所用で東武練馬に行ってきたのですが、史跡があったのでさらっと見てきました。

 

 

 

まず、駅からすぐのところに「本陣跡地」

「本陣」とは、幕府役人や大名が、休憩、宿泊するところらしい

 

 

 

一見、公園みたいになっているが、遊具はなく緑地という扱いらしい

 

案内板

 

 

東武東上線の線路に並行して走る道は旧川越街道で、それに沿って宿場(下練馬宿)が形成されていたとのこと。

江戸から近いので、宿泊より休憩所として機能していたらしいが、参勤交代や富士参拝などの人々も立ち寄り繁盛していたらしい

 

 

 

れきちず

 

現在

 

 

1800年頃

 

 

緑地の案内板を拡大

 

 

川越街道は名前の通り川越に至ってる

 

 

 

れきちず

1800年頃の広域図

 

 

現在の川越街道

 

 

今もそれなりに栄えてるとは言え、江戸時代の風景とは違いますよねぇ

 

緑地の中に何やらモニュメント

大根?

 

 

何か書いてある

 

 

拡大

 

 

 

 

(徳川綱吉)

 

 

江戸幕府第5代将軍。「生類憐みの令」のイメージが強すぎる。

第3代将軍家光の子だったんですね。知らなかった。

 

 

(徳川綱吉と大根)

 

 

へぇ。館林藩主だった頃に、脚気でここで療養してた際に大根をつくらせたと。

それが練馬大根の起源になったという説も

 

まぁ、公式な記録では無いようですが

 

 

 

 

 

 

(練馬大根)

 

 

 

旧川越街道に沿ってすぐ近くに「北町観音堂」

 

 

 

 

 

 

 

右の二股に分かれてるところが正面入口で奥に観音堂が

 

 

 

 

入口の案内板(少しぼやけて見にくいですが…)

 

 

 

奥に観音様いました。

 

 

 

 

 

ちなみに観音とは、「観世音菩薩」の略で、人々の苦しみや願いや声を気き、救いの手を差し伸べてくれる慈悲深い菩薩(修行中の人)のこと。

 

ダナンでは「浄瓶観音」をみましたね。

 

2025/8/26 ベトナム8日目(ダナン8日目) 最終日に海を堪能。再びバンコクへ | 歴史好き感染症科医の旅行ブログ

 

 

 

菩薩は修行中なので、像は立っていることが多いと聞いたが、ここの菩薩は座っている。

 

案内板によれば、ここには他にも「馬頭観音」がいるらしい。

 

「馬頭観音」ってたまに聞くけどすごい名前だな。

 

タイでよく見たガネーシャは例えるなら「象頭神」?みたいなものだから、頭が馬の観音?

怖いな

 

 

 

(馬頭観音)

 

 

 

 

 

 

「頭が馬」なのではなく、「頭上に馬の頭を乗せている」らしい。

この解説だと結局「観音(仏を目指し修行中の)」なのか「明王(人々を力づくでも救済しようとする)」なのかよくわからないが?

 

 

 

 

確かに頭に馬が乗ってる。少しチャーミング

 

 

 

 

(結局、馬頭観音?馬頭明王?)

 

 

 

 

 

なるほど。人気が高いから、一部では人から仏へ昇格する流れがあったということか。

 

 

 

観音堂の塀に沿って特に説明書きはなかったと思うが古そうな石像が。

 

 

 

かなり古そうですね。

江戸時代にも川越街道をゆく人々がここでお祈りしていったのかな?

 

 

最後にさらに街道沿いに東に少し行くと「浅間神社」

 

 

 

 

 

(東武練馬の浅間神社)

 

 

 

 

全国に1300ある浅間神社の一つ(総本宮は富士山にある)

祀ってる神は富士山を神格化した「木花開耶姫命」。川越街道は富士山に参拝に行く者が多く通ったらしいから信仰が厚かったのだろう。

 

木花開耶姫命って、「木の花が開く姫」って名前が可愛いが…

 

 

(木花開耶姫命)

 

 

日本神話に登場する女神。

桜の花の美しさと儚さの象徴。

山の神の娘。

富士山の守護神。

 

 

 

 

やっぱり二次創作では可愛く描かれてますね

 

 

ちなみになんで「浅間神社」いう名前なのか

浅間山は富士山から離れているけど関係は?

 

 

 

 

(なぜ浅間という?)

 

 

 

 

 

ふーん。もともと「浅間」という言葉があった上での、浅間神社、浅間山ってことですかね。

 

 

早速、浅間神社へ。

 

入り口に旧川越街道の碑

 

 

案内板

 

 

旧川越街道には昔の姿はなくなりつつあるが、ここの富士塚、先程の観音堂にあった石像、今回行ってないが大山不動尊の道標に面影が残っているらしい

 

浅間神社正面

 

 

解説

 

 

神社自体は明治と比較的新しい創建だが、隣の富士塚は5代将軍徳川綱吉の頃には人気があったということかな?

その後、直近の昭和2年を含め、3回改築されて今の姿になっていると

 

富士塚入口

富士山の1/100サイズで37mの高さらしい。

 

 

 

 

 

一分かからず、あっという間に頂上に到着

 

 

結構高いな。

 

富士塚って全国に結構あるのかな?

 

 

 

(全国の富士塚)

 

 

 

 

江戸時代に多く作られたらしい。

まぁ、浅間神社が1300個あるなら富士塚もたくさんあるか。

 

 

 

 

有名なものとしては「江戸七富士」があるらしいです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふーん。

 

まぁでも交通の便が乏しく富士塚で満足せざるを得ない人も多かった江戸時代と違い、現代人は気軽に富士山に行ける。

私は富士山は登ったことがないので、折角だからいつかは本物の富士山に登りたいですね。

死ぬまでにやりたいリストには入れてありますが、元々登山が趣味なわけではないのですし、小さい子供もいるので。

出来れば子供が大きくなってから一緒に登りたいですかね。

 

 

本日は以上です。