こんばんは。

昨年、BSプレミアムで放送された「邦画を彩った女優たち」
という番組で若尾文子さんが取り上げられ、その番組の中で
稽古風景が流れていた舞台「女の人さし指」がBSプレミアム
シアターとして中継されました。今日はその感想を。

2011年11月30日 新国立劇場・中劇場にて収録

原作は向田邦子さんが書かれた「きんぎょの夢」という作品です。
演出をされた石井ふく子さんは、「きんぎよの夢」というタイトル
は少しわかりづらいし、若尾さんと長山さんが主演なので、
もう少し女の匂いのする色っぽいタイトルにしたいと思い、
向田さんのエッセイにあった「女の人差し指」というタイトルを
いただいたとおっしゃっていました。
1971年に、NET(現在のテレビ朝日)で一話完結でドラマ化されて
いました。その時のキャストは、ヒロインの砂子役は今回の舞台版
と同じく若尾文子さん、殿村良介役が池部良さん、折口役が
井川比佐志さん、殿村の妻役がなんと杉村春子さんだったそうです。
すご~いキャスティングですね~。観たいです~。

脚色されたのは清水曙美さん、2006年に「夫婦」、2009年に
「結婚」という橋田壽賀子さん原作のスペシャルドラマの脚色で
石井ふく子さんとはお仕事されているんですね。
とても素敵な舞台だったのですが、一つ言わせていただくと、
タイトルを原作の「きんぎょの夢」から「女の人さし指」へと
変えたのですから、タイトルに込めた深い意味を表すシーンが
どこかにあればもっと印象的な作品になったのではないかなあ
と思いました。
 
演出は石井ふく子さん。石井さんのことは、今年のお正月に
放送された、向田邦子新春ドラマスペシャル「花嫁」のことを
このブログに書いた時にお話したので、興味のある方は読んでみて
ください。1995年に文藝春秋社から出版された、大下英治さんが
書かれた「おんなの学校」という本を読むと石井さんがどんな
お仕事をされてきたのかがよく分かります。おすすめです。

出演/若尾文子さん 長山藍子さん 松村雄基さん 熊谷真実さん
三田村邦彦さん 他

この舞台のテーマ曲に佐良直美さんが2010年に27年振りに歌手復帰
されて、発売された曲「いのちの木陰」が使われていました。
この曲のレコーディングには石井ふく子さんも立ち会われたそうです。
佐良さんは石井さんプロデュースのドラマによく出演されて
いましたからね。佐良さんは1967年に「世界は二人のために」で
歌手デビューされ120万枚の売上げを記録し、第9回日本レコード大賞
新人賞を受賞。同年のNHK紅白歌合戦に初出場をされ、1969年には、
「いいじゃないの幸せならば」で第11回日本レコード大賞を受賞
されます。女性歌手として日本レコード大賞の新人賞と大賞を
両方受賞するのは、1969年当時史上初の快挙だったそうです。
由紀さおりさんが「1969」というアルバムでカバーされている
「いいじゃないの幸せならば」は佐良さんがオリジナルですよ~。
長らく芸能活動はされていなかったのですが、まったく変わらぬ
歌声で歌手としてもっともっと活躍してほしい方なんですよ~。

「いのちの木陰」は良い曲なんです。
作詞/山川啓介先生、作曲・編曲/渋谷毅先生です。
ちょっと歌詞を書いておきますね。最後のフレーズです。
あなたのために ささやかな
いのちの木陰に なりたい
傷だらけの 悲しみたち
私にあずけて そっとまどろんで

佐良さんの歌声はすごく気持ちが落ち着く声なんです。
少し低めで言葉の一つ一つが明瞭で柔らかで、ぜひ聴いて
いただきたいです。

「女の人さし指」あらすじです。
舞台は昭和54年。柿沢砂子(若尾文子さん)は有楽町で女手ひとつで
「次郎」というおでん屋を営んでいます。「次郎」というのは
亡くなった砂子の父の名前です。今日が七回忌という設定で砂子が
亡父の写真をお店に飾るシーンがあるのですが、その写真が演出を
された石井ふく子さんの養父で、劇団新派で活躍された俳優の
伊志井寛さんのお写真でしたよ。砂子の亡父は新聞社の記者をしていた
ので、お店の常連は砂子の亡父と同じ新聞社で働く記者やテレビ番組
制作会社を経営する折口(松村雄基さん)などです。折口は密かに砂子に
恋焦がれていて、結婚を申し込みたいと思っていますがなかなか告白
できないでいます。
実は砂子には好きな人がいるのです。三田村邦彦さん演じる殿村
という男です。彼も新聞記者で近々、ニューヨークへ特派員として
派遣されることが決まっています。
殿村も本気で砂子を愛していて、一緒にニューヨークへ行こうと
誘うのですが、殿村にはみつ子(長山藍子さん)という妻がいるの
です。殿村は妻とは別れるといっていますが、妻のみつ子は承知
しそうにありません。砂子は殿村の身辺が綺麗にならない限り
深い関係にはなりたくないと思っています。そんな時、砂子の妹、
信子(熊谷真美さん)が夫と離婚すると言って、転がり込んできます。
そしてある日、殿村の妻、みつ子が砂子の店にやってくるのです…。

何げない日常の中で、ささやかな幸せを追い求めている人達の心を
温かい眼で描いた向田邦子さんらしい作品です。

若尾文子さんは、激しく揺れ惑う、愛しい人への女心をぐっと
胸の奥で抑えて生きている女性を美しく、たおやかに演じて
られました。感情をあまり表に出す女性ではないので逆にそれが
むずかしかったと若尾さんはおっしゃってましたね。
もう少し上手くやれたのではないかと、いつものように謙遜
されていました。大女優さんなのに控えめな方ですね。
大好きです(笑)。

殿村の妻、みつ子役の長山藍子さん。良い女優さんです~。
砂子の店に単身乗り込んで、持って回った言い方で砂子に自分は
殿村の妻だと見せつけるように居座る、誰が見てもイヤな女と
呼びたくなる女性を貫禄の演技で魅せてくれました。
でも僕はみつ子を見ていて、イヤな女とは全然思えなかったです。
こんな行動をしてしまうのは、夫の殿村を愛しているからこそ
だと思いますし、殿村と結ばれたきっかけが、みつ子は以前、
看護士をしていて、勤めていた病院に入院した殿村を一方的に
好きになり、殿村が転勤になった北海道までおしかけて、そこに
居着いて、そのまま一緒になったというどこか負い目を抱えて
いるんですね。自分の方が年上だし。殿村から愛していると
言われたことがないのかも知れません。それでも20年、
結婚生活を続けて来て、他に好きな人ができたから別れたいと
言われても納得できないですよね。

殿村は卑怯な男なんです! どっちつかずでうじうじしていて
女心をもて遊んでいるとしか見えないですよ。砂子にはカッコいい
ところしか見せないし。向田さんが描くダメ男の典型ですね(笑)。
若尾さんは「男ってあんなもんよ」とおっしゃってましたが
同性としては複雑ですね。僕も同性としてちゃんとすればと
言いたいです!(笑)。
そんな男でもみつ子には殿村しかいないんですよね。
みつ子の殿村に対する愛もストレートで正直で、悲しくて、
大好きなキャラクターです。向田さんはほんとうに上手く、
対照的な二人のキャラクターを描き分けていますね。

二人の愛の行方はどうなるのでしょうか。砂子の選んだ答えは
正しいと思います。向田さんはこれしかないだろうという結末を
用意してくれました。

自分で選んだ結末にどこかふっきれた様子の砂子。自分の店で
いつもの常連さんに囲まれて、私はたくさんの人に愛されて
いるんだと気づくラストは温かい光に包まれた、一人の女性の
これからの人生を暗示する素敵なシーンでした。

砂子を密かに愛している青年、折口を演じた松村雄基さんも
いい俳優さんですね。若尾さんとの共演は「華々しき一族」
以来でしょうか。年とともに男振りが上がってらっしゃる
ように思います。砂子の妹役の熊谷真美さんもいつも役に
ばっちりはまってらっしゃる素敵な女優さんですね。

向田さんが描く作品の主人公たちは、何かに悩み葛藤しながら
最後には潔い答えをいつも選びとっているような気がします。
名もなき人々のささやかで不器用な人生の一場面を慈しむように
描き出す向田作品が大好きです。この舞台を観てあらためて
思いました。