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一般社会と筋トレや思い付きのピロキチのブログ

日常生活一般や趣味の筋トレについてのブログ!

チリの鉱山からの奇跡の地上へのカムバックは見事でした。



本当に家族と再会出来て良かったです。



一時は閉じ込められていた時は本当に救出出来るのかと思いましたし


今年のクリスマスまでは何とかと言っていたので閉じ込められていた


作業員の方たちもそこまで精神的にも肉体的にも持ちこたえられるかと


心配されていたのも当然でしょう。



しかし、救出はどんどん早まり無事に見事全員家族に笑顔で再会出来た


事はこれに勝る嬉しさはないでしょう。


チリはスペイン語圏でカトリック信者が多いとは思いますが、ラテン諸国


は他の諸国とは違って愛情深いという印象を受けます。



私も若かりし頃はスペイン語を学習していたためスペインには何度か滞在


した事がありますが、印象は愛情に関しては日本人よりもかなり強く、、


ましてや命という事に関することに関しても我々よりもしぶといく家族が一番!


という感じです。



この情熱がこの世紀の救出を実現させたと思います。



小惑星イトカワから帰還したはやぶさは大きな感動を


呼んだものです。


特に大気圏突入時の光を放ちながらの地球への着地


には本当に心を揺さぶられました。


幾度の困難に見舞われながら地球へよく戻って来て


くれたました。


聞くところによると楊枝を日本から飛ばしてフランスは


パリにあるピーナッツへ当てるような事だそうです。


そのはやぶさの試料容器から地球外物質の可能性


のある微粒子が見つかった事が分かったそうです。


大きさ0.001mmの粒子の中に地球上の物質とは


成分特徴が異なるものがあったという事です。


せっかく大変な思いをして帰って来たんだから面白い


結果が出ると良いですね。



尖閣諸島が日本の領土であるということを説明します。


今から125年前の1885年に尖閣諸島は明治政府が

その海域を入念な調査をして中国(当時は清)などの支配


が及んでいないことを確認した後の1895年のに沖縄県


に編入したことが日本の領土の始まりで、当時の清もこれに


異議を申したてることもなく、歴史的にもれっきとした当時


からの領有権があります。



何で当時文句を言わなかったんだろうね?


物凄い疑問!



中国も尖閣諸島が日本の領土であると認めていた事実



第二次世界大戦後の日本はポツダム宣言を受け入れて日本領


であった旧満州や台湾の領有権を放棄して返還しているます。


1951年のサンフランシスコ平和条約でアメリカは沖縄と一緒にこの


尖閣諸島を施政下に置き、また沖縄返還の時も一緒に日本へ戻され


た歴史的現実があります。


また、1953年1月8日の中国の人民日報は「沖縄の尖閣諸島」と書いた


事実もある。


(安藤正士 現代中国年表より)


1960年代には中国や台湾で発行されていた地図にも尖閣諸島が日本


の領土であると記載されていると多くの研究者が指摘しています。




また、それまでにアメリカ施政下にある沖縄に帰属してい

る諸島であることに異議を唱えずにいた事実は中国は尖閣諸島は日本領で


あることを認めていた事であると信じる事は現実的ですね!



また住民が生活して事実もあり日本の領土であることは

紛れもない事実です。