ぷろとけらあやの腐りかけの肉は格別ブログ -8ページ目

北斗さんのブログは大好きで毎日読んでいました。

いつからだろう、ブログを読みだしてからファンになったの。

毎日笑顔で元気で明るくてやさしくて、

家族を仲間を大切にできる、

そんな北斗さんにあこがれていました。

テレビに出演されている時は、

なんだか知り合いがテレビ出てるような感覚になったりも。。( ´ー`)

いつも北斗さんの笑顔に元気をもらっていました。


まさかその北斗さんが癌・・。

北斗さんの告白を読んで泣きました。


乳がんで右乳房全摘出しか道がない。

昨日のブログで「明日の朝手術」と書かれていたので

今頃手術をされているのかな。。

脇のリンパまで転移している可能性もあるそうで・・

手術後は長い抗がん剤治療も始まる。。


かなり深刻なご様子で

きっと北斗さんもご家族もとても辛くて大変な思いをされてて

これからも長い時間、耐えなきゃならないんだよね・・

毎年乳癌検査してたのに・・悔しいよね・・・。


こんな時どんな言葉が適切なのか・・言葉につまってしまう(´_`。)


がんばってください・・→これ以上がんばれってか!

ゆっくり休んでください・・→闘病だって言ってるだろーが!

絶対治るから大丈夫・・・→そんな簡単じゃねーんだよ!


もし私が北斗さんの立場なら、

こんな風に、どんな言葉にも苛立ってしまう気がする・・・ヽ(;´Д`)ノw

北斗さんならどんな風に応援されても気持ちを受け取ってくれるかな・・(T▽T;)


北斗さんを、北斗さんのご家族を、応援していますよ(><)

癌が1日もはやく完治することを願っています!!!(><)





北斗さんは、自分は皆に癌のことを広めるために

選ばれたのだと・・そう思うしかないのだと・・ブログにかかれている。


そうだよねー・・

私も娘のことで、そんな風に思ってる。


すごく辛くて悲しくなる時もあるけど、

もし自分と同じような境遇にいる方がいたら

自分の持ってる情報を話したりして

その人の力になりたいって思う。

だから加絵氏の事だけ書く専用ブログ作ったのだ。


がんばろう!!!



今日は、家族でこれからピューロランド行ってくるよ。

楽しんできます!!(^ε^)♪

昨日の記事を読み返したらすっごい意味不明だった。
足りない頭を振り絞ってもう一度こっちに書きます!!

幸せを語るって難しいなああ。
幸せってなんですか?って
100人くらいに聞いてまわりたいよ。


私は…幸せとは、自分は恵まれているという主観的なものの捉えだと思う。


幸せは瞬間的にしか訪れない。
でも過去を振り返ると
思い出がうまいこと脳内で編集されて
『あの頃は幸せだったなあ』
なんて思ったりもする。


「幸せを求める」ことは、過度な夢追いに似ている。
全てが結果論で確率論。
夢を追ってそれが叶わなかった時には
敗北者となる、みたいなこと(O_O)
それまで平凡な人生を歩んできたけど
余儀なく命を落として、その人の人生ってば不幸だったね。
そんなものの考え方が私は嫌だ。
なので『幸せになりたい』とか『幸せになる』とか言われると
結果・・つまり命の終わりを連想してしまって苦手だ。

そんな風に考えていたくせに
『幸せになるのに障がい者も健常者も関係ない』
『障がい者だって幸せになれるっつーの』
みたいな事を自分で言ってしまったので
気持ち悪くて削除した次第です。



豊かな人生をおくりたい、なら、いいかも。ね。
豊かな生き方、過程を大切にしたい。
豊かには、幸せも不幸もありません。
はい、ただの屁理屈野郎ですね。


おわります(O_O)
(結局自己嫌悪しておわるという)

基本的に間違ったコンセプト

お祝いだ、お葬式だ

ゆっくり過ごす日曜の朝だ』


日曜の朝/宇多田ヒカル





そー!そーなの!
基本的に間違ったコンセプト!



「幸せになる」って言葉は

「死」を連想してしまって苦手です。


昨日、ブログ記事を1件投稿したんだけど

記事内で自分が「幸せ」について語ってて、

なんかそれにすごく違和感を感じて、

すぐに削除しましたヽ(;´ω`)ノ


具体的には「障がい者だって幸せになれる」といった内容で、

「幸せになるのに健常者も障がい者も関係ない」なんて書いていました。



この「幸せになる」って言い回しが、

すごく苦手なんだああ。。



幸せが勝ちで、不幸が負け、みたいな、その感じ。

例えばそれまで幸せだったけど、急に誰かに殺されたら

その人は不幸でしたね・・・みたいな、

さっきまで幸せだったのになぜ?みたいな・・。

だったらわからないじゃない。幸せなんて。




だから「幸せになる」って、私の中では「死」です。

すっごい幸せを感じたとき

ああもうこのまま死にたいなって思うでしょ。きっとそれ。



ただの、言葉のこだわりで・・

ひねくれているだけで

とくに深い意味はありません。

ただただ苦手なのだった。



http://blog.livedoor.jp/ikuzitter/archives/8817715.html


おまえはおれかー!なスレ発見。


や、私は叩いてないけども。





アドバイス厨とか自分語り人とか、クソリプたくさん。

ほんといらないよね。

ネット上に限らず、こういう悩み打ち明けるってことは

気持ちがいっぱいいっぱいな時なんだよ。

話をきいて「大変だね」と親身に寄り添ってもらいたい時なんだよ。

そういった内容に対してのクソリプはあんまりじゃないのか。


「遊ばせながら食べさせるって一番やっちゃいけないことだよ」とか、

「食べない飲まないってことは、その子に必要がないからだよ」とか、

「ほしがるまで与えなければいいよ。お腹減ったら食べるよ」とか、

無責任発言だ。

こういう人がいるから相談もしたくなくなるんだよ。



「遊ばせながら食べさせたらいけない」

→そんな事知ってるよ

 そうでもしないと全く食べないんだよ



「食べない飲まないのはその子にとって必要がないからだよ」

→栄養失調で発育不全なるよ

 入院して点滴・鼻チューブコースだよ


 

「ほしがるまで食べさせなければいいよ」

→そんなことある程度とっくに試しているよ

 食べなかったし飲まなかったよ

 食べるのにも飲むのにも体力が必要なんだよ

 栄養失調になればもっと食べないし飲まないよ



あと「気にしすぎw」っていうのもほんと腹立つつつ。



あと

「うちは逆にデカすぎて心配w」とか。

「うちは1歳で8kg。小さいけど元気だよ」とか。

なぜに今あなたの話に?って。

そして自慢にしか聞こえないし。

いやそんな性格悪くないってことはわかるけど

それにしても「今、それ、私に言う?」とは思う。




こういう怒りを、感じるのは、損だ。

こういう人に感情を振り回されたくないから、

こちらが鈍感になった方が幸せなのはわかってるけど

でも、たまに、スルーできなくて、ボンってなる。



まあ、そんな日もあるね。。

タイトルは・・ドランクドラゴンの鈴木拓氏の名言。



今日は朝からつかれた。



相変わらず、娘は全然ごはんを食べてくれない。

それは毎日毎度の事・・

でも今日はついに、また、そんな娘にブチっとキレてしまった。




娘に手を挙げたことはない。

でも・・汚い言葉を浴びせたり怒鳴ってしまう事がある。


毎度、娘の好きそうなごはんを用意して

片手はおもちゃで懸命にあやしながら、

もう片方の手で、娘の口が少しでもあいた一瞬のすきに

ご飯を食べさせる。

娘が食べている、というより、

私が無理にごはんをつっこんでる、と表現した方が正しい。

離乳食も飲み込みやすいように、

未だにとろみのあるものしか与えていない。


でもどんなにご機嫌をとっても、工夫をしても、食べないのだ。

40分程粘るが結局は毎度、小皿に作った殆どが破棄になり、

ミルクも、作った半分以上は破棄。

娘が悪いわけじゃないのはわかっているが

頭が割れそうに痛くなる。






OL時代・・

会社で深夜まで残業の日が続いたり

緊急対応で1日中トイレに行く暇もなかったり

自分だけ休日出勤をさせられたり

理不尽に怒られたり、濡れ衣を着せられたり

ずさんな対応を受けたり、同僚にイライラしたり

会社で働くことは大好きだったけど

辛くて何度もやめたくなった時期もあった。

そんな時は「会社やめるのなんて簡単だし」と思って耐えた。

それがあったから5年間続けてられてきた。

鈴木拓氏の「どうせこいつ殺せるからいっか」・・に、近い。





これって育児にも応用できないものか考えたんだけど、

思いつかなくて悔しい。

「怒鳴ったり手をあげたりするのは簡単だしな」って

思っとけばよかったのかな。


今朝は自分の怒りのボルテージが一瞬でマックスになり

娘を怒鳴りつけたのは

娘をどうこうしたいっていうより、

怒りを吐き捨てたかっただけ、みたい。

娘に汚い言葉を浴びせた10分後には

罪悪感と自己嫌悪で死にたくなっていた。

これ以上、育児をしていくことに、自信がなくなっていた。

また、親の暴言によって子供の脳は委縮すると本で読んだので

もし娘の脳がこれ以上小さくなったら・・と思い、震えた。

本当に辛かった。

(過去形で書くとすごく他人事な感じになるね・・)





何故過去形なのかというと、

これは今朝の話で、

今はもうすっかり調子を取り戻しているからだ。



娘は昼食もほとんど食べなかったが

私は今朝ひと暴れしたので感情はなだらかに収まっていて、

腹をたてることはなかった。

とりあえず娘も私も元気で、

娘は今はすやすやと昼寝をしている。






最近のニュースでも、介護施設で虐待が発覚していた。

あれは、虐待してる介護士だけを責めたらだめさ・・・。

システムが悪いんだって施設側が気付いてガス抜きしないと・・

ああいうのって個人の責任だけじゃないじゃない・・。

って、そんな風に自分の事を擁護してる自分が若干気味が悪い。





ちなみに・・

この文章だけを読めば、

「娘がご飯を食べない」だけが

私の1人ひと悶着の要因のように見えるが、

「ご飯を食べない」は単なるきっかけでしかない。

不平不満はあまり書いていないだけで、正直くさるほどある。


結構つらいけど、でも最近は一日中つらいっていう日はない。

良くなった。

でも今回は・・、改めて、もっとガス抜きしないとだめだなと思った。


ヘタレだ。

友達に、すごいね、強いね、って言われるけど

全然すごくないし、強くないですよ!!


楽にいこう。

楽しくいこう

悩むのは損。

暗いのは損。

妬み辛みは損。



娘氏、ごめんね。もうしない!

(この軽さ、DV加害者みたいとか言わないで)

(暴力ふるった後にめっちゃ優しくなるっていうアレ)

(いやまさに今の自分じゃん)

(3ヶ月待っててください、

「この3ヶ月間1度も怒鳴ったり等虐待してません!」って、報告します)
(フラグではありません・・)



前回のブログ・・

ちゃんと言いたい事上手く言葉にできているのか自信ない。

ヽ(;´ω`)ノ






最近ね、ちょっと前からか、

私も夫も、実は発達障害のグレーゾーンにあたるのでは?って

疑惑を持っている。



私の場合


過去の問題


・小・中・高・大 理由なく不登校を繰り返す

・学校で会話ができたことが殆どない

・人前で朗読や歌など、発表事が死にたくなるくらい苦手

・友達がいない

・しょっちゅう忘れ物をする

・意味もなく嘘・でたらめを言う

・すぐ頭が痛くなる

・ドタキャン・遅刻の常習犯

・やや、ひきこもり

・毎晩月と会話する

・毎晩泣く事が日課で、泣く理由がなくても無理にでも泣く

・自撮り魔

・「私は宇宙から実験のために転送されてきたモルモットかも」

 「私以外はみんな宇宙人で、いつも私を監視しているのかも」

 「監視カメラがいつも私を狙っているから、街に出るのは危険だ」

 「この人、(この動物)は、私の脳内を透視している」

 「この人は優しいふりをしているけど、ほんとは私を見下している」など、

 被害妄想が過ぎる。そしてそれを50%くらい信じてる。

・大した理由もないのに人を○したい等と思う

・摂食障害

・家族に対するコンプレックス
・店員や事務員との何気ない会話に目が泳ぎ挙動不審になる

現在進行形の問題


・集中力がない

・人見知り

・人の顔と名前を覚えるのに苦労する

・議事録をとる・・のような、

 「聞きながら書く」、「説明しながら書く」ができない

・人前で文字を書きたくない

・人前で良い子ぶる

・相手が友達でも家族でも、電話は苦手

・人に目を見られるのが苦手

・左右が本気でわからない

・何度も電車の降り間違えをする

・約束の時間を何度も確認しないと不安

 (スケジュール帳に書いてある時間すら疑う)

・人付き合いが苦手

・片付け・整理整頓が苦手

・パーティ等でがんばって楽しもうとして

 羽目を外しすぎ、その後ひどく落ち込む

・「雑談」をするのが苦手



現在はともかく、

幼少期~大学生くらいまでの自分は

グレーゾーンどころではないかもしれない。

とくに理由がないのに生きていることがとても辛くて、

何もないのに家族にも辛い思いをさせてる事に

罪の意識があった。


そうして、自分は完全に社会不適合者だと思っていた。

大学は休みすぎて3年も留年した。

登校中に苦しくなったり

教室の前で苦しくなったりで

大学までたどり着けても

図書室やトイレにこもって1日が終わることも多々あった。

大学6-7年目、もう後がなかったが

なぜか最後の最後で私は大学に通う事ができ、なんとか卒業できた。

あの時の自分を、沢山褒めてあげたい。


更に、社会人になったのを境に

私の症状は徐々に改善され、

いつのまにか、もう以前の面影も感じさせないほど成長できていた。

それでも今も行き辛さは感じるし、

「変な人」って思われてる気はするけど、

以前よりは格段に良くなってるし、まあ満足している。


長々と書いたけど、そんな感じ。



夫は私とは全く違うタイプの人間だけど、

同じくグレーゾーンな気がする。

想像力が乏しく、細部まで説明しないと理解できない、

人の期待感や気持ちを察することができない、

なんてことが多々ある。

いい加減なこと書きそうなので

夫の事は私から説明するのはやめておく。



夫も私もグレーゾーンなら、

娘はサラブレッドなのかもなって、笑っている。`


発達障害は遺伝するって最近知った。


娘が発達障害だと決まったわけではないけど

やはり目が合いづらい、人に関心がない事が、気になる。

もし発達障害なら、しっかり支えていくことを覚悟する。



私の幼少時代には、発達障害なんて言葉はなかった。

自分でも、自分に障害があると自覚したことはなくて、

ただただ、「なぜ自分は普通のことができないんだろう?」って

不思議に思うしかなかった。

なんの情報もない時代、家族のことも苦しめ、

私は何度も「キチ○イ」呼ばわりされた。

でも今は時代が違うから。

私のような青春のおくりかたは、きっとしなくて大丈夫だと思う。

もっと理解があるし、もっと情報があるし、もっと支援があるから。


支援サービスに沢山頼って、がんばろうー( *´-`*)

発達遅延の子供を育児中のママと

愚痴を言い合ったり、

励ましあったりしたいなー、とか

友達になりたいなー、とか

思うんですが・・

いかんせん、良い付き合いができるとは思えない。




悪い意味でライバルになってしまう。

はじめはお互いに「全然発達がすすまないー」なんて言い合ってて、

それからどちらかの子供がいきなり急成長した時に、

両者それを素直に喜べるだろうか。


健常の子の成長を喜ぶのとは、わけが違う。

同じ、仲間だと思っていたのに

急に出し抜かれた感じがして、

まあ焦るし、その焦りは誰にも打ち明けることができないし、

余計に孤独を感じるようになるのではないか。





前に古い方のブログに書いたけど、

私にはダウン症の子供を育てている友人がいる。


友人はその子に関する色んな悩みを打ち明けてくれてた。

大変だなと思ったし、色々共感できるところがあった。

トモダチの中に同じような悩みを持っている人がいるって事自体が、

心強くて、安心感があった。


でも、それでも、その子供は生後10ヶ月には

お座りもできてたし、ハイハイもできた。

母親の事をしっかり認識し、よく笑い、よく甘えた。

指さしもできたし、模倣もできた。

音楽に合わせて踊ったり、

1人で哺乳瓶を抱えてぐびぐび飲み干したりしていた。


現在1歳間近の私の娘には、できないことばかりだ。


友人に対して嫉妬はしていない。

きっと私とは違うところで、沢山悩んだりしていると思うし。

健常の子の親に対しても、それは同じ。


でも、それでも、やっぱり・・それだけのことができているのに

「あれもできない、これもできない」と言われると

・・・少しだけ胸がちくちくする。

だからといって、私に気を使って、

全く愚痴を言わなくなられるのは、

それはそれで嫌だ、さみしい!(わがまま・・w)


もう、こういう事でいろいろ考えたりするのは、

この友達だけで充分なのだ。

だから、発達遅延の子のママとは、

友達になりたいけど、なりたくないの。


(でもね、友達の子どもの方が

発達すすんでてくれてよかったと思う。笑

相手に気を遣う方が、めんどくさそうだもんね。

あ、あと、誤解を生みそうな書き方をしてしまってるけど

私はこの友達のことすごく好きだし、

古くから付き合いのある貴重な友達なので、

お互いの子どもがどんな状態になったとしても

私たちが友達であることは変わりたくないと思っている。)




雑談をするだけの関係や、

冗談を言い合うだけの関係なら、

相手が誰でどんな状態であってもいいかもしれない。


でも共通の悩みを話し合えるような友達って

その共通の悩みが持続していないと、

関係を続けるのはムズカシイと感じる。


たとえば売れない漫画家同士が

「コマ割りむずかしいよねー」とか

「全然アイディアうかばないわー」とか

「今日も徹夜でがんばろう!」とか長年言い合って

信頼関係を築いていたとする。

でもある日そのどちらかが突然売れっ子作家になったら、

それは喜ばしいことであると同時に

今までの信頼関係が一気に崩れる危機であるのではないだろうか。


共通している悩みが深刻であれば深刻であるだけ、

その悩みが持続しているか、

お互いに悩みを解決していないと、

関係を続けるのは難しいとおもう。

(例えば、ダイエット仲間とかなら
大抵自分の努力次第で結果は出せるし、
いきなり一発逆転するようなこともないし、
例え1人がダイエットに成功したとしても
そこまで関係性にヒビが入ることもなく、
良い関係は続けられるだろう。
痩せた子に「がんばって」とか言われても
そこまで複雑な気分にはならないだろう。)

子供の発達問題は、
特に3歳前は突然急成長する場合がある。
はじめは発達具合が同じぐらいの地点だったとしても
いきなり差が開く可能性はいくらでもあるし、
それは誰にも予測ができない。
家族のフォローアップが重要な役割だとはいえ、
沢山リハビリをしたからってそれが実を結ぶとは限らない。

そういう可能性があるとわかったうえで付き合い、

一方の悩みが軽減した際に、

スマートに「今までありがとう…フッ」と、

割り切った別れができるのが、大人なんだろうか。


でも私は、そういう別れをしたくなくて、

やっぱりそういう別れがあるってわかってるなら

最初から付き合いたくないなとおもう。

なので、もし、発達遅延児のママ友ができたとしても、

私は暗い話はしないし、愚痴も言わない。

そういう付き合いならできる。

きっと相手にもそれを求めてしまうなあ・・。

もし発達相談とかされても、「そっかそっかあ・・大変だね」と

うわべだけの返事しかできないかもしれない。

(実際その状況にならないと、わからないけど)





だから、ネット上でだけ。少しだけ。

愚痴を書いたり、本音を言ったり。

きほんは明るく。

暗いのは、人を暗い気分にさせるから、

実はそもそもあんまりすきじゃない。


たとえば暗い事でも、最終的には、

「~~~っていう考えを私は持っている。

でも私はだいじょうぶだよ。

え、あなたもそうだったの?

ならあなたもだいじょうぶだ。

あなたみたいな人がここにいるよ!」

っていう感じが理想。

人を暗くさせるために暗いこと言うんじゃなくて、

人を安心させるために暗いこと言えたら素敵だ。

全然できてないけど。笑




話まとまってるかなー・・。

とにかく人付き合いは苦手だ。
でも人は好きだし、仲良くはしたいし。
力になりたいし、助けたいし。
むずかしいことなのか、かんたんなことなのか、わからないけど
とりあえずはまだ人との距離感キーープ・・・・。



ではまた。

障害児を支えている家族って

それだけですごく立派に見える。



私の勝手なイメージだと

母親は化粧っ気がなくて、洋服は質素、


自分の事は二の次で、趣味はない。

常に子供の事を考えているから

周囲の支援や付き合いはある。

でも本当の友達はいない。

性格は控えめだが芯が強い。


・・・会ったこともないのに

どうしてこんなイメージが私の中にあるのだろう。




げんじつには、

障害児の親でも、

中にはきっと

夜遊びをしてる親もいて

借金をしてる親もいて

不倫をしてる親もいて


フツーの親もいるはずだよね。






ていうか、



子供が障害を抱えていたとしても、

状態が安定しているなら

(命にかかわったり、自傷や暴力等、

手がつけられない状態というわけでないのなら)

日々の生活はそこまで突拍子のないものではないだろうし

そこには彼らにとっての日常が存在するだろうし

障害児の親だからといって

「立派」である必要はない。よね。って、最近思うようにしてる。

人や、障害によっては、大変であることには違いないけどね。






私は自分に娘の親が務まるのか

たまにとても不安になる。


ミルクも離乳食も嫌がり

ぜんぜん体重の増えない娘をみて

毎日胸がはりさけそうだ。


今まで一度も

「どうしてうちの子が?」と思ったことはない。


でも、私の中で、障害児の親ってすごく

「立派」で「尊い」というイメージだったので

「なぜ私なのだ?」と思ったことはある。



私は立派じゃない。強くない。

すぐ頭に血が上り、叫びたくなる。鬱にもなる。

元ぼっちで自意識爆発のアウトロー野郎が

必死にフツーになろうとして

それでもヘタクソで、宙ぶらりんで必死に生きている

ただのへなちょこ人間だよ。

こんな頭悪そうな文章書いててもう三十路だよ。


こんな私に支えられるの?


ほんとは超放任主義で育ててやろうと思ってたのにwみたいな・・

(子供には、私のような臆病者のようではなく、

自由にのびのびと生きてほしいとおもっていた)






人は「神は乗り越えられない試練は与えない」などと言う。




障害児を持つ親って

この言葉言われた事ある人沢山いると思う。



私はこの言葉がすごく嫌いだ。

相手は親切で励ましのつもりで言ってるとか、関係ない。

大大大大大嫌い。


障害は「神の与えた試練」なのか?

ちがうやろ?

そもそも障害は「試練」なのか?

それもちがうやろ。


障害は一生付き合っていくものだから

「乗り越える」とかじゃない。

気持ち的に「乗り越える」って意味だとしても、

それもおかしい話。

「片思いしてた子にフラれた」とか、

「志望校の受験落ちた」とかとは、わけがちがうわけだよ。

次に進めるようなことではない。



たまに立ち止まってもいいじゃん。

人生螺旋階段で

調子いい時もあれば調子悪いときもある。

調子がわるくなっても

「まただめだ。全然成長してない。」なんて思う必要もない。

調子いい時はいいんだから、それでいい。

また調子よくなる。


そんな風に私は障害と上手く付き合っていきたい。

障害者にとって障害とは試練ではなく、

生活の一部、自分の一部であり、

きってもきりはなせない「個性」であると私は思う。


いつも、この気持ちを忘れないでいきたい。。




今週末は夫が夫の実家に行って

娘のこと(障害のこと)をいろいろ報告してきた。


義親がどんな反応をするか怖かったが

意外とあっさりしていたようだ。




来週もがんばろうね。




おやすみなさい。

24時間テレビを見たよん。

24時間ずっと見てたわけではないけど

半分くらいは見てたかな。


24時間テレビってネットではボロクソに言われてるけど

私は今年見てすごくよかったよ。


障害者の人達って普段は陽の当たらない場所にいる。

なにか目立つアクションを起こせば

すーぐ「障害を売りにするな」なんて言われたりする。


少しずつ差別は減っているのかもしれないけど

まだまだ障害者の人達はこういう時にしか

目立つことができない。

だから、まだまだ差別があるうちは、

こういうお祭りってあった方がいいんじゃないかな。


24時間テレビで見せる障害者の人達はあくまで一部だし

障害者の人達をひとくくりに見るつもりはない。

私はNHKのEテレのバリバラも見てるし

バリバラも障害者の人達を知るには良い番組だと思ってるよ。


「24時間テレビは障害者を可哀想な人扱いし

差別を助長している」なんて声もある。
確かにそういう見方をする人もいるんだろうなあとは思うけど、

今年の24時間テレビ・・そんな可哀想な人扱いしてた?

私が鈍感なだけだろうか?(・ε・`)

見てても、「可哀想な人達がけなげに頑張ってる」って

そんな捻くれた考えには至らなかったな。

それより単純に「すげーな!」って感じだったよ。


特にみどころと感じたのは

生まれながらに心臓病を患う13歳の倫太郎くん!

あの子素晴らしかったね。

自己肯定ってほんと大事だよなああ。

すごい明るくて堂々としててかっこよかった。

難病があるとかないとか関係なく、人として尊敬する。

彼を見て、「可哀想」と感じた人っているのかな?

それより断然「すげー!」でしょ。



24時間テレビというお祭りは、

健常者のためだけのものじゃない。


沢山の難病患者さんや障害のある人達、

また彼らの保護者・関係者の方々が見てる。


もちろん、難病患者さんや障害のある人達の中にも

「は?24時間テレビとかただの偽善やろwなめんなw」みたいに

思ってる人はいるんだろうけど!


でも少なくとも私は、今回、24時間テレビはじめて見て、

勇気と希望をもらいました(/ω\)




私の娘は左眼が見えない。

右眼は見えているようだけど、

あまりよくない傾向にある。

それからもうすぐ1歳になるけど

おすわりもできなければハイハイもできない。

今後特殊な補助椅子や歩行機が必要になるかもしれない。

そうなったらお医者さんからは

障害者手帳の取得を進められている。

その時の病名は脳性麻痺になるそうだ。

あと精神面(知的面)でも、

なにかありそうな予感がしている。


障害者って、どこからが障害者なんだろう。

障害者手帳があれば障害者?

なければ障害者じゃないの?

じゃあ、私はまだ障害者の親ではないのかな。

そういうくくり方、よくわからない。


障害者に対する理解は、

特別ないわけでもないし、あるわけでもない。

まだまだわからないことだらけ。

でも、わかりたいと思ってる。



24時間テレビを見た感想・・


☆私もがんばる!

☆娘の将来を心配しすぎない、今の娘を見ていよう

☆娘が笑ってるなら、私も笑おう
☆私ができることってあるのかな

☆もっと皆のことが知りたい

☆私の事娘の事もっと知ってほしい

(ほら、障害者の保護者ってめっちゃ素晴らしい人☆ってイメージあるじゃんw

苦労に苦労を重ねてきて人として素晴らしい~尊敬=☆みたいなw

うちは全然そんなんじゃないので、

そんなんじゃない保護者もいまっせーって言いたい)


などなど。


前向きな明るい気持ちになれたよ。


皆テレビに出てくれてありがとうって思うよ。


私もがんばるぜいぜい٩(๑❛ᴗ❛๑)۶



あーー。



書きたい事まだまだ沢山あるけど

また今度書く。w


睡眠時間大事だからね!


おやすみなさいませ~( ∩ˇωˇ∩)

娘もうすぐ1歳。


うちの会社は最長で子供2歳になるまで

育児休暇が取得できる。

大抵の人は子供が1歳半~2歳で復帰する。

職場復帰のしやすい会社なので

出産・育児のために退職したって人を

私は今まで見たことがない。


私ももちろん復帰するつもりだった。


でも現状、病院・施設通いが多くて

その他に訪問リハビリも週1であるし。


例えば今週だと

月曜日・・自宅で訪問リハビリ

火曜日・・市外の医療施設で療育

水曜日・・なし

木曜日・・市内の保険センターで療育

金曜日・・市外で眼科


市外の大きい病院だと

待ち時間も長くて

半日出勤もできなさそう。


それでもなんとか職場復帰できないものかなー・・とか。

もう潔くあきらめた方がいいのかな。


考える猶予はあと半年かな。


一回辞めて、数年後に再入社できないかな。。w



学校が好きだった事は一度もなかったけど

会社は大好きだったな。

嫌な事も沢山あったけど

それでも大好きだった。

職場復帰したいな。

娘第一だけどさ!



新しい絵文字かわいいな照れ