小5くらいから夕飯は私の仕事みたいになってました。
共働きだったし、褒められたかった
ずーっと比べられた姉との差別化を図って欲しかった
そして、中1になったばっかりの4月から母は19時に帰る勤務へと変更になりました。
つまり夕飯作りは私の担当になりました。
中1で夕飯だけではなく、買い物も学校帰りに行っていました。
買食い?いいえ、マジで自転車のカゴの中は食材でした。
出来るだけ安い食材を使って、毎日毎日飽きさせないように。
ヤングケアラー?
いいえ。
うちには誰も介護をしていませんでした。でも、家事の全てを請け負っていました。
洗濯、干す、取り込み、畳み、お風呂を洗ってためて、休みの日はお昼ご飯、茶碗を洗い、掃除機かけて、雑巾かけて、ワックスかけて、布団干して、シーツ洗って、勉強する。
いや、勉強する暇なかったよ。
それでもパチンコ行って負けて暴れてる父のサウンドバックになる事も。
殴り、蹴られ。
ベルトで叩く母。
私は貧乏すぎて盗む事もありました。
お菓子が買えなくて。
お店や憎い父の財布から盗む。
もちろん盗むのは今はしないし、そんな必要もない。きちんと働いて自由に使えるお金があるからね。
家計の管理をしたり、親や家族のために頑張って褒められたいと子どもは思う。親に愛されたいと常に思っているからね。
ヤングケアラーがどこまでの範囲を言うのかわからない。当時の私は苦に思っていなかったし、みんなから褒められるのも気持ち良かった。
でも、それは本来の子どもの姿ではない。
子どもが子どもらしく生きていけるように政府はサポートをして欲しいと思う。
虐待の意味は?範囲は?
もし当時虐待とされていたら私はどうだったかな?
もっと子ども手当があったら。
生活補助があったら。
母が5時に仕事が終われるくらいの支援があったならば。
本当に考えて欲しい。