7/30からタイ、ベトナムに行くことにしました。
現時点では、とりあえずバンコク(タイ)→プーケット(タイ)→ダナン(ベトナム)に行く予定。
期間は大体1週間ずつを考えている。
とりあえず、まずはバンコクの歴史はついてまとめてみた
アユタヤ朝のもとでは防衛拠点にすぎなかった
1767年
アユタヤがビルマ軍に占領されると,首都はトンブリーに移された。
1782年
チャクリー朝の首都がクルンテープに定められ,国の政治,文化の中心地となった。
https://www.thailandtravel.or.jp/krung-thep/
チャックリー王朝の創始者であるチャオプラヤー・チャックリー将軍がラーマ一世として王位に就いた。ラーマ1世は、、チャオプラヤー川の西岸から東岸へ宮廷を移し、北に40マイル(64キロ)離れたかつての首都アユタヤをモデルに新しい都市を建設しました。彼の治世の終わりまでに、都市は完成した。城壁に囲まれた王宮群と寺院としてワット•ポーが完成した。
ラーマ2世(1809~1824年)とラーマ3世(1824~1851年)の治世中に、さらに多くの寺院が建てられた。
寺院は学校、図書館、病院、レクリエーションエリア、そして宗教の中心地として機能した。高い尖塔で知られるワット•アルンや、ワット・ヤン・ナワーとワット・ボーウォン・ニウェートが完成し、ワット・ポーはさらに拡張され、ワット・スータットの建設が始まった。
しかし、他に立派な建物はほとんどなく、舗装された道路も少なかった。川と、互いに繋がる運河網が道路の役割を果たしていたのだ。
またチャオプラヤー川を軸とする水運のかなめとして,中央平野の米,北タイの木材の集散,加工などが盛んになり,商工業の中心地ともなった。
ラーマ4世(1851~1868年)は、伝統的な寺院建設を縮小しつつも継続しながら、都市開発を進めた。
王宮は改修され、王族のための立派な住居が数多く建設され、いくつかの新しい道路が整備され、川岸に係留されていた多数の水上家屋も縮小された。
南へ続く新しい道路「チャルンクルン(新道)」が建設され、新しい堀が築かれた。街の最初の運河と並行して、パドゥン・クルン・カセム運河が掘削され、要塞化された。そこから現在の港湾地域(クローン・トゥーイ)まで長い運河が続き、小型船が街のすぐ南にある川の大きな湾曲部を迂回できるようになった。
ラーマ5世(幼名のチャラロンコーンは、現在もチャラロンコーン大学(タイの東大)などに残る)の治世下(1868-1910)、公共事業によって街は変貌を遂げた。王宮内の三重の尖塔を持つチャックリ・ビルディングは1880年に完成した。後に城壁の向こう側にドゥシット宮殿と併設の庭園都市が建設され、ヨーロッパ風のラチャダムヌーン・ノック通りで王宮と結ばれた。早くから自動車愛好家であったラーマ五世は、自動車が都市開発に与える影響を予見していたため、道路と橋の建設計画が本格的に着手された。今では時代遅れとなった城壁の大部分は道路建設のために取り壊されたが、2つの砦、大きな門、そして城壁の一部は保存された。
1882年の建都100周年は、行政機関に使用された公共建築物に表れた多くの社会改革の開始と、偉大な王宮寺院の完成によって特徴づけられた。エメラルド仏を安置するワット・プラケオなど。
1880年代には郵便・電信サービスが組織された。
1892年にはチャルーンクルンに路面電車が運行開始した。
1900年にはバンコクからプラナコーン•シー•アユタヤまでを結ぶ国鉄初の路線が開通。美観への配慮も忘れられておらず、大理石寺院のワット・ベンチャマボピット(1900年)、フランス様式の優美な橋、イタリア風の国会議事堂(玉座の間)など、他の新しい建造物も建てられた。
ラーマ6世(在位1910~25年)は公共事業を継続した。1916年にはチュラロンコーン大学を設立し、市内の水路の水位を制御するための閘門システムを構築し、ルンピニー公園をつくり、市民に初めてかつ最大のレクリエーションエリアを提供した。
ラーマ7世の治世下(1925~1935年)には、地方分権化を目的とした行政再編の一環として、市域が区切られた。
1937年、バンコクは正式にクランテープ市とトンブリー市に分割されました。設立当時、2つの自治体は面積がほぼ同じで、合わせて約37平方マイル(96平方キロメートル)を占めており、人口の約5分の4がクルンテープに住んでいた。
第二次世界大戦以降、バンコクは前例のないは速さで成長し、交通、通信、住宅、上下水道ら汚染などの問題を引き起こした。ベトナム戦争中には観光の重要性が増し、米軍関係者の人気観光地となった。
1972年、トンブリーを合併した。
1980年代を通してバンコクは好景気に沸いたが、1990年代後半にアジアを襲った経済危機によってその勢いは鈍化した。しかしながら、バンコクはアジアで最も重要な観光、金融、商業の中心地の一つとしての役割を維持し続けた。バンコク独特のタイらしさは、薄れつつあるとはいえ、バンコクはなお一層国際的な地位を向上させている。
(参考)
https://kotobank.jp/word/%E3%81%B0%E3%82%93%E3%81%93%E3%81%8F-2857448#goog_rewarded
https://www.britannica.com/place/Bangkok/History
バンコク三大寺院
https://hapitas.jp/tabihapi/40779/amp/
私は過去にバンコクには何回も行っているので、今更、バンコク三大寺院などの典型的市内観光って感じでもない。
記憶が曖昧なところがあるが、改めて振り返ると
2005年に2回、2008年、2009年、2017年、2018年、2022年
と数日〜2週間位の期間で、観光、仕事で計7回は行っていると思う。
その間バンコクもかなり変わった。
成長著しく、特に7〜8年ぶりに訪問した2017年は本当に浦島太郎の気分だった。
大通り沿いには必ず並んでいた沢山の屋台達はほとんど姿を消し、それまで少なかった高層ビル群が大量に出現、またデジタルの広告板が物凄く増えており、記憶の中の景色と目の前の景色が全く違うのでとても混乱した。
日本も昔ながらの商店街がなくなったり古き良き日本(まぁ昭和だが)がどんどん無くなっているが、タイもシンガポールを倣って開発が進んでおり、古き良きタイが無くなりつつある。
買い物についても、2000一桁代は値段交渉が普通だったが、それも2010年代にはほとんどなくなっていて驚いた。
30ヶ国近く訪問歴のある私の一番好きな国はタイである。
料理は美味しく、物価が安く、騙しが少なく日本人への扱いが良く、マッサージで体の疲れもとれれば、娯楽も多い。
また、医学部に入る前の文系の大学時代の友達が20年近く住んでいるので行きやすい。
現地在住の身としておすすめのレストランを教えてくれるので、毎回色々なところに行って飽きない。
タイの本場のタイ料理はレベルが高いと思う。
日本にも多くのタイ料理レストランがあるが、個人的には全く敵わない。
海外では実際に現地に行って食事にがっかりすることは少なくないし、大概のものは日本で食べられるが、日本で食べるよりその国で食べた方が美味しいと自信を持って言えるのは、タイ料理とベトナム料理くらいであった。
前回の韓国旅行は観光中心に色々回って疲れてしまった。
今回のバンコクの滞在については、グルメをメインにして、ゆったり過ごすことを主眼をおいて過ごす方針。








