こんばんは。

遠い昔に耳にしてから、何故か忘れられず、時折、思い出しては「なんてタイトルの曲なんだろう?」「廃盤になっているようだけど、なんとかして手に入れることはできないかな?」と気になる曲ってありませんか。僕も何曲かあるのですが、その中でもどうしてもあきらめきれない曲が2曲あったのです。今日はそのお話をしますね。

まずは1曲目
初めて聞いたのはTVCMでした。1980年の資生堂、秋のキャンペーンソング「 おかえりなさい秋のテーマ 」という曲です。加藤和彦さん作曲・歌、作詞が安井かずみさんです。

歌詞の一部です。

振り向く瞳はスミレ色
かすかにこぼれる微笑みに 
過去と未来が混ざる 
アナタはまるで見知らぬ人 
そんな気がする

見慣れたその髪、枯れ葉色 
かきあげる白い指先に
午後の日差しが舞い散る 
人生の舞台は廻る
アナタのために

初めて聞いた時から、安井かずみさんの「過去と未来が混ざる」や「振り向く瞳はスミレ色」、「午後の日差しが舞い散る」という表現や秋の色をテーマにした言葉の響き、加藤和彦さんのタンゴベースの曲調と震えるような優しい歌声に痺れてしまって、ず~と心に残り、何かの拍子に頭の中を暫くぐるぐる回ってしまう曲だったのです。

CMソングだったので曲の出だしの部分だけしか聞いたことがなく、曲名も分からず、いつかレコード化されていれば買うことも出来るだろうと思っていたら長い年月がたってしまいました。

加藤和彦さんは1960年代後半にフォークグループザ・フォーク・クルセダーズでデビューし、その後、ソロ活動に移行し、並行して1970年代初頭から中盤にかけてロックバンドサディスティック・ミカ・バンドを結成するなど、斬新なアイデアに満ちた創作活動で、1960年代後半から70年代の日本のミュージックシーンをリードされました。1977年、作詞家の安井かずみさんと再婚。安井さんが病に倒れられる1990年代初頭まで「作詞・安井かずみ/作曲・加藤和彦」のコンビで、『パパ・ヘミングウェイ』『うたかたのオペラ』『ベル・エキセントリック』(1979年~1981年)などのソロ3部作品の他、数々の作品を他のミュージシャンに提供されました。また、時代の先端を行くファッショナブルなお二人のライフスタイルも世間の注目を集めていましたね。僕が気になっていた「 おかえりなさい秋のテーマ 」もこの頃、発表されたんですよね。

僕が加藤和彦さんを身近に感じていたのは、1980年代から映画・舞台音楽、1990年代後半からはスーパー歌舞伎の音楽など、ポップミュージックの垣根を越えた様々なジャンルの音楽も幅広く手掛けられてからです。

ソロ3部作の『パパ・ヘミングウェイ』、『ベル・エキセントリック』と『あの頃、マリー・ローランサン』、『ボレロ・カリフォルニア』等のアルバムはCDで持っていたのですが、僕が探していた曲が実は『うたかたのオペラ』というアルバムに収録されていたということを最近知ったんです(笑)。何故か『うたかたのオペラ』だけは持ってなかったんですよ~。

ある時、曲名は分かったんです。資生堂のキャンペーンソングの歴史を調べて、80年秋のキャンペーンは秋のファンデーション「おかえりなさい、秋の色」、モデルは、ヨアンナ・ディックさん、キャンペーンソングは加藤和彦さんが歌う「 おかえりなさい秋のテーマ 」だと。

加藤さんのCDを調べたら「 おかえりなさい秋のテーマ 」という曲が無かったので、CD化されてないんだと思っていたのです。しかし『絹のシャツを着た女』というタイトルで『うたかたのオペラ』というアルバムに収録されていたのです。キャンペーン用にタイトルが変えられたんですね~。

ある日、ネットで中古レコードを扱っているお店を検索していたらあるお店に行き当たりました。

「たゆねの音盤堂 70~90年代歌謡曲/アナログレコード・中古CD通販」というお店です。サイト内を検索したらありました。「 おかえりなさい秋のテーマ 」1980年発売のシングルレコードが! 「でもレコードじゃあなあ。レコードプレーヤーなんか随分前に手放してしまったし」と思っていたら、 レコード→CD変換 (CD化・コピー)できます。 CDプレーヤーで、アナログレコードが聴けます。[料金]EPレコード(1枚)420円 LPレコード(1枚)1,890円 今ならCD-Rディスク代 無料!! と書いてあるじゃないですか! それにその時「 おかえりなさい秋のテーマ 」は在庫数が1と書いてあったし、これは注文しなければとクリックしましたよ~。

1週間もしないうちに届きました。「たゆねの音盤堂」の良いところは、レコードが1980年に発売された中古品であるにもかかわらず、汚れや傷がほとんどなく、新品のような状態だったことと、レコード→CD変換しているのに、レコード針の雑音などがまったくないところです。この曲がiPod で聞けるなんて思ってもいなかったのでうれしいですね。こんなに素晴らしい曲を作ってくれた加藤和彦さんは悲しい最期を迎えられましたけど、たくさんの名曲を残していただいてとても感謝をしています。「 おかえりなさい秋のテーマ 」は何度聞いても全然飽きない、ほんとうに素敵な曲なんですよ。

2曲目は…
女優・桃井かおりさんが歌う「哀しみのラストタンゴ」です。

この曲は、1980年9月に公開された「夕暮まで」という映画の主題歌です。吉行淳之介さんが第31回「野間文芸賞」を受賞された小説が原作で、監督は黒木和雄さん。主演はもちろん桃井かおりさん。

この『哀しみのラストタンゴ』も初めて聞いた時から頭から離れない僕の大好きな曲の一つです。この映画が公開された時はまだ僕は子供だったので、劇場で観ることはかないませんでしたが、高校生になってから吉行さんの原作を読み、余計なものが削ぎ落とされたような文章に魅かれて、ファンになり、今では吉行淳之介全集が本棚に並んでいます(笑)。いつか映画化された『夕暮まで』を観たいなと思っていたのですが、まだ一度もソフト化がされた形跡がないのです。DVDはもちろんビデオにもなっていないようですね。映画公開と同時にオリジナルサントラ盤のLPは発売されたようですがCD化はされていないようです。

吉行さんの原作は 主人公の妻子ある中年男・佐々と、若い女性・杉子の歳の差のある男女の微妙な関係を描いた作品で単行本化されると「野間文芸賞」を受賞し、純文学としては異例のベストセラーとなり、黒木和雄監督、桃井かおりさん、伊丹十三さん主演で映画化されたんですよね。桃井さんは『夕暮まで』が公開される前年の1979年に『もう頬づえはつかない』『神様がくれた赤ん坊』『男はつらいよ・翔んでる寅次郎』で初の主演女優賞を総ナメにし、”桃井かおりの時代”と言われていたそうです。TVドラマでは初の主演となる連続ドラマ『ちょっとマイウェイ』が半年間放送されて高視聴率を取り、女優として乗りに乗っている頃ですね。なので『夕暮まで』の映画化は話題の小説が原作だし、関係者や桃井さんにしてみればヒットして当然という意気込みで取り組まれた仕事だったんじゃないでしょうか。1980年は澤明監督作品『影武者』にも出演されているんです。桃井さんは。

監督の黒木和雄さんは、もうお亡くなりになられましたが、1970年代にATGを製作基盤として精力的に作品を発表されていました。『竜馬暗殺』や『祭りの準備』などは今も熱狂的なファンがいる名作です。そんな作品作りをされていた黒木監督の作品歴の中でもこの『夕暮まで』は異色作と言えるかも知れません。黒木監督は「終始自信が持てぬままシナリオ執筆と演出に臨んだ」、「日活の名編集技師・鈴木晄氏の卓抜な仕事ぶりに勇気づけられながら完成させた」とおっしゃていたようですね。黒木監督はその後、戦争レクイエム三部作と呼ばれる『TOMORROW 明日』『美しい夏キリシマ』『父と暮せば』を撮られて日本映画を代表する名匠となられました。

僕は一度、この『夕暮まで』は観ていますが(何年か前にCSで放送されたんです)この黒木監督の「迷い」が作品に出ている気はしました。公開当時、映画評論家の佐藤忠男さんは「…どんな映画ができるのかと期待したが、これも、とくに不出来というわけではないが、あえて成果というほどのものも得られなかった」と言われたそうですが、僕はそんなに悪い映画だとは思いません。吉行さんの小説を映像化するのは難しいと思いますよ。あまり映画化されていないのは危険なものに手を出して泣きたくないという現れなんじゃないですか(笑)。あの精神と肉体の関係を深く探るような文章を生身の人間が表現するのは相当難しい気がします。「人間性の深淵」を演じろと言われてもお手上げですよね(笑)。

伊丹十三さんは今では監督のイメージが強い方ですが、俳優としてもとてもいい雰囲気をお持ちの方だし、桃井さんも原作のイメージとは違うと散々言われたみたいですけど、「杉子」というどこかとらえどころのない、心の底に深い溝を抱えている女性を上手く表現されていたと思います。独特の空気感というか香りのある作品だと思いますよ。鈴木達夫さんの撮影も美しいです。

撮影中、監督と桃井さんの間で感情的なトラブルがあり、それが作品に影響したとも言われていますね。どんな理由か知りませんが、それがソフト化されなかった理由だとしたら悲しいですね。桃井さんも、女優として乗っている頃に、意気込んで挑戦した役柄を批評家達に否定されたことも原因なんでしょうか。推測しかできませんけどね。

この映画の音楽監督は荒木一郎さんです。主題歌の「哀しみのラストタンゴ」も荒木一郎さんが作詞・作曲されて編曲が桜庭伸幸さん。荒木さんは30歳の頃から3年半にわたって桃井かおりさんのマネージャーを務められていたそうです。だからでしょうか、桃井さんは荒木さんプロデュースの曲をたくさん歌ってらっしゃいます。良い曲がたくさんあるんですよ。荒木さんご自身も歌手出身だし。1967年、『いとしのマックス』で第18回NHK紅白歌合戦に出場された時の映像を観たことがありますが、カッコ良かったです! あの時代にあのセンスは凄いと思いました。

「哀しみのラストタンゴ」は映画を観る前から知ってはいたんです。加藤和彦さんの「 おかえりなさい秋のテーマ 」と同じ年に発表さているんですよね。どこで聞いたのかはあやふやなのですが…。この曲も長年探し求めていて、何年か前に「たゆねの音盤堂」で検索してみたら、品切れだったのですが、なんとなく3月の末に久し振りに検索してみてら在庫数1とあったのでこれを逃すとまたいつになるか分からない!と思い即、注文をしました。すると入院の前日に届いてくれたので、この曲もiPodに転送して、毎日、病室で聞いていました。やっと全コーラスを聞く事ができて大感激でした! 「たゆねの音盤堂」さんありがとう! 入院生活が少し彩られました。

長年、気になっていた曲にまた再会させてもらって、本当に感謝しています。「哀しみのラストタンゴ」はとってもドラマチックなメロディーで歌詞も素敵なんですよ~。桃井さんの気怠く、突き放すような歌唱の中にも哀しみが滲み出ていて、この曲も何度聞いても飽きない名曲だと思います。