明雄は中学3年の時、新聞社が主催する高校入試の模擬試験を受けた。その結果は新聞紙上に掲載されたが、意外な反響があった。母の従兄弟も同じ町内の異なる中学で教師をしていたが、明雄の健闘ぶりを新聞で知ったのである。社会科の教師で星川直樹という。早速質問して来た。
「邪馬台国は何処にある?」
明雄は論争がある事は知っていたが、九州説の根拠も、近畿説の根拠も見当が付かなかった。第一歴史学者の関心事ではあっても、高校入試の出題範囲ではない。だが、親戚の社会科教師の言葉は少しぐらいテストでいい点を取ってもいい気になるな、もっと深い処で勉強を考えろという教育的配慮だったのだ。ある時は明雄の部屋を訪ねてきた。
「おい、いるか?試験の採点手伝ってくれ。」
そう言うと、3・40枚あるより糸で綴じた答案を渡して、
「〇×〇〇マニュファクチュアだ。マニュでもいい事にしてある。点数はいい。」
こんな風に学校業務の一部に関わらせてくれたのも、忙しい父に代わっての教育的行為だったのだ
。明雄は答案用紙が何を求めているかは比較的理解していたが、人間の心を読む事にかけては平凡でありすぎたようだった。
「邪馬台国は何処にある?」
明雄は論争がある事は知っていたが、九州説の根拠も、近畿説の根拠も見当が付かなかった。第一歴史学者の関心事ではあっても、高校入試の出題範囲ではない。だが、親戚の社会科教師の言葉は少しぐらいテストでいい点を取ってもいい気になるな、もっと深い処で勉強を考えろという教育的配慮だったのだ。ある時は明雄の部屋を訪ねてきた。
「おい、いるか?試験の採点手伝ってくれ。」
そう言うと、3・40枚あるより糸で綴じた答案を渡して、
「〇×〇〇マニュファクチュアだ。マニュでもいい事にしてある。点数はいい。」
こんな風に学校業務の一部に関わらせてくれたのも、忙しい父に代わっての教育的行為だったのだ
。明雄は答案用紙が何を求めているかは比較的理解していたが、人間の心を読む事にかけては平凡でありすぎたようだった。