佐藤正男議員が学んだのは旧制中学であったが、校舎は鶴ヶ城の堀の傍にあった。しかも、郷土の偉人山川健次郎博士が東京帝国大学総長を退任後、旧制中学で講演をし、中学時代の佐藤議員はその公演を聞いているのだ。毎日鶴ヶ城の天守閣を見上げながら登校し、山川健次郎博士から受けた薫陶で自分の夢、地域の人々の夢を育んだ佐藤少年は後に、学業、官僚、政治家としての最高の経歴を積み上げ最後に、総理の座を辞退して政治生命を終えた。明雄は佐藤正男議員の時局講演会で佐藤議員と大田芳夫後の総理の話を興味深く聞いた。官僚出身の政治家は、官僚批判の風潮の中で矢面に立たされる事もある。国益よりも省益を優先させてはならない。財政赤字と小さな政府。天下り問題。等々
問題は多岐にわたるが、要は元官僚が政治の世界にうって出る時に、民衆の声を聴き、その声を政治に届け、民衆の為の政治をする事だと思う。
明雄は高校時代に、国会議員の講演会に出かけた事がある。官房長官まで務めた佐藤正男議員である。その佐藤議員の応援に来たのが後の総理大臣大田芳夫だった。政治家は公人だから、公の場での発言には責任が伴う。不用意な発言、失言によって、説明責任が求められ、自らの出処進退の決断という形を取って辞任に追い込まれる場合もあるし、追及を自らの意思で退く事によって、断ち切る事もある。公人の発言は、失言問題として、減点法による評価の対象になる。しかし、政治家は沈黙を守る事は許されていない。よけいな事は言わなければいいのにである。こうして減点法による評価で、生き残った政治家がいる。どんなにいい事を沢山しても、失言によって失脚する政治家がいるのにもかかわらず。

 先ず、失言・暴言のない政治家。難しい政治の問題を論ずる前に、必要な事だと明雄は思った。

 現実の政治家には失言だけでの辞任はないかもしれないが、それくらい公人の一言は重いのだと思った。不明朗な会計や、選挙違反など政治経済の実体にまで明雄の考えは及ばなかったのだろう。