こんばんは。

僕の好きなことは「①本を読むこと」、「②映画を観ること」、「③お芝居を観ること」。他にも絵画を鑑賞したり、歴史的な建造物を見学したり…、歌を歌ったりと超! 文科系(笑)なんですけれど、①②③ってそれに付随して①なら本(小説や画集、写真集、絵本など)、②③ならパンフレットやプログラムが観るたびに増えていくわけです。②なんて気に入った作品ならDVDを買い求めてしまうので、いつの間にか部屋中そういうもので溢れてしまいます。

そのままにしておくと大変なことになるので、定期的にいらないものを整理して、中古屋さんに買い取ってもらいます。今は便利なんですよ。ネットで申し込むと自宅まで査定にきてくれるのです。僕はこのいらないものを整理するのが大好きで、つい最近も本とDVDを結構な数、整理して買い取ってもらいました。

本を整理していたら、ある時期、僕が耽溺していたという表現がぴったりな作家、立原正秋(たちはら まさあき)さんの本が奥の方から出て来て、亡くなってもう随分立つし、ご存知ない方も多いかもしれないし、今日は、僕が何度本を整理しても死ぬまで手放せない作家のお一人、立原正秋さんのことを書いておこうと思います。

立原正秋(金胤奎、キム・ユンキュ)さんは、1926年、朝鮮慶尚北道(現在の韓国慶尚北道)安東郡でお生れになります。お父様が病気で亡くなられた後、お母様が渡日したのをうけて日本に定住されます。早稲田大学専門部国文科を中退されて、丹羽文雄さん主催の『文学者』に参加し、世阿弥の『風姿花伝書』や能や謡曲に強く惹かれ、「中世」をみずからの創作活動の原点とされ、本格的に小説を書き始められます。1964年「薪能」、1965年「剣ヶ崎」が芥川賞、「漆の花」が直木賞候補となり、みずからを「純文学と大衆文学の両刀使い」と称して流行作家になられるのです。

1966年(昭和41年)、「白い罌粟」で第55回直木賞を受賞され、以降、数々の名作を世にだされましたが、1980年(昭和55年)食道癌により54歳の若さで亡くなられました。

僕が立原正秋さんという作家の存在を知ったのは1985年11月に公開された『春の鐘』(はるのかね)という映画の原作者としてでした。
〈スタッフ〉
製作:小倉斉さん 原作:立原正秋さん 脚本:高田宏治さん 音楽:久石譲さん 撮影:椎塚彰さん 美術:樋口幸男さん 監督:蔵原惟繕さん
〈キャスト〉
北大路欣也さん 古手川祐子さん 三田佳子さん 中尾彬さん 芦田伸介さん 岡田英次さん 加賀まりこさん

僕がこの作品を観たのは20年くらい前、それもレンタルビデオでした。それ以来、一度も観ていません。TVで放送されたことはあるのかも知れませんが、BSやCSでもなかなか放送されず、DVD化もされていません。デジタルリマスターされた美しい映像でもう一度観てみたいと思う作品の一つです。

僕がこの作品を観ようと思ったのは、監督が蔵原惟繕さんだったからです。「春の鐘」を撮られた頃の蔵原監督は1983年に公開された『南極物語』で配給59億円の大ヒットを記録し、大作、話題作を次々と発表されていましたが、僕の中での蔵原監督は、憎いあンちくしょう(1962年)、執炎(1964年)、夜明けのうた(1965年)、愛の渇き(1967年)と、大好きな女優のお一人、日活時代の浅丘ルリ子さんを主演に様々な女性の姿を鮮烈にスクリーンで表現されていた監督として印象深い方だったので、「春の鐘」ではどんな女性像をみせてくれるのかと期待したからです。

蔵原監督は2002年に亡くなられましたが、僕が敬愛する監督のお一人ですね。

「春の鐘」は決して名作や傑作と呼ばれる作品ではありません。公開当時の批評もさほど良くなかったようです。男女間の愛欲と不倫をテーマにした通俗的なドラマといわれる方もいるでしょうが、美しい映像で、情感豊かな品格ある演出で、愛というものを描いた物語として僕の心には深く残っている作品なのです。

北大路欣也さんの妻を演じたのが三田佳子さんでした。三田さんは「春の鐘」公開の前年、澤井信一郎監督、薬師丸ひろ子さん主演の『Wの悲劇』の演技で、日本アカデミー賞、毎日映画コンクール、日本映画大賞、ブルーリボン賞、報知映画賞などの助演女優賞を独占されて、女優として乗ってらっしゃる頃なので、「春の鐘」での三田さんの存在感、演技も素晴らしものがありました。原作者の立原さんは三田さんが演じた妻を「濡雑巾のような女」と表現されているんです! 堕ちるところまで堕ちた女の愚かさ、哀しさ、妖しさ、美しさを見事に表現されていました。

この作品を観た時はまだ原作者の立原正秋さんのことは、さほど興味がいかなかったんです。亡くなられて随分経たれていたからかも知れません。その後、岩下志麻さん主演の『古都』、『智恵子抄』で2度のアカデミー外国語映画賞にノミネートされた中村登監督の「辻が花」という作品をCSで観た時に原作者が立原正秋さんと知り、また、吉田喜重監督が奥様の岡田茉莉子さん主演で撮られた「情炎」という作品を5年くらい前にDVDで観た時にこの作品の原作者も立原正秋さんと知り、俄然、作家「立原正秋」という人に興味を持ったのです。ちょっと遅すぎましたね(笑)。

さっそく本屋へ出かけました。すると新潮文庫の棚になんと2冊しかありませんでした(笑)。1980年に亡くなられているので仕方ないのかも知れませんが、ちょっと悲しかったです。次から次と新しい作家さんが生まれるわけですから、亡くなった方の作品が棚から消えていくのは仕方ないんでしょうか。立原さんの師匠にあたる、丹羽文雄さんの作品もないですもんね。なので棚にあった2冊だけ買って、その時は帰りました。その2冊とは『冬の旅』『残りの雪』でした。

『冬の旅』は1968年(昭和43年)に立原さん初の新聞連載小説として『読売新聞』に連載された作品です。1970年には《木下恵介・人間の歌シリーズ》の第1作として、脚本、日向正健さんでドラマ化もされています。このドラマ観たいんですけどね~。

こんな物語です。
美しく優しい母を、義兄修一郎が凌辱しようとした現場を目撃した行助は、母を助けようと誤って修一郎の腿を刺して少年院に送られます。母への愛惜の念と義兄への復讐を胸に、孤独に満ちた少年院での生活を送る行助を中心に、社会復帰を希う非行少年たちの友情と過酷な自己格闘を描いた作品です。

感動しました。高潔な魂のさすらいと、清々しいまでの凛とした精神を持った人間の美しさに胸を打たれました。読み始めてから読み終わるまで、どっぷりと物語にはまり込んでしまいました。立原正秋という作家を僕に与えてくれて感謝しますと神に祈りましたよ(笑)。現代の若い人からすると、主人公、行助の行動や考え方は理解されづらいかも知れません。でも僕はこの小説を読んで、汚れの無い心の尊さや、自分の為だけじゃない、愛する者のために生きるということの大切さを教えてもらったような気がします。

『残りの雪』は1973年(昭和48年)から『日本経済新聞』に連載された作品です。
こんな物語です。
理由も分からず失踪した夫との別れに苦しみ、無為不安の日をおくる里子は、40代の会社社長で、骨董の目利きでもある男、坂西浩平と出会います。里子と子供を捨てた夫は、年上の女との情事に溺れ、日々汚れた人間に変っていくのです。そんな夫とは対照的に、里子と浩平の愛は古都鎌倉の四季の移ろいの中で、激しく美しく燃え上がるのです…。

この作品にもどっぷりハマりました~。男女の宿命的な愛と性愛をここまで鮮烈に美しく描ける作家は他にいないと思います。愛する者への激情が文章から溢れでるようです。どんな形にせよ、真摯に人を愛することの美しさを、強く読む者の心に刻みつけるような表現力に感動しました。小説を読む楽しさを堪能しました。名作です!

こんな2冊を読んだら、他の作品も読んでみたくなりますよね(笑)。でもほとんどの作品が絶版状態…。どうしたものかと考えたら「そうだ! 古本屋さんだ!」と気づき、ネットを駆使して探しました~。それで1983年(昭和58年)に角川書店から立原さん3周忌を記念して出版された全集全24巻があることを知り、少しづつ集めました。

その中でも僕が大好きな作品が1970年(昭和45年)に「北国新聞」「信濃毎日新聞」などに連載された『舞いの家』です。
こんな物語です。
たぐいなき達人と謳われた能役者、室町道明は38歳にして、自分の芸に限界を自覚し始め、無気力になり、女との肉欲に溺れ、性と芸に疲れ堕ちていくのです。先代家元の善竹の娘であり道明の妻、綾は、室町流をこのまま絶やしてしまうことの恐れと、夫、道明への執着とで身も心も引き裂かれてしまいます。綾には類、園という二人の妹がいましたが、道明は類とも関係を持ってしまうのです…。能楽の家に生まれた美しい女たちの、哀れなまでに美しい運命と生と死を鮮烈に描いた物語です。

この小説には本当に魅了されました。世阿弥の『風姿花伝書』や能や謡曲に強く惹かれ、創作活動の原点とされた立原さんの個性が全開の作品です。僕もこういう世界は嫌いではないので、登場人物たち皆に感情移入してしまい、ヒロイン綾の女性としての苦しみや辛さ、道明の能役者として充分な才能に恵まれていながら、芸や名前の大きさに押しつぶされる悲劇に読んでいる間、胸が痛いくらいでした。裏切られても、それでも道明という一人の男に思いを寄せ続けた綾が行き着いた先の無惨さは、ドラマチックでほんとうに哀しいです。

この作品は2度ドラマ化されているようです。1度目は昭和45年に日本テレビで、綾を星由里子さん、道明を田村高広さんが演じられたそうです。
2度目は昭和47年、TBSで、服部桂さん脚色、鴨下信一さん演出、綾を佐久間良子さん、道明を伊藤孝雄さん。この佐久間良子さんの綾は観てみたいですね~。CSで放送熱望します!

立原正秋さんの作品は、滅びゆく日本の美しい情景の中で、男女の移ろいやすい愛とその宿命を、無常観ただようように描いていると思います。愛する者へのとめどない激情や恋情に年齢は関係ないと思いますし、別れ際の未練や執着のすさまじさまでも美しい筆致で描き尽くす立原文学に僕はある時期、溺れていました(笑)。

今はなかなかこういう作家はいらっしゃらないので、少し淋しいですね。映画化された「春の鐘」も原作はほんとうに素晴らしいので、僕のブログを読んで、興味を持った方はぜひ読んでもらいたいです。

30歳を過ぎるまで、文学者として世に出ることもなく、家庭教師、夜警、薬問屋勤務をしながら創作に打ち込み、七千枚以上の原稿を書き溜めていた立原さん。54歳で亡くなられたので、作家として活躍されたのは短い間でしたが、残された作品は、終世、立原さんが追い求めた、人間の生き様の美が限りない優しさで描かれています。

立原正秋さんが妻、光代さんに残した言葉です。
「冬のつぎに春となるを思わず」
この言葉を読む度に、僕はまだまだと気づかされます。

冬の旅 (新潮文庫)/新潮社

¥価格不明
Amazon.co.jp

残りの雪 (新潮文庫)/新潮社

¥価格不明
Amazon.co.jp

立原正秋 (新潮文庫)/新潮社

¥価格不明
Amazon.co.jp

春の鐘 (上巻) (新潮文庫)/新潮社

¥価格不明
Amazon.co.jp

春の鐘 (下巻) (新潮文庫)/新潮社

¥価格不明
Amazon.co.jp

情炎 [DVD]/木村功

¥4,104
Amazon.co.jp