日本に帰ったら桜の満開期は過ぎてしまっていた。
所用でお茶の水に行ったので近辺の史跡を見て回ることにした。
日本の道はインドと違ってゴミが落ちてなくて本当に綺麗。
小便、ゴミのにおいでうっとなることもなく、それに群がるハエを追い払うことも必要なければ、排気ガスで喉が痛くなることもない。
さらに4月からは自転車の車道走行が徹底されたことで、気兼ねなく歩道を歩くことができる。
小春日和で気持ち良い日でもあり、本当に平和だった。
「東京復活大聖堂」
(解説)
ロシア正教の大聖堂。
聖ニコライによって1891年に建立。
入り口で聖ニコライのイコンが販売されてました。
(イコンとは)
「正教会」といえば、ギリシャ正教の名は世界史などでよく見たが、「ロシア正教」との違いは個人的にはよくわからない。
(ギリシャ正教とロシア正教の違い)
なるほど。ともに「正教会」という大きな括りの中の組織なので教義は同じらしい。
私は、この大聖堂は過去に5回くらい前を通過ことがある。
立派な外観の教会だと毎回感じていたし、いつか中に入りたいと思っていた。
今回はまさに念願叶って。
内部は写真撮影禁止だった。
内装は想像していたよりも荘厳。
上部の天窓から数筋の光が注ぎこみとても神秘的だった。ここは日本ではない錯覚に陥る。
丁度ミサの時間であり、敬虔な信者の方が地面に伏して祈っていた。
私は端でこっそり見させてもらった。
ちなみに「ミサ」というのはカトリックの用語らしく、ロシア正教では「聖体礼儀」と呼ぶらしい。
本日の「聖体礼儀」では、日本語で聖書の朗読が行われていた。
新鮮である。
まぁ、ここは日本だし当然と言えば当然か。
聖書の朗読箇所は「聖体礼儀」毎に異なるらしい。
本日の朗読箇所は入口に置いてあった。
この大聖堂では「聖体礼儀」は毎日午前中に行われているとのこと。
本日は、たまたま入った時間が良くてラッキーだった。
次は「順天堂大学」へ。
(順天堂大学 歴史)
佐藤泰然が1838年に開いた蘭学塾・医学塾である「順天堂」が由来。
手塚治虫の漫画「陽だまりの樹」でも「西の適塾、東の順天堂」と謳われていた。
主人公の一人である手塚良庵(手塚治虫の曽祖父であり、府中藩医)はかの有名な緒方洪庵がつくった大阪の「適塾」に江戸から留学していた。かつてその「適塾」と並び称される存在。
あの福沢諭吉も適塾で学んでいた。
「陽だまりの樹」については、先日「お玉ヶ池種痘所跡」を見に行った際にその存在を知り気になっていましたが、最近ようやく読破しました。
2025/9 東京都 繁栄お玉稲荷大明神、お玉が池種痘所跡(岩本町) | 歴史好き感染症科医の旅行ブログ
(陽だまりの樹 あらすじ)
江戸末期〜明治維新あたりの幕末の動乱期の日本における医学の変革がしっかりと描かれており勉強になりました。
ちなみに「順天堂」を創設した佐藤泰然の次男はかの有名な松本良順とのこと。
松本良順については「陽だまり樹」でも、主人公の手塚良庵と共にお玉が池種痘所の設立や西洋医学の普及に尽力する様子が描かれていました。
(松本良順 経歴)
長崎でオランダ人医師のポンペに師事。
幕末から明治時代にかけて活躍した日本の近代医学の先駆者。
徳川将軍の侍医を勤めた。
日本初の近代西洋式病院である「長崎養生所」の設立に尽力。
初代陸軍軍医総監。
そして、「牛乳の普及」に努めたとのこと。
「陽だまりの樹」でも、初代アメリカ総領事として下田に滞在したタウンゼント・ハリスの付き人のヒュースケンが牛乳を所望したことに対して、もう一人の主人公である伊武谷万次郎が不快感を露わにしていた。
個人的にはこのシーンがとても印象的だった。
当時の日本人は牛乳を飲んでいなかった模様。
お茶の水に立派な建物。順天堂大学。
ヨーロッパ調の建物。
明治時代の順天堂医院本館を改築したものらしい。
外をさらっと見ただけですけど、歴史を感じた。
その後、お茶の水駅に戻る。
本日は天気が良く景色が良い。
普通に映えスポットだが、ここは「雀の戸締り」の聖地。
個人的には「雀の戸締り」はあまりでした。
映像は相変わらず綺麗だったが、途中から話がグダグダしていた印象。
御茶ノ水駅から電車に乗り東京駅へ向かう。























