ぷろとけらあやの腐りかけの肉は格別ブログ -5ページ目

こないださ、

悩みとは、重ければ重いほど

人に話せなくなるものだと書いたけど、


たまにさ、

悩み事の絶えない人っているよね。

いつも何か悩んでる風な人。

愚痴なのか相談なのかわからないけど

なにか問題があるたびに

深刻な顔して共感を求めてくるの。

私はそういう子をスルーする事ができなくて、

話を聞いて、うんうんそうだよねって共感するだけしてるんだけど、

これってなんなんだろうね。

悩みを話すことで

人をつなぎとめておきたいとかなのかな。



人の悩みって、聞けば聞くほど

その人に気を遣うようになるから

自分の言動や行動は制限される。

まあ、制限をかけるのは自分自身なんだけど。

・・それって逆を言えば、

自分が悩みを話せば

人はそれだけ自分に気を遣うようになる可能性があるってことで

それはやっぱり嫌だなーーーって思う。

だから、自分の悩みっていうのは

重ければ重いほど、

赤の他人に話すべきであって、

友達に話すべきではないと思うよ。

特に、自分の経験にないような悩みを打ち明けられた場合

友達はすごく困惑するだろうし、

なんて声をかければいいかわからないし

どう接していいかもわからなくなる。



友達ってなんだろうって毎日思う。

子供に聞かれてもなんて説明すればいいかわからない。

友達ってなに?

友達と自分は同等・対等じゃないといけないのかな。

対等の関係が崩れたら、友達じゃなくなるのかな。

じゃあ友達って消耗品なのかな。

それでも続けられる友情って

うわべだけの関係だからなのかな。

色々聞かれても、

「さあねー、ママにもわからんとよー。」

って言わなきゃだ。





ただ言えるのは、

どちらから一方が相手に気を使って、

いろいろムリをしたり、

我慢をしないといけなくなると、

友情関係を続けるのはムズカシイですってこと。


ずっとずっと繰り返してて、しつこいけど、

だから私は親友だった子と

うまくいかなくなってしまった。

私が自分の弱みを見せすぎて、

相手の子が私に気を使いすぎた。

・・・ひきずりすぎですかね。



今いる友達は大事にしたい。



では、おやすみなさいまたあした。

土曜日は家でひな祭りパーティーをする予定なので

そろそろお品書きを決めなくてはならない。

特に料理が得意なわけではないので

簡単に手巻き寿司と

おつまみ系、揚げ物1品、焼き物1品、汁物・・て感じで考えている。

面倒くさいけど、たのしいねこういうの。私は好き。

宮崎駿も言ってたね。

『世の中の大事なことってたいてい面倒くさいんだよ』

『面倒くさくないところで生きていると

面倒くさいのはうらやましく思うんです』

私もその通りだと思う。

「自分のやりたい事は面倒くさいこと」

「面倒くさいことをするのは楽しい」

そんな風に思えたら

人はもっと丁寧に生きることができると思うのだ。


そんな私は人並みに面倒くさがりで、せっかちで、

どうしたら効率よく楽に生きることができるかを考えるのが

趣味だったりもする。

例えばエレベーターに乗ったら、

行先ボタンを押すより先に

閉まるボタンを押すようにしてる。

何故なら、その方が、効率がいいから!!!

行先ボタン押したあとに閉まるボタン押すと

ドアが閉まるのが1秒遅れて損した気分になるのだ!!

だれか!共感してくれないかな!



あと。。

何か、書こうと思ってたことがあったのだけど

忘れてしまった。



うーん・・・(゜-゜)


思い出せない。



まあいいや。


おやすみなさい、またあした!

自分が書きたいことは書かせてもらうけど。

不必要に人を傷つけるつもりはない。



例えば・・知らない老人に

どんなに嫌な仕打ちを受けたとしても

私は老人のことを「老害」とは書かない。

老害って言葉って

例え自分に発せられたわけでなくても

もし自分が老人だったら、嫌な気分になる。



そんな感じで・・


例えば・・

今の私は娘が表層○眼を装着していることよりも

娘の発達の進み具合ばかりを気にかけているけど

娘の左眼の事を「どうでもいい」とは言わない。

「今は左眼が見えない事はどうでもいい」とか。

そういう言い方はしない。

目の事で悩みを抱えている人のことを

軽く扱うようなことは言わない。



そういうのって大事だと思う。

人の考えてることなんてわからないけど。




不必要に人を傷つけるといった意味で

過激にはなるつもりはない。



おやすみなさいまたあした!

※注意※

娘専用ブログでは

人を傷つけない書き方を心がけているけど

こっちのブログでは

他人の事より自分が書きたい事を優先して書いているので

少々発言が過激になっている可能性あります。

メンタル弱い方は読まないでください。





友達の子供で

娘よりだいぶ年下の子がいるのだが。

体つきや、運動や精神の発達が、

どんどん娘に追いついてきていて、

まあ、近々、追い越すんだろうな~・・っていう状態。


はい。

それは仕方のないこと。

私の中ではもう、整理のついていること。



けど、

友達(その子の親)には

私がどんな心境なのかきっと伝わってないだろうし。

私の前でどう振る舞っていいか、

もしかして困ってるかもな~なんて、心配してる。



私的には、

私がたまに辛くなったりするのは

私1人の問題だと思ってるから、

友達には気を使ってほしくなくて

全然、

「歩けるようになった!」

「喋れるようになった!」

って。報告してもらって構わないし。

私も一緒におめでとう、良かったねって言いたいと思ってる。

もしかすると心から「よかったね」と言えない日もあるかもしれない。

でもそれは私の調子がよくないだけであって、

友達やその子供が悪いわけじゃ決してない。

だから普通に、自然に接してもらえれば

それが一番ありがたい。




と。



私はそんな風に思ってるけど。


けど。




矛盾してるんだよねーーーーーーー




私が友達の立場だったら、きっと、絶対、気にする。



実は、療○園で今既にすこしそんな感じ。

療○園には娘以上に重度の子も何人かいる。

その子たちの親に

娘の成長を一緒に喜んでほしいとか、思えない。

まだ首の座らない子、

まだお座りのできない子の前で

年下の娘が立ち上がったりすると、

ちょっと気まずいな、なんて、思ったりしてる時すらある。





なにこの矛盾!

自分全然できてないじゃん。って。ね。へへっ。



あーーーーー



でもきっとあと1年くらいしたら平気になるよ。ね。


ママ1年目2年目って

新入社員みたいなものだから。

わっかんないんだよ。

きっと3年目になったらもう少し慣れるね。

自分も、周りの友達も。

それまでがんばろう。にこにこわらっていよう。

友達の前では絶対暗くならない!

一回暗いところを見せたら

もう気を使われて壁ができてしまう気がする。



てか、皆「比べちゃだめ」っていうけど、、むりだから。

比べないように比べないようにって思ってるよ。

わかってるよ、比べない方がいいって。

でも100%比べないなんて無理じゃない?

そうやって言ってる人は

自分と他人を100%比べてないって言えるのか?

言えないでしょうが!

きぃっヽ( )`ε´( )ノ←




あっ、もう寝なきゃ。



おやすみなさいまたあした!

朝3時に起きて夜7時に寝るお嬢さーん(´▽`)

今日のお嬢さん昼寝しないらママ疲れたよー。



昨日の「わたしを離さないで」よかったね。

毎回思うがドラマなのに映画みたい!

光が美しいー。劇中歌もせつないー。

(ネタバレになるので困る人は先読まないでね)




7話は恭子(綾瀬はるか)と美和(水川あさみ)の

このシーンが印象深かった。


\\\



美和

「私、恭子を怒らせたかったの。

 クズとか最低とか死ねとか言われて。

 そしたら本当の友達になれるような気がして。

 ・・・いつも私ばっかりキレてたから、

 うまくいかなかったけどね・・(´▽`)」


恭子

「・・ぶっ殺してやろうかと思ったよ。

何度も何度も・・。本当はね。

充分、成功してるよ・・・(*´σー`)」


美和

「・・・良かった・・(´∀`)」



死を間近にした美和に変化が・・。

そして初めて美和に向き合った恭子。

このシーンほんと良かったな。


てか綾瀬はるかの、穏やかでいて、

いたずらっぽい声のトーンでの

「ぶっ殺してやろうかと思ったよ」

「充分、成功してるよ」

めっちゃ良かったー!惚れてまうやろ!


ほんとに殺したくなるほど

憎んだこともあったんだろう。

美和は恭子のすべてを奪ったのだから。


でも恭子は頭のいい人だから

美和の子供染みた手口に引っかかるまいと

それまで感情を押し殺して

ずっと美和のわがままに耐えてきた。

(それが結局美和を余計イラつかせていたんだけどw)


でも今はそれを懐かしみ、

やさしい顔と声で、美和は許された(*゚ー゚*)きゃほー



恭子も美和も愛おしい(´∀`)だいすき!

あーこのドラマ終わらないでくれーー。

(ノω・、)(ノω・、)(ノω・、)







全然関係ないけどさ、


2Pで対戦ゲームしてて

自分がずっと連勝してたら・・

空気読んでわざと負ける派?

それとも気にせず相手をボッコボコにする派?


私は、わざと負ける派。


でも、夫は気にせずボッコボコにする派だそうな。


はい、むり。


でも私もそういう人になりたかったな。


少し羨ましい、そういう性格の人。





あと、全然関係ないけど、


自分が有名人になったとしたら、

エゴサーチして自分の悪口読む派?読まない派?


私は、絶対読む派。

きっと毎朝読むとおもう。

自分の好きな人が有名人になったとしても

きっと私はその人の悪口もわざと読むと思う。


夫は、読まない派だそうです。

私の友達も、読まない派だそうです。


なんだよ。なんだよ。少し羨ましい。

自分が何言われてるか興味ないのかー。



私はビビりだなあ。



ではおやすみなさいまたあした!

今期のドラマ、後半戦。


今は


1.「わたしを離さないで」

2.「ナオミとカナコ」

3.「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」



この順番で好き。

他のドラマは見なくなったな。





愚痴。


年明けからね、

夫は休みの日もずっと家で勉強してる。

だから休日夫と出掛けられるのは

ほんとに近場の公園とかだけ。

家にいてもずっと部屋にこもってて

娘のお世話とか一切しませぬヽ(゚◇゚ )ノ

平日の仕事も帰りが遅いので

娘をお風呂に入れるのも全部私がやってますヽ(゚◇゚ )ノ

でも夫は夫ですごくがんばってるのわかるし

なんも言えませんヽ(゚◇゚ )ノ



あと1ヵ月のガマンだ。


そしたら4月は家族で沖縄行くよ!!


3月は・・

沖縄用のサングラスを買いますよ!!!

あと娘の水着も買おうかな。必要ないかな?

3月は・・もう、沖縄のことだけを考えて生きようと思う。



では、おやすみなさいまたあした。

タイトル。

もうこの件について書くのはやめたー!

なんか暗くなるし。

友達とはさ

交差しないで

平行線でいたい

i love you!

you love me!

それだけで充分。

もう被さり合うのは嫌だ!




なんか違う事書こう。



と、思っていろいろ書いたけど。


やっぱり消した。


( ´(ェ)`)





おやすみなさい。







私は今まで新○宗教を拒絶して生きてきた。

(検索に引っかかりたくないので伏字です)


怪しいしさ。

オカルトでしょ?って。

勧誘が酷くて

選挙の時なんか狂っちゃうんでしょ?って。

高額な壺やお札を買って

家庭が崩壊するんでしょ?

そもそも宗教にすがりついてること自体がダサいな、と。

なんでも教祖様の言う事に従って・・

そんなの自分の人生を生きてるって言わないよ。

洗脳されちゃってるんじゃない?

だって信者って弱い人達の集まりでしょ?って。


・・・ちょっと大げさに書いてはいるけど

大体そんな風に思ってた。




でも娘が生まれてから、

友人に勧誘されたことがきっかけで、

新○宗教に対する「拒絶」という拒絶はなくなった。

もう少し、やわらかい考え方ができるようになった。



信仰は自由。

新○宗教のすべてが悪い集団ではないだろうし。

人に迷惑をかけてるわけではないなら、

その人が洗脳されてるわけではないなら、

私がその宗教を拒絶する必要って、きっと、ないよね。




それに、信者の事を

「宗教にすがりついている」と決めつけた表現は

失礼だったなと思う。




たとえば・・


「今生きていることは奇跡」

「1日1日を大切に生きよう」

「家族や友達を大切にしよう」

「人と比べる必要はない、あなたはあなた」

「困ってる人は助けよう」

「人と人は助け合って生きている」


まあ、そんなスピリチュアル系な本に書いてありそうなこと。w

人生を豊かにするための自己啓発的な・・。w


こういうのってさ、

忙しい毎日を送ってると

あっという間に1日が過ぎるし

イライラしたり、邪念があったりして、

一生懸命生きている人ほど余裕がなくて

「生きていることが奇跡」だなんてこと、忘れてしまう。

で、

それを思い出させてくれるのが

宗教の力なんじゃないかな?って。

力というか・・それを思い出させてくれる場所?

心のよりどころかな。。


それを「すがりついている」と表現するのは

少し横暴だったなーと思って。

(実際にすがりついている人も沢山いるだろうけど

それがすべてではないと思う。)



はい。


宗教の話とかしたくないけど

これだけちょっと話してみたかった。



宗教を拒絶していた頃の自分を思い返すと

自分こそ、ガッチガチの自分宗教に嵌っていた気がする。

自分が1番正しいって思ってるからね。

まあ今もそれは変わらないけど。。

でも昔ほどガッチガチではなくなったと思う!



はい。




あしたはなにについて書こうかな。


ではまたあした。







10代20代の頃の自分におくりたい言葉。


「ごはんくらい・・

奢ってもらえばいいのに・・

かわいくないなあ・・・」






学生の頃は人にご馳走になるのが

大の苦手だったんだ。



相手が年上だろうと男だろうと恋人だろうと、

割り勘が当然だと思っていた。


男性になんでも買ってもらったり

奢ってもらったりしてる女の子のことは

心から軽蔑していた。




その頃の自分って変わった友達が多くて

40を超えた人たちともごはんに行ったりしてたんだけど

その人たちにも奢られるのを頑なに拒んでたよ。笑

今思い返すとほんっと非常識極まりない・・w

相手に対して失礼なことをしてる意識が一切なくて

むしろ「なんで奢ろうとしてくるの!?怒」って感じだったなあ。

おばかだなあ。。ヽ(;´ω`)ノ



お金を出してもらう事で


・主導権を握られる

・自分が下に見られる

・弱みを握られたことになる

・自分が甘えたことになる

・「奢ってあげた」とか優越感に浸られてしまう


そんな風に考えていたの。



今思えば、虚勢を張っていたんだね。

弱くて、無知で、自信ないから。

素直に「わあ、ありがとうございます!^^」って言えばいいのに、

それができなかった。

「いいです、いいです、結構です」って。

先方にも恥かかせちゃってさ、

はずかしいやつだわ。。ばかすぎ笑





社会人になってから色んな女性と接する機会が増え

その中でこんなおもしろい事を言う人に出会った。



「美容や化粧や洋服や装飾品・・

私たちはお金と時間と手間がかかってるんだから、

私たちみたいなのを連れて歩きたいなら

男の人がお金を出すのは当然なんだよ」



イヤミとかじゃなくて、すごいなと思った。


若かりし私は、奢ってもらうことがプライドに反して許せなかったけど、

このヒトは奢ってもらえないことがプライドに反して許せないのだ。



おもしろいねー。w

片や「なんで奢ろうとしてくるの?」って怒って、

片や「割り勘とかありえないんだけど?」って怒るの。笑

わかりやすいね、どっちも。笑




私は今はもっと柔軟になったけどね。



目上の人にはありがとうございますってお礼を言って

気持ちよくご馳走になる。


沢山奢ってもらった場合はこちらからもプレゼントを贈ったりして

バランスを整える。




あー。

でも。

それでもやっぱり嫌いな人にご馳走になるのは嫌だ・・。

でも「結構です」とか失礼なことは言えないし

結局ご馳走にはなるけど。

なんだか借りを作ってしまったみたいで後味悪いんだよね。

変かなあ。



てかご馳走になるのを頑なに拒む女って

自分以外でもいるのかなー。聞いたことないけど。

これね、想像しただけでもめちゃくちゃ痛くて

面倒くさい女だなあと思った。笑



はい。

明日はなにについて書こうかな。


ではまたあしたー( ´艸`)

怒りは力になる。

一番手っ取り早く人を衝動的、本能的にさせるのは怒りだ。

全てを滅ぼす惨劇を生むのは怒り。

ほら、おぼえてる?

サイヤ人がスーパーサイヤ人になる時も

怒りが彼らをスーパーサイヤ人にさせたんだよね。


私ね、今日怒ってたの。

だからブログ書く気になったんだよ。

怒りって意欲になるね。


娘や家族に対して怒ってたんじゃないよ。

友達?なのかな、一応。

くだらない連中だよ。



彼女たちは噂話が大好きなんだ。

あまり関わりたくないけど

無視するわけにもいかず仕方がなく付き合っている。


私と話しててもつまらないだろうに、

きっと私のことなんて好きじゃないだろうに、

なぜか彼女らは「あやちゃん、あやちゃん」とすり寄ってくるの。

好きでもない相手にLINE送ったり話しかけたり。。

どんなにヒマでも私はそんなことしない。

まったく理解ができないよ。


たとえば彼女たちはさ、

自分が握ってるとっておきの情報を、

私がすでに知ってたって言うとね、

「誰にきいたの!?」って絶対聞いてくるの。

自分が一番に教えたくてしょうがないんだよ。

ほんとにくだらないよ・・・・

「また何かわかったら連絡するね!!」とか。

張り切っちゃって。

ばかみたい。




そんな彼女たちの噂話。


今回、はじめて人の死に関わることだった。


ほんとにほんとに嫌だった。


心底嫌だった。


なんで私はこんなくだらない人たちと関わっているんだろう。


全て嫌だった。



まあそんなわけで今に至るよ。




明日からブログ毎日書くよー。


おやすみなさい。