こんばんは。

BSプレミアムで「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」を見ました。見るのは今回で2度目です。オリヴィエ・ダアン監督、主演のマリオン・コティヤールが第33回セザール賞と第80回アカデミー賞で主演女優賞を受賞した作品です。

マリオン・コティヤールが自分の思うままに、人生を全うしたピアフの生涯を見事に甦らせていました。

僕がピアフという歌手の歌や人生に興味を持つようになったのはある本を読んでからなんてす。それまでは、有名な「愛の讃歌」という曲がどういう経緯で生まれたのかというエピソードなどは知ってはいましたが、ピアフの歌を聞いてもそれほどのめり込めませんでした。

日本ではピアフと言えば「愛の讃歌」ですが、フランスの人に聞くと「バラ色の人生」と答える人が多いみたいですね。

「愛の讃歌」と言えば僕の中では越路吹雪さんなんです。幼い頃、NHKの思い出のメロディーという番組で目のさめるようなグリーンの美しいドレスを着て「愛の讃歌」を歌う越路さんを見てから虜になってしまいました。その1年後くらいに亡くなられたと思います。
その時の歌唱が素晴らしいんですよ。こどもの僕でも釘付けになるくらいですから。最近その時の映像を見る機会があったのですがあの時の感動は嘘ではなかったです。

それで越路吹雪さんに興味を持つようになりマネージャーだった岩谷時子先生の書かれたものはもちろん、色んな方が越路さんについて書かれた本を読んだのですが、その中で昭和56年発行の江森陽弘さんという方が書かれた「越路吹雪その愛と歌と死」とい本に越路さんがピアフの歌をパリで初めて聞いた時のことが書かれているのです。

昭和28年に越路さんはシャンソンの勉強の為初めてパリへ一人旅をします。その時、初めてピアフの歌を聞いた時の越路さんの日記です。こう書かれていたそうです。「ピアフを二度聞く、語ることなし、小林さん(評論家の小林秀雄さん)も感激していられた。私は悲しい。夜、ひとり泣く。悲しい、淋しい、私には何もない、何もない、私は負けた。泣く、初めてバリで」ピアフの歌を実際に聞いて打ちのめされたんでしょうか。それ以来、何度もパリへ出かけてピアフの歌を聞かれたそうです。映画の中でピアフがアメリカへ進出するシーンがありますが、パリへ戻ってきた時はくつもの恋に破れその顔はやつれていたそうです。その頃のピアフは映画でも描かれていたように、肉体は見ていられないほど弱っていて、舞台の後ろの壁に寄りかかってやっと歌っていたそうです。全盛期のような声はでなくなっていたけれど、全身から鬼気迫るものを感じたそうです。

このエピソードを読んでから俄然、ピアフにも興味が湧いたのです。僕の好きな越路さんをそれほどまでにヘコませたピアフとはなんぞやと。

この映画を見ながら、ああ越路さんもこの時代を生きられてたんだと感慨深かったです。越路さんの「愛の讃歌」はほんとうの「愛の讃歌」じゃないと言われる方もいますがいいじやないですか。岩谷先生と越路さんが作りあげた名曲なんですから。

なんだか映画の話より越路吹雪さんLOVE話になってしましましたが、映画も素晴らしいです。マリオン・コティヤールはピアフそのものに見えるしアカデミー賞を受賞したのも納得の演技だとおもいます。撮影されているのが日本の方なんですよ。永田鉄男さんという方です。とても美しく深みのある映像でピアフの一生を描かれています。おすすめです。

越路吹雪さんの映像は少ないのですが1978年に放送されたNHKのビッグショーを収録した「私のリサイタル」と1970年の日生劇場でのリサイタルを収録した「永遠の越路吹雪リサイタル’70」のDVDは比較的手に入りやすいと思います。興味のある方は見てみてくださいね。ビッグショーで越路さんが歌う「人生は過ぎゆく」は名唱です!

エディット・ピアフも越路吹雪さんも歌に人生と魂を捧げた素晴らしい歌手だと思います。