※GL・百合の意味がわからない方、これらの言葉に苦手意識を抱く方は閲覧をご遠慮ください。

また、カラ子×一子が嫌いな方もです。

じょし松の百合続き。続きというか、設定だけ続きの気持ちで書いてる。けど単体でも読めます。多分。

あと過去の捏造が激しい。なんかもう自分得の捏造しかない。今更か!

*******************

コツコツ、とブーツのヒールが耳に響く。ドクドクと緊張ではやる心臓に落ち着きを与える、高飛車で良い音だ。

その優雅な低音はまさにこれから演じる役柄を表していた。

すらりとした背格好に、端整すぎて中性的に見える顔立ち。肌も陶器のように滑らかで、意味深な影を作るほど睫毛も長い。疑いも汚辱も知らず自信に満ち溢れており、美しい姿勢が育ちのよさを表している。

いつの世でも望まれる――そう、王子様、だ。

暗い舞台袖から出ると、つなぎのナレーションによって足音はかき消された。いよいよ壇上にあがってしまったのだと、ここでいつも実感する。そして自分はまるで、突然現れたかのような演出を受けるのだ。パッと眩しいほどのスポットライトが当てられる。

その瞬間、会場から一斉に黄色い声が飛んでくる。皆、興奮で甲高く、そこにテノールは存在しない。女子、女子、女子。会場を埋め尽くすのはセーラー服を着た少女たちだった。皆、焦がれるように目を輝かせ、舞台の中心にいる人物に愛を送る。

「きゃっー!カラ様あ~!」「カラ王子ーーっ!」「かっこいいーーっ!」「好き!付き合ってーっ!」「結婚してーっ!!」…等、ラブコールは様々だ。

この学校全体を渦巻く異様なあ熱気は、中性的な容姿と声色、そして女が求める男の仕草等、まさに女の理想の王子様を演じているからだろう。こうも注目が集まると努力のしがいがあって素直に嬉しかった。初めの頃は。

学年を重ねるごとに、行事を重ねるごとに、気づいてしまったのだ。

 

(…みんな、本気じゃないくせに)

 

一瞬険を宿した瞳は、遠い舞台からでは誰にも気づかれなかっただろう。というか、気づかれたら演者失格だ。心を重い緞帳で覆い隠し、誰にも悟らせないように。大仰に両手を上げ、天を仰いだ。

さあ、芝居を始めよう。皆が喉から手が出るほど求めている「女の理想の王子様」に。舞台上では派手に、舞台の幕が降りてもさも習慣のように。

私はずっと、「偶像」でいなくてはならない。

 

 

「…らこ、カラ子」

 

ハッと意識が浮上する。頬をつつかれる感触があって、思わずうう、と呻いた。

 

「大丈夫?」

 

重たい瞼を持ち上げると、そこには心配そうに眉を下げている一子がいた。普段あまり表情筋を動かさない彼女が青ざめるなんて、余程のことだったのだろう。ブラインドから漏れるぼんやりとした淡い光を見ると、空はまだまだ青を少々含んだ程度の灰色らしい。枕元においてある小さなデジタル時計をちらりと見やれば、午前4時手前。中途半端な時間に起こしてしまった、と罪悪感が生まれる。

 

「…何が?」

「随分うなされていたみたいだから…」

「そうなんだ、ごめん」

 

きまり悪くなってがしがしと頭を掻く。普段と同じ毛量なはずなのに、やたら重たく感じた。きっと夢を引きずっているのだ。もう何年も経っているというのに、あの頃の記憶が、感覚が鮮明に残っている。

ふと、目元に違和感を覚えた。瞬くと上睫毛と下睫毛の間に膜が張る感覚。普段より水分量が多い証拠だった。そうか、彼女は頬をつついていたのではなく涙を拭き取ってくれていたのだ、とやっと頭が冴えてきた。しかし夢で泣くほどとは、途端に恥で胸の奥がかゆくなったが、同時に己の心にかなりの傷を負っているのだな、と改めて気づく。

 

「どうしたの?」

「んー…、わかんないわ」

 

あっけらかん、と笑ってみせる。これでも演劇部のスターだったのだ。寝起きでも目の前の一人くらい、簡単に騙せる。と、思っていたのだが、何故だか一子の眉根はますます寄り、苛立ちを含んだ疑いの眼(まなこ)をこちらに向ける。

 

「…どんな夢をみたの?」

 

最後のチャンスだ、次嘘をついたら怒るぞ、と言わんばかりの視線が飛ぶ。アンタにはお見通しなのね、と諦めてため息をつく。降参の意だ。けれどよく見てくれているんだな、とちょっと嬉しかった。

 

「…昔の夢」

「昔、って?」

「……昔の、女子校時代の、夢」

 

高校生の頃、端的にいうとアタシは「女子校の王子様」だった。

すらりと伸びた高身長にスポーツマンを思わせるベリーショート。凛々しい眉毛でボーイッシュな顔立ち。全体的な容貌も少年然としていた。実際の男と並ぶとどうだったかはわからないが、この女子しか比べる対照がいない学園では、明らかに「男」だった。

女しかおらず、つまらぬ学園に「男」がひとりいる。しかもそこらの男とは違い、汚い生えかけの髭もなく、男性ホルモンのせいで多く噴き出た赤みのあるにきびもない。まるで漫画から飛び出てきたような綺麗な男が、「潤い」がひとりいる。

彼女らの渇望的な願いのせいで、綺麗な性欲のはけ口の対象となったのだ。

 

入学して数日で騒がれるようになった。入学して一ヶ月後には人に囲まれるようになった。入学して二ヵ月後には貧血で倒れそうになった子をたまたま支え、そのままお姫様抱っこで保健室へ運んだことがきっかけでファンクラブが出来た。三ヵ月後にあった球技大会のバスケットボール部門で活躍したせいか、気がつくと一年生にして既に「学園の王子様」にのし上がっていたのだ。

 

ちなみに何故演劇部へ入部したのかというと、実は中学のときはバスケ部だったため高校でもそのまま続けようと思っていたのだが、当時の演劇部部長に熱心に勧誘され、当時はまだ素直に飛び交う声援が気持ちよかったのもあいまって入部を決めたのだ。それまで特別演劇の経験や知識があったわけではない。

 

「まあ結局バスケもやりたかったし、そこにもファンはいたからか、経験者を理由にちょいちょいヘルプに呼ばれてたけどね」

「ふうん」

 

最初のうちは、単純に演じることが楽しかった。ポーズを決めるたびにいちいち騒ぐ見学者の視線も、声援も気持ちよかった。舞台にあがれば、王子様、と興奮にまみれた甲高い声が降り注ぎ、演劇が終わればすぐにファンレターの嵐。煌びやかな衣装を着て王子を演じたその日はいつもより下駄箱に入っている手紙やプレゼントが多い。多いどころではなく、大量すぎてたいていはみ出ている。

己の両腕は常に争いの元で、常に誰かと腕を組まされていた。憧憬の視線と恋慕の眼差し。アタシは常に注目され、持ち上げられ、きりのないほど愛を叫ばれる。それに応えて「皆の望む王子」を演じるのも楽しかった。

 

「で、それがなんで泣くほど嫌な思い出になるのよ。いい加減自慢話ばかり、飽きたわ」

「まあまあ、それはこれからだってば」

 

けれど良い思いをしていた期間は短かった。じわりじわりと疑問が心を浸食し始め、そしてそれが確定したとき、深い絶望に突き落とされた。きっかけは学園祭だ。

それまでもふとした瞬間に同級生の談笑を影から聞いていたとき、小さな疑問が胸に巣くった。彼女らの話題は流行りの男性アイドルだ。そこで思わず首をかしげてしまった。自分のこの胸にひっかかるものはなんなのだろう、と。もやがかかったのは確かだった。それから何度も似たような話題を耳にしたが、やはりその度にじわりじわりともやが濃くなっていった。何故だか理由はわからない。いや、わからないふりをしていたかったのだ。

けれど学園祭では、外部から人が入ってくるこの行事ではまざまざと現実を突きつけられた。

 

『私と男を見る目がまるで、違う』

 

そう、まるっきり違ったのだ。彼女らは、裏切った。

本物の「男」が入ってくると皆一斉におしとやかを装う。そして影からひそひそと、評価を下しているのだ。

『やばーい!イケメン入ってきたよ!』

『えっ!?どこどこ!?キャーッ、ほんとだ!ちょっと話かけてくるね!』

『前夜祭で既に彼氏ゲットした人いるらしいよ』

『えっ、はやくなーい?うらやましーい!あたしも彼氏ほしいなー』

彼氏。

アタシは目を瞠ったまま、立ち尽くしてしまった。荒廃した谷底に突き落とされ、絶望の渦に呑まれた気分だ。

今の今まで自分に注がれてきた言葉はなんだったのだろうか。今の今までその口で自分に注いできた言葉はなんだったのだ。私を好きだといったその言葉は、口は、目は。

 

『私が今まで【愛】だと思っていたものは【愛】じゃなかった……?』

 

彼女らの目を見れば一目瞭然だった。瞬きひとつにしても、直接送られる視線にしても、熱の種類が違った。

艶のある漆黒の睫毛を、まるで純情を気取っているかのように揺らし、伏せ目がちなその瞬きは全てがメッセージを送っているかのように意味ありげで。男を見つめている双眸は同性を見るときとは明らかに違い、不慣れな環境で少々の恐怖と、けれどそれに勝る好奇心。それが、それが熱の篭った視線、というものだったことに、初めて気づいた。

私が恋慕の情だと思いこんでいたものは、とんだ勘違いで、結局男がいない間の代わりでしかなかったのだ。偶像崇拝、よりも愛や信念は存在せず、残忍な、騙し方。私は最初(ハナ)から彼女らの視野になど入っていなかった。

 

次の日から、あれだけ気持ちよかった女の声援が金切り声のように煩くて、不快だった。瞳を見ると、その奥までもを読み取れるようになってしまって、そこにいた女たちは皆心が乾いているように見えた。刹那、ロボットが脳裏を過ぎった。

両腕に絡み付いてくる者も、一度詐欺師だと認識すると酷く重たかった。酷く邪魔だった。頭痛がした。胸の奥は憎悪と苛立ちと悲しみの糸がこんがらがって、ほどけるどころか大きな毛糸玉となって、感情を支配した。

それから、人の顔を認識できなくなった。皆、仮面を被っているかのようで、その仮面の下でせせら笑っているように思えて、女は残酷なほど嘘をつくのが上手いのだな、と実感した。

 

「…結局みんなへテロ(異性愛者)だったのよ。アタシなんか男の代わりでしかない。あのときできた彼女もなんの期待をしていたんだか、性移行の話をちょいちょいふってきたしね…。女のままで、本当に愛してくれる人なんかいなかったのよ……」

 

何を信じればいいのかわからなくなった。

情けないことに声が震えて、弱々しく呟いた。誤魔化すように、体育座りをしている膝を更に引き寄せ、膝に顔を突っ伏す。膝頭が雫で濡れる感覚があった。

途中から聞くことに専念していた一子が大きく息を吸ったのがわかった。でも、と発せられたその声は芯が通っていて力強い。

 

「…でも、今は私がいるでしょう?」

 

ふわりと肩に舞い降りた手はとても優しくて、温かかい。そこから波紋が広がるように全身が温まる。ふと、布団から結構な時間出ていることと、それにより身体が冷えていたことに気がつく。動いたことによって香った一子の匂いが、酷くカラ子を安心させた。そのおかげか涙は数滴ほどで止まった。顔をあげて、一子のほうを見る。心なしか短い眉毛はつり上がり、暗所のため開いている瞳孔は、その奥にも強い意志を持っているようだった。

 

「…そうね、一子がいる。」

 

そうだ、どれだけ過去に寂しい思いをしていたとしても、過去は過去。今はありのままの自分を見てくれる愛しい彼女が隣にいる。

髪も、あの頃より随分伸びた。着るものも、男性的でなければと、愛されることに必死だったあの頃より自由なものを着ている。あの箱庭から開放されたその日から少しずつ自由には向かっていったものの、まさかここまで女性化するとも思っていなかったので自分自身でも驚きだ。これも色々な世界を見せてくれる一子のおかげなのか、それとも好みに仕立て上げようという彼女の策略なのか。

 

「私は、あなたが女でもメスゴリラでも、」

「おい」

「ボイでもフェムでも中性でもダナーでも、あなたのことを心から愛するし、愛しているわ」

 

ふと、白くて細い掌が頬に伸びた。そのまますっぽりと包まれて、親指で口角を刺激されたことにより今自分がだいぶ笑顔になっていたことに気づく。ああ、幸せなんだなあ、と実感が湧いてきて、胸の奥からじんわり、じんわりと優しい熱が広がっていく。温かいスープを飲んだときみたいに、ほっと落ち着く温かさだ。そしてそのスープを一緒に飲んでいる相手は勿論。

 

「そういえば一子も女子校だっけ」

「そうよ。バスケ部だったわ」

「一子がバスケってあんまり想像できないけど……」

「失礼ね。まあマネージャーだったけど」

「いや、一子のことだから文化部かと思ってたんだよ」

 

決して運動音痴だろうなどと見た目で判断したわけではない。決して。物静かな彼女だから、絵画とか、星とかのほうが似合うなあと思っただけだ。けれど一子からじっとりとしたあからさまな疑惑の眼を向けられると、ひやりと背中に汗が伝った。

 

「私はあの頃、好きな人がいたわ。」

 

どきり、と鼓動が焦ったのがはっきりとわかる。過去のこととはいえ、あまりそういう存在や話を聞きたくないと思うのは、嫉妬なのか。独占欲がそんなに強い自覚もないので少し恥ずかしい。

そんなカラ子の思いなど知らず、一子は嬉々として話を続ける。いつもは静かに笑みを浮かべる彼女だが、らしくなく稀にみないくらいの、向日葵が咲き誇ったような可愛らしい笑顔だった。少女の頃を懐かしく思い出しているどころか、憑依してしまっているのではないのかと錯覚を引き起こすくらいだ。こんな顔を見たのは、告白して想いが通じ合ったとき以来かもしれない。

 

「入学したてで、引っ込み思案な私はまだひとりでいたとき、貧血で廊下で倒れてしまって。けれどそこで介抱してくれた人がいた。一目惚れだったわ。彼女はいつも人に囲まれていて、でもそこを割り入る勇気はなくて。彼女の部活も彼女目当ての人たちで定員になってしまって、けれどそれでも近くで見ていたかった。そしたらたまたま彼女とバスケ部部長が話しこんでいるところを見かけて。たまにくるっていう約束を聞いて、だからいちはやく入ったのよ」

 

***********************

♪*:・’゚♭.:*・♪’゚。.*#:・’゚.:*あとがき♪*:・’゚♭.:*・♪’゚。.*#:・’゚.:*

最初にいっておくと、「アタシ」と「私」は間違えているわけではなく使い分けしてるだけ。のつもり。「私」だったのはカラ子の女子校時代、王子様だった時代。「アタシ」は今現在のカラ子。年々女性化というかおっさん化していっているのかもしれない…。

「カラ」王子と呼ばせているのは、皆はカラ子のことを男の代わりとしてみているから「子」はつけなさそうだなと。

 

【用語解説】

ボイ…見た目がボーイッシュなレ*ズ*ビ*ア*ン

フェム…見た目がフェミニン(女性的)なL

中性…ボイフェム中間なL

ダナー…旦那系、が派生したものらしい。ボイより男らしい見た目のL

 

最後がにおわせるどころかあからさまなのでタイトルの意味がおわかりでしょうか。

実は一子ちゃんはずっと見てたよ。遠くからでもいいから見ていたくてバスケ部マネやってたのよ。孤独だったあの頃にもちゃんとあなたを見ていてくれた人、恋愛対象として、心の底から好きでいてくれた人はいたのよカラ子。

本文を読んで、「ん?これなら一度カラ子に会ったことあるどころか同級生なら覚えているのでは…?」と思っただろうけどカラ子ちゃんはもう何も信じられなくなって、その当時からこの思い出は切り捨てようと思って生きてきたからほとんどの人の顔も名前も覚えていないという設定にしておいてください。

 

書きたい内容を上手く書けないつらみ

ではでは(*^ー^)ノ