さいたま新都心駅に行く機会があったので、周辺の気になる史跡を見てきたのでまとめます。
れきちず
現在
1800年頃
江戸時代は何もなかったんだろうなあ…
東京以上にここ200年位での急激な変化があったろう雰囲気を感じる。
中山道の通り道。
「さいたま新都心」という名前の通り、江戸時代は特に宿場町はなさそう。
(さいたま新都心の歴史)
歴史が大きく動いたのは、1980年代からか。
結構最近なんだな。
気になった史跡
「火の玉不動尊 お女郎地蔵」
(火の玉不動尊 お女郎地蔵)
遊女「千鳥」が宿屋の若旦那と契りを結んでいたが、そこに盗賊が横から入ってきて、俺と結婚とろ脅迫してきたため、終いには思い悩んだ千鳥は橋から身を投げて自殺してしまったと。
千鳥が住んでたのは「大宮」で、自殺した「高台橋」がここにあったとのこと。
「高台橋」は明治期に改修されたレンガ造りのものがまだあるらしい。
私は今回行きませんでしたが。
https://www.city.saitama.lg.jp/004/005/004/005/yono/yonokyodo_tenjikaisetsu/p079137.html
さいたま新都心駅のホームから見えるとのこと。
近くに川が無いのに橋?と思ってたが、用水路にかかってたのか(既に暗渠)。
こちらの絵のような小さい用水路でどうやって自殺したのかは疑問。
彼女の死後に火の玉が出て、それをある男が斬りつけたところ不動明王が現れたらしい。
火の玉を斬りつける男はすごいな
(火の玉について。いつから幽霊や心霊スポットと結びつけられるようになったか)
へぇー。
昔から概念はありつつ、江戸時代の怪談ブームで定着したんですね。
(不動明王とは)
どんな救い難い奴でも救済してくれる熱血明王。
その決意が顔に現れているため憤怒の表情と
職人気質ですかね…
もうちょっと穏やかな顔してないと今ならパワハラやカスハラって言われるかも。笑
日本で広く信仰されてるいわば「お不動さん」
起源はヒンドゥーのシヴァ神らしい。
持ち込んだのは真言宗の開祖空海。
冷静に考えれば、昔インドで生まれたものが(形を変えているといえ)日本でここまで信仰されてるのがすごい
ところで、この不動明王は火の玉になって何をしてたのか?
千鳥の魂を救済しようとしたのか?
そこを斬りつけられたんじゃ、「私の剣が斬り落とされた」とか意味深なクレームの一つも入れたくもなります…かねぇ?
とりあえず、実際に行ってみた
道の真ん中はポツンと
若干、通行の妨げになる感じだけど、まぁよく残してくれてるなぁっと。
説明書きが。
用水路と高台橋について
正面にまわると
左が「火の玉不動産」(寛成12年(1800年)建立)
右が「お女郎地蔵」(天保6年(1835年)建立)らしい
天保6年は坂本龍馬や土方歳三が生まれた年らしいから千鳥の話は意外に最近の話なのかもしれない
石像の上の案内板。
千鳥の物語を詳しく説明してくれている。
千鳥を恐喝した盗賊は、別件もあって1789年にこの近くの刑場で処刑されたとのこと…勧善懲悪。
ちなみに1789年といえば今話題の蔦屋重三郎が39歳の時だからまぁ世代的には近いな。
この話も当時メディア展開はされたんだろう。
寡聞にして聞いたことなかったから全国展開はされなかったのかもしれないけど(されてたらごめんなさい)。
あと一つ、気になる史跡というか神社
「神明神社」
元々は伊勢神宮を参拝した村民が持ち帰った「御祓大麻」を祀ったとのこと
(御祓大麻)
明治以前は、御祓の時使った祓串(御祓大麻)を参拝の証として参拝者にプレゼントしてたようだ。
それが明治時代になって、より広く世間に行き渡るように「神宮大麻」というお札に簡略化されたという感じか。
大麻違いですね
確かに伊勢神宮を思い出す(昔に行ったことあります)
境内の案内板
歴史は大体AI先生の言ってる通り。
昭和58年に今の立派な鉄筋コンクリート作りになったらしい。
祭神は伊勢神宮と当然同じで「天照大御神」
(天照大御神)
「天」を(から?)「照」らすという名の通り「太陽の女神」
高天原(天上世界)を統治し、皇室の祖先。
天照大御神の存在感を考えると比較的に地味だと感じたこの技も、「永遠に消せない炎」ってコンセプトは、天の統治者で太陽の女神である天照大御神とは確かに矛盾しない
不動明王はインドのシヴァ神がモデルらしいけど、天照大御神のモデルはいないんでしょうか。
(神道)
神道は日本で独自に発展してきた信仰ってことで。
天照大御神も日本固有の神ってことでいいですかね。
神社は敷地が広いわけではないのでさらっとだけ拝見させていただきました。
本日は以上です。





























