姿を描いた、まさに時空を越えたスケールの大きい愛の物語なんです!

どんな時代に生まれ変わろうとも、互いの愛にひたむきに生きるルツとレイという二人の生き様が素敵なんですよ~。愛し愛されることが人間にとってどれだけ大切で幸せであるか…。当たり前のことですが、つい忘れがちになりますよね。報われない愛に身を焦がしているとしても、時代がそれを許さないとしても、自分の想いを「愛」を貫くということの大切さを教えてくれる作品です。

登場人物すべてが、憎まれ役だとしても実に誇り高く、凛々しく描かれていて、里中さんのプロ漫画家としての素晴らしさを堪能できる作品です。これも名作です。

そして今年、完結した「天上の虹」のことを…。
最初、里中さんが持統天皇をヒロインに連載を始められたと知った時は正直ピンと来ませんでした。それまで持統天皇といえば、「父が天皇(天智天皇)。夫も天皇(天武天皇)。夫と父の威光で地位につき、後は夫のやり残した仕事をやりとげただけ、息子のライバルは謀反の罪でつぶし、姉を蹴落とし、甥を殺して孫を皇位に据えた嫉妬深い冷たい女」などと歴史学者の間でも言われていた人物でしたので、どう物語を展開されるのかと思っていましたら、読んでみてビックリ!何年たっても変わらない、里中さんが描く、むせかえるような愛の奔流に一気に飲み込まれました!

父・天智天皇と、夫・天武天皇の遺志を継ぎ国づくりに命を捧げた一人の女性の信念と生き様に深く深く胸を打たれました。新刊が出るのをいつも楽しみに読み続け、日本の黎明期、万葉という時代を、悩みながら、苦しみながら、日本を統一された国家となるような基礎固めに命を捧げ、懸命に生きた人々のドラマにいつも感動させられてきました。

持統天皇には、漫画家として生きてきた里中さんの想いや生き様も投影されているような気がします。

近代国家成立のために大きな役割を果たしたのが持統天皇なんですよね。中国にはなかった独自の太上天皇制度を作り、自分の孫へ引き継ぐ仕組みを整え、日本で初めてといわれる碁盤目の効率的な都市、藤原京を築き、律令制を完成させたのも持統天皇なんです。これだけのことを成し遂げようと思ったら、強くならざるを得ないじゃないですか。時には夜叉にもなり、血の涙を流す時もあったでしょう。それを後に冷酷だ、権力志向、ヒステリー、親の七光りだと言うのは容易いですよ。

そう言われていた人物だからこそ、里中さんは描いてみたいと思われたようです。女性としての幸せとは何かに悩みながら、色々なものを犠牲にし、国家の行く末を考えて冷静に政治に関わり、生き抜いた讃良(持統天皇)という里中さんが描かれたヒロインに僕は深く深く共感しました。傑作です。

長年の執筆、お疲れさまでした。何度か大病をされているし、漫画家以外のお仕事も精力的にされているので、しばらくは休養してほしいですね。まだまだ描きたいテーマはおありだと思いますので、一人のファンとして次回作、素晴らしい愛の物語をまた期待しています。


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