朝、起きようとしたらだるさと腹痛で起きれない。

 

確かに夜中に娘のうんちで2度ほど起こされ、アザーンで起こされ、睡眠の質は悪いなって感じではいたが。

必要な睡眠時間はとったはずなのに起き上がることができない。

 

そしてなんとなく腹部の調子が悪く、腸が活発に動いていて痛みを感じる。

 

なんとかトイレに駆け込むと排ガスとともに泥状〜水様の便。昔から日本米以外の米を長期で食べると腹持ちが悪い感じで腸の調子が悪くなることは何度も経験していたし、今回も旅の始まりからずっと本調子ではなかったが。。。

あたったなと感じた。

 

 

 

 

結局起きれないため二度寝。そして次に起きたら既に昼。妻も回復傾向だが体調が万全ではないので、この日も子と合わせ3人してずっと部屋に引きこもる形に。招待してくれたフマとアディールにとても申し訳ない気持ちになる。2人の4歳のご子息もうちの子と遊ぶことを楽しみにしてくれたのに。。

 

医者に行くか?とフマに言われるが、私が医者なので、経過観察を選択。この日の気温も40度をこえ、体が少しほてってたので軽い熱があったか軽い熱中症もあったかもしれない。いずれにせよ、軽症から中等症の渡航者下痢症と自己診断。

急ぎの準備でこちらに来たため、携帯していた整腸剤などはミスマ宅に置いてきてしまったので、服薬なしで過ごす。

 

フマにはフルーツをもらった。

パキスタンの果物は、リンゴが特にそう感じることが多いが、少しパサパサしてる。乾燥地帯だからなのか。ただ、今日貰った桃はみずみずしくて美味しかった。だるい体に染み渡る。

 

 

 

フンザ産のさくらんぼを買ってくれたらしい。小ぶりだが美味しい。今回の訪問にあたり娘にあらかじめ人形を買っておいてくれたり、夫妻の優しさに改めて感謝である。こちらの人は本当に客をもてなす心意気がすごい。この夫妻も例にもれない。本当にどうやってお返しをすればいいのか。。

 

 

 

娘がアプリコット?を気に入った。何故か「タネおいしいね!」っていうので観察したら中のタネを丸呑みしてた。こちらとしては恐らくジャストフィットサイズなので、喉に詰まるんじゃないかと気が気じゃないが、タネは出すものというシステムをなかなか理解してくれない。まぁ食欲が出てきたのはよかった。

 

 

 

私が結局動けるようになったのが夕方。下痢は出し切ったっぽくて少し安心。腰痛と頭重感がつらい。

起きたら外が何故か真っ暗。まだ16時だぞ。。

 

イスラマバードに嵐?が来た影響でグジャラーワーラにサンドストームが来たらしい。

強風で砂が舞い前が見えない。車を運転している人はさぞ大変だろう。

 

日本では見たことない光景。パッと思い浮かんだのは、NARUTOの砂隠れの里。。乾燥地帯では本当にこんなになるんだ。。

 

 

 

遠くに雷の閃光が。暫くして停電した。

 

 

 

 

娘は停電の中逞しく遊んでいるので少し安心。

 

私の体調が回復傾向とはいえ、少し動いたらすぐに活動限界。また引きこもって横になる。

18時頃。フマ夫妻が少しカフェ等に出かけないかと誘ってくれた。私は全く行ける気がしないので、残留を選択。迷惑をかけそうで引き続き引きこもって寝ることに。私の妻子は回復してきたので出発を選択。私だけお留守番。

 

 

 

 

結局停電が回復しない。電灯がいくらかみえるが、辺りは暗闇に包まれていく。

 

 

その中で流れるアザーンが慣れない者にはまた気味が悪い。

 

 

 

暫くして繋がっていたネットが全く繋がらなくなる。

 

また近所の家族が大喧嘩しているようで、なにを言っているかわからないが、ウルドゥー語の激しい怒鳴り合いの応酬があり、つられて少し気分が暗くなる。

 

かなり寝たので大分回復してきた。それでも体調が悪く強い倦怠感と腹痛の中で、火照る体にエアコンの停止による熱い外気が追い討ちをかけ、スマホ以外にあかりのない暗闇、広い家(正確にはパーテーション)に一人、定期的に流れる不気味なアザーン、まとわりつく蚊。ネットも繋がらないので誰かと連絡をとったり外部情報にアクセスできないという孤独と悪条件が重なる。

既に21時半。少し出かけると言って既に3〜4時間。もしかして事故にあったのでは?と思う。後部座席のシートベルトは壊れてたから事故に遭ったら大怪我かもしれない、もしかしたら死んだかもしれない。

 

いやでも、慣れてるパキスタン人の運転だからそうそうは事故らないだろう。でも可能性は0ではない。もし2人とも死んでしまったら明日からどうやって生きよう。

 

と、思考はネガティブな方向に傾く。

 

 

 

これだけ暗闇に長時間いると少しずつ発狂にも似た気持ちが湧いてくる。

 

暗闇の怖さというのは、以前四国を自転車旅行して回った時に、全く街灯のない山中を夜に走行しなければいけない時にも感じた。

こんな時の安心は本当スマホの光のみである。明かりっていうのは文明の利器だなぁっと改めて思った。操作一つで明かりがつくスマホは最高だ。

 

明かりに簡単にアクセスできない昔の人は本当に大変だったろうなぁと感じる。昔の人の気持ちになってみようとするも、あまりにも恐ろしいことしか浮かばないので考えるのはやめた。暗闇が原因で命を落としてきた人は数え切れないだろうし、それゆえの私のこの暗闇に対する本能的な恐怖なのだろう。

 

 

 

 

結局外出組が帰ってこないので諦めて寝ようとした22時頃、遂に外出組が帰ってきた。

 

結局、他の親戚も合流して結構がっつり外出となったようだ。そして、話の流れで我々は今夜よりまたミスマ家に泊まることになったとのこと、そして妻子は既にミスマ家。

 

 

停電は局地的だったのか?妻側からガチ電したが繋がらずといった有様で、こちらに来て状況把握した感じか?長時間放置してごめんなさいととても謝られた。

 

今夜はお引越しと決まり、体調が回復したと言えど腰の痛みがひどい重い体にむち打ち急ぎパッキングしてミスマ家へ。車で移動中に見える街の光と人との会話に安心感を得る。

 

ミスマ家に到着すると、さらに煌々とした明かりが。無事妻子に合流。我らに与えられた部屋に移動。明かりってやはりいいなと満足げにしばらく天井を眺める。冷房の効いた部屋は最高だ。

 

いやー、今夜はとても不安な思いをしたが、結局はグッドエンドで良い経験をしたと前向きにとらえ、とても安心し落ち着いた心境の中で就寝することができた。