こんにちは〜!
アンです![]()
自己紹介![]()
・アン(アラフォー)
・夫・娘(小5)・息子(小1)の4人家族
・ナリ心理学®認定心理者養成講座を受講中
※ナリ心理学®認定アドバイザーではありません。
※質問&相談はお受けできません。
娘は小学校1年生の頃から
視力が悪くなり始め
学校の視力検査で
毎回ひっかかり
その度に眼科へ通っていた
私自身も中学生から
目が悪くなり始め
それからはずっと
コンタクトをしている
だからこそ
娘の視力が初めて落ちた時
すごくショックだった
家では
「テレビは近くで見ない!!!」
「本は離して読むよ!!!」
と、つい口うるさく注意していた
その根底には
「私のようになってほしくない」
という思いがあった
でも実際は
娘の「目の悪さ」を否定し
"悪いこと"として
見ていたんだと思う
そして、娘にはよく
「そんなふうにしてたら、すぐ目が悪くなってメガネになるよ!!!」
と脅すように言ってしまっていた
受け入れられなかった"見えない世界"
当時の私は
娘の視力が下がること自体を
受け入れられず
「まだ小学生なのに」
「目が悪いと困る」
と、見た目や結果ばかり
を気にしていた
そして、視力が低下することへの
不安や恐れが怒りとして
娘に向かっていた![]()
私は"現実の娘"ではなく
"自分の理想の娘像"
を見ていた
つまり「目が悪くない娘」
でいてほしいという
私の勝手な願望で
娘を見ていた
それでもできることはしてきた
小学3年生の頃からは
近視の進行を遅らせる
目薬を処方してもらい
毎晩点眼していた
そのおかげで
しばらくは進行がゆるやかで
ほとんど度数が
変わらない時期も続いていた
眼科の先生からは
「今の子は、スマホやタブレットの影響で低年齢から視力が下がってきている傾向がある。」
「できれば、小学校5〜6年生、中学生くらいでメガネになるのが理想」
とも言っていた
"見えない不便さ"を見ていなかった
そして、小5の秋に行われた視力検査で
今まで横ばいだった視力がぐんと下がった
小5になってから
タブレットで動画編集を
行うようになったため
目を使った長時間作業が続いたことが
視力低下の一因だったかもしれない
眼科の先生から
「もうこの視力まで下がったなら、眼鏡だね」
と言われた時、初めて私は気づいた
私はこれまで
「目が悪い娘」を気にしていただけで
"見えづらい世界で生きてきた娘の不便さ"
には全く目を向けていなかった
娘はずっと不便だったのに
「席替えで端の席になると黒板の端が見えづらいんだよね〜」と訴えても
「目が悪い子たちは前から2番目の席になるよう、優遇されてるんでしょ?」
と、まるで私は娘に
「自分のせいでしょ」と
突き放した言葉をかけてきてしまった
本当はめちゃくちゃ困っていたのに![]()
ようやくそこで
私は娘の不便さを
初めて理解した
娘の視点で世界を見ようと思えた日
先生の言葉をきっかけに
ようやく私は娘の不便さに
目を向けられた
「それなら、すぐにでも快適に見えるようにしてあげたい」
と自然に思い
翌日、娘と一緒に
メガネを作りに行った![]()
私はずっとコンタクトなので
メガネを作る経験は初めて
娘は
「どんな形にしよう?」
「どんな色がいいかな?」
と嬉しそうにフレーム探し
顔立ち診断というもので
"キュート系"が似合うと言われた娘
その診断を基に、メガネを選んだ
購入手続きをしている間に
娘の視力に合わせたメガネが
もう完成していて
すぐに受け取れたことにも
驚きだった
その姿を見ながら
「娘の不便さをもっと早く解消してあげればよかった」
と反省した
以前の私は
視力が低下することへの
不安や恐れが怒りとなり
「娘への否定」と「自分自身の否定」
につながっていた
※眼鏡や視力に偏見があるわけではありません
私の視力が悪いせいで
"娘にも同じ目にあわせてしまった"
という罪悪感や
"目を悪くさせた生活習慣=私の育て方が悪かったのかもしれない"
という負い目もあった
そのマイナスの感情が
怒りや小言となって
表れていた
娘を通して、私は自分の
非ダイヤ的な思考や言動に気づき
「目が悪いこと=ダメなことではない」
と受け入れられるようになった
本当に見えるようになったのは私
娘の視力が落ちていった数年間
私は"見えているようで見えていなかった"
娘の世界、見えない世界を通して
ようやく本当の意味で
「見える」ようになったのは
娘ではなく、私自身だった
世界がはっきりと
見えるようになった娘
「あの小さい字も見えるようになったー!!」
「葉っぱの違いや色までわかる〜!!」
「メガネってやっぱりすごいや〜!!!」
と我が家で感動の嵐です![]()
![]()
最後まで読んで頂き
(おわり)


